第12話

11

古翼竜



「スヴァル、狒々達のナワバリを抜けたらすぐだよ、翼竜に気をつけな、武闘狒々も翼竜には手を出さない。」


真剣な表情で頷き、トランクから酒宝珠を取り出して、握りしめた。


しばらく森の中を歩いて武闘狒々達のナワバリを抜けると、護衛の狒々が明らかに緊張した。


地面がふかふかとした土に変わると、チラホラ、ピンク色した5cm程の花が咲いていた。


「シナンさん、あの花ですか」


ピンク色の花を指して、シナンに聞いた。


シナンが口の前に人差し指を立てた。

当たりを警戒しながら周りをキョロキョロとしている。


慌てて口を結んだ。


「おかしいねぇ、天女草が咲いているのに一頭も翼竜を見ないなんて」


シナンが小さな声で呟いた。


辺りには全く翼竜の姿が見えない。


しばらく歩くと地面がボコボコに荒れ、天女草や金魚尾草が掘り起こされている。

木がバタバタと倒れ散乱している。


「何があったんですか、これ」


「なんだろうね、何かが暴れたんじゃないかい」


「シナンさん危ないのでここで待っていてください」


振り向いて、武闘狒々にシナンさんの護衛を頼んで、駆け出した。


「どうしたんだいー」


シナンが叫んだ。


「どうなっているのか、見てきています」


「わかった、気を付けるんだよ」


シナンは心配そうに見送った。


「はい」


魔力で気配を探ってみると、20人で手を繋いで輪が出来るくらい大きな木の向こうに1頭いる。


あの大きな木の向こうから、メキメキと木がへし折れる音がしている。


「酒宝珠用意しておいたほうが良さそう」


トランクから酒宝珠を取り出した。


急いで木の向こうに行くと巨大な翼竜が血まみれで、暴れている。

その体には矢が何本も刺さっている。


首には縦に深い切り傷が痛々しい。


『ウサギ耳、おのれウサギ耳ぃ』


低く響く恨みの声が頭に響いた。

頭が痛くなる。


巨大な翼竜が目を見開いた。

翼を広げたが、翼はボロボロで飛ぶことは出来なさそうだ。


翼竜が突っ込んでくる。

それを横にステップして避けた。


翼竜はそのまま木に突っ込む。ドーンと響いて森中が揺れた。

木がミシミシと音を立てて倒れた。


翼竜がムクっと立ち上がると、振り返り、また、スヴァルに突っ込む。

それを横にステップして避ける。


酒宝珠を翼竜の近くに投げた。


普通の翼竜であればそれが半径50mに酒宝珠が投げられれば、何があろうと酒宝珠にまっしぐらになるはずだ。


巨大な翼竜は酒宝珠には目もくれず、スヴァルに突っ込む。

スヴァルは刀を抜いて構えた。


『ウサギ、ウサギコロス、ウサギコロス、コロス、コロス』


「何があったんですか、聞いてください」


『コロス コロス コロス コロス コロス コロス コロス』


ーーダメだ、痛みと怒りで我を忘れてる。

どうしたら、どうしよう。


とりあえず動きを止めなくちゃ、このまま動いたら血を流しすぎてこの翼竜死んじゃうよ。

どうにかして止めなくちゃ。


立ち尽くしているところに、翼竜が突っ込み右前足を上げる。

スヴァルに翼竜の爪が迫る。


地面から蔦がのび翼竜の動きを止めたが、翼竜が暴れ、ブチブチと蔦が切れる。


地面から木の幹がニョキニョキと伸びて、翼竜を地面にがっちりと拘束した。


翼竜の正面に立って刀を構えた。


「待っておくれ、この古翼竜を殺さないでおくれ」


シナンがスヴァルと古翼竜の間に立った。


「シナンさん、どういう事なんですか、もちろん殺そうとしたわけではありません」


ーー気を失ってもらおうとは思ったけど。


刀を仕舞い、見てトランクから母の作った水色の水薬を取り出し翼竜に近づいた。


シナンさんはホッとしたように肩の力を抜いた。


ーー己の死がやって来た。

全く動かなくなった翼竜はそう思った。

死を受け入れた目をしている翼竜が、ゆっくり目を瞑った。


首にある縦の傷が一番深く、爪で抉ったような傷だ、丸太のように太い腕にも何本も何本も矢が刺さっていた。

腕の怪我を目の前にしてトランクから宝物庫のハズレくじでひいた酒と小刀を取り出して傷と小刀に酒を掛けた。


翼竜がカッっと目を見開いたが、動くことは出来ず、また目を瞑った。


矢の刺さった部分を小刀で切って矢を抜き、水薬を掛ける。


その処置を次々とこなしていく、首と腕2本が終わる頃には水薬が尽きてしまった。


「シナンさん」


ウルウルした目でシナンをみつめると、ヤレヤレと首を振って竹かごから、濃い青色の水薬を出して、スヴァルに渡した。


「全くしかたがないねぇ、足りない分は今から作るよ。

幸い材料の天女草もあるし、薬効の高いキノコの霊芝もムラサキ、ナツメ、カンゾウも離れた所にある。それにベニバナも持ってきている、薬は任せな」


シナンは手早く石を積み上げて竈を作り、竹籠から鍋をだし、材料を取りに行った。


その後も処置を続けて空に月が登る頃ようやく処置を終える頃には初めに処置した傷は塞がっていた。日をまたぐ頃には完治できそうだ。


シナンも薬を作り続けて疲れたのだろう、見た時は竈の横で寝ていた。


翼竜の顔の前に立って鼻の辺りの硬い鱗を撫でていた。


くぐもった低く響く声で翼竜が、

鳴いた。


『大分良くなった、礼を言う。』


ーーいぇいぇ、怪我をしているのを見てほっとけませんでした。


『お前を見た時死を覚悟したぞ。』


ーーお薬持って近づいたじゃないですかぁ。


『 そんな細かいもん見えