第15話

アルクトテリウム



その夜アルが枕元に立ってテシテシと額を叩いて、スヴァルを起こす。


テシテシ テシテシ テシテシテシ テシテシテシテシ テシテシテシテシテシ

パシパシ パシパシ バシバシ バシバシ ダン


「イッツゥーーー」


ガバッと起き上がって両手で額を抑えた。


「何? 何があったの? おでこにタンコブ出来てる?」


フンガ


「アル? どうしたの? まだ、夜ですよ」


パジャマの袖を咥えて引いた。


「どうしたんですか、眠いんですけど、引っ張るのやめてください、はだけます」


フンガフンガ


「ついて、来いって


何故ですか」


フンガ


「いいからって


えーーちょっと待ってください、着替えますから、、、」


座ったまま目を瞑った。


ドス


「ヴッ」


のっそりと立ち上がり着がえた後、アルに連れ出されてマギナスホールのダンジョンの1階層のボス部屋までやって来た。


ボスはまだ出現していないようで、魔獣の気配はない。

ガランとした部屋にアルと二人きりだ。


アルは5m進んで振り返り魔力を練りだし、黒い霧に覆われ、晴れるとそこには50階層以下に出現する10m位アルクトテリウムが出現した。


「アルクトテリウムですか、しかも白クマって幻獣種じゃないですか」


『超幻獣種パンダにもなれるぞ』


重く響く声が頭の中に言葉が落ちてくる。


「止めてください、酒虎の動きに属性関係ない魔法をぶっ放すアルクトテリウムなんて鬼ですか、で、何をするんですか」


白クマはのっそりと立ち上がって両腕をあげて振り下ろす、スヴァルはとっさの後ろに飛び退いた。


スヴァルの立っていた場所に爪の跡が残る。


「あっ危ないじゃないですかぁ」


『殺す気で行く、殺す気でかかってこい』


「イヤです、なんでアル君を殺さないといけなんですか」


『ほう、私を殺せるというのか』


「もちろんです」


肩を竦める。


白クマが腕を横から薙ぎ払う、スヴァルが後ろに飛び退いてよけた場所にクマの裏拳で殴られスヴァルが吹き飛ばされて壁にぶち当たる。


ダンジョンの壁にめり込んで、パラパラと壁が崩れ、ドサッとスヴァルが落ちる。


むくっと起き上がって、服に付いた塵りを払う。


『魔力で身体強化したか、どうだ殺る気になったか? 』


トランクから刀を取り出して抜いて、キッと白クマを睨んでカチャッと逆刃にして、構える。


『ほう、そうか』


白クマがスヴァルに突っ込んで来る。


スヴァルも突っ込んでいく、白クマの牙が迫り口が閉じる、その瞬間スライディングして白クマの腹の下に潜り、逆刃で腹を切る。


振り返って直ぐ刀を握り直して、白クマに向かって跳躍。

白クマが身体強化し、ダメージが入っていない事がわかった。


背中に刃を立てようと振りかぶった。

シロクマは向きを変えて立ち上がり、跳躍して空中にいるスヴァルを両手で捕まえ潰そうと手が迫った。


スヴァルが瞬時に耳に魔力を流して背中から影帯を天井に差して影帯を縮めて上がり、影帯の方向を変えて刀に魔力を流して刀を黒く染め、白クマの脳天に斬撃を放つ。


その攻撃を白クマが前転してかわす。かわし切れなかった、背中の毛がひらひらと落ちた。


「これ以上やると、殺りますよ、続けますか」


スヴァルの声が幾分かいつもより冷たい。


空中にいるスヴァルに白クマが向き直った。


『そんなに、毛を切った事が嬉しいか、〇〇〇』


「殺す」


スヴァルが目を見開いて、逆刃を直した。


ーーなんで知っているの?誰にも知られてはいけない真名、知っているのはこの名をくれた両親とウルスス神しか知らないはず。


真名は神様に捧げて、一生使わない、知られてしまったら大変なことになってしまうから、知られたなら殺さなければ。


目を見開いて、影帯を天井から外して落下しながら、白クマの首に巻きつかせる。

影帯を縮めて白クマに突っ込んだ。


白クマが宙を払うしぐさをすると、触れないはずの影帯を引き、その勢いでスヴァルが地面に叩きつけられ、バウンドする。


「カハッ」


触れられないはずの影帯の方向を変えられ、驚いて身体強化が遅れた。

しばらく蹲り、ゆっくりと起き上がって白クマを見上げた。


口の中に鉄の味が広がる。

口からツーと流れる、血を拭った。


スヴァルが立って居るところに腕が振り下ろされる、それを刀で受け止める。


力と力のぶつかり合いになり、スヴァルが全身に更に魔力を流して筋力強化をする。


「影をどうやって触ったんですか」


『なぁに、簡単なことだよ、こっちらも影を使ったまでだ、まあ我が使える影は大して伸ばすことが出ないがな』


「伸びない影帯って妨害以外に使い道あるんですかねぇ」


『我が使う場合は妨害が出来れば十分なんだよ、力と図体だけがでかいアルクトテリウムの厳重種、白クマの使い道なんて〇〇〇で遊ぶ以外にないからな』


「私遊んでもらっていたんですね、私は殺りますけどね」


『〇〇〇の影帯は1本しか出ないのか、それで我を殺すなどと世迷言を』


「はぁ、父様も御爺様も影帯は1本だっておっしゃってました」


『ふん、アマシロも弱くなったものだな』


「父様を侮辱するのは止めてください、私が弱いのは、私のせいです」


キッっと目を潤ませて睨んだ。

筋力強化で体に流した魔力を刀にも範囲を広げる、刀の切れ味が上がる。


爪を刀で受け止めていたが、刀がスーッと爪を切る。

押し付けていた力のまま白クマの手がダンと床についた。


その床についた手に飛び乗って、影帯を使い上に登り肩までのぼり、肩に刀を差してそのまま脇腹に向って落ちて袈裟切りにする。


血が噴き出てやっとダメージが入った。


スヴァルが白クマの脇腹に来た時にガシッと掴まれ、スヴァルを持った手を振り上げて地面に投げつける。


ーーやばっこれ身体強化してもダメかも


と思った瞬間、走馬灯が脳裏を流れる、引き延ばされた長い一瞬。


『甲冑を出せ、珠に魔力を流せ、着用しているイメージをしろ』


言われたまま、珠に魔力を流し、甲冑を着ているイメージをする。


正十二面体の青い透き通ったガラスのような魔術防御壁の中に赤い甲冑を纏ったスヴァルの姿があった。


ーー甲冑を纏うと、なんだろう? いつもより魔力量が上がった、魔力循環もスムーズだ。

なんだか、行ける気がする。


白クマに向かって駆け出す、甲冑を纏っているのにいつもより速い。

そのまま白クマの肩まで駆け登り、首を切るが、刃が通らない。


『耳飾りの黒い魔石に魔力を流せ』


スヴァルは、頷いて、黒い魔石に魔力を流すと、もう一振り黒い刀が現れた。

その刀で白クマの首を切る。


白クマが黒い霧に包まれた。


『よし』


頭の中に白クマの声が響いた。


霧が晴れるとそこには元の姿のアルと白光する大きな魔石があった。


フンガ


「なんですか、


一度目、肩まで上ったのに首を狙わないなんて、甘いって」


フン ガ


「まぁ 及第点って」


フガ


「影帯に枝が伸びるイメージをしろ、ですかぁ


やってみますね」


スヴァルがアヒルグチになって、依然憮然とした口調だ


魔力を耳に流して影帯を出し、枝ぶりの良い木をイメージした


影帯から左右10本ずつ枝の様に影帯が出た。


「すごい影帯が増えました」


フンガフンガ


「これで、影帯で妨害されても、他の所に伸ばしておけば今さっきの様にはならない、


ですかぁ。


これって、アル君と戦う必要あったんですか?」


フンンガ


「えーーっ


最低限アルクトテリウムを倒せないなら、教えても意味がない


ですかぁ 


あのう  アル君ってウルスス様の眷属かなんかですか、じゃなきゃ真名を知っているのがおかしいです」


アルがペタンと座ってため息を吐いてヤレヤレと首を振った。


『まぁ良い、


黒の魔石に魔力を流すと出現する刀は、その刀は切断の魔術が付与されているから殺したくない相手には使わないように。


刀をもう一振り携えると二本の影帯が使えるようになる。


それと、我はそなたが幼いころから知っている、幼いころから懸命に祈っていたな、学舎に行きたいと思いながらかなわず毎日のように妄想していたもの知っているぞ、ついに夢にまで見るようになっておったな』


「やめてください、恥ずかしいです」


顔を押さえて座り込んだ。


『良く境内で、学舎ごっこをよくやっていたな』


「いやーーーー、あーーーーーーだーーーーーーめーーーー」


『それは、それとして、お前たちが行おうとしているのは、新しい島に私の分社したいのだろう、〇〇〇が倒した、アルクトテリウムが落としたその魔石をワケミタマにして新しい島に持っていけばよい。

後、ウルスス山にある神霊石を湖の中の小さな庭園に移しておくれ、もう私を祀る者がいないからな』


しゃがんだまま、顔だけ上げて、アルを見た。


「新しい島に移ればいいでは無いでしか、そこならちゃんとお祀り致します。」


アルは、悲しそうに首を振った。


『マリティムスを置いて何処かに行くつもりは無い。頼むぞ〇〇〇』


「分かりました、必ず神霊石を持っていきます。

その名前で呼ばないでください、今はスヴァルです」


『うむ、わかった、〇〇〇』


「わかってないじゃないですかぁ」


白光りする魔石をトランクに仕舞い、シナン達のいる宿に戻った。


翌朝、そっと起き出し、スヴァルは勘定を済ませてシナン家を出た。


門の外に出る。


「何も言わずに出ていくのかい」


シナンは門の

外の壁に寄りかかりスヴァルを待っていた。


「シナンさんありがとうございました。

あのままいたら、ずーっと留まってしまいそうでしたから」


一礼してから歩き出した。


シナンは、遠ざかるスヴァルの背中に向かって叫ぶ。


「絶対に帰ってくるんだよ、いつまでも待っているから」


足を止めて涙が溢れないように上を向いた。

手で涙を拭って振り返り、一礼してオッソ領城下町に向かって走り出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る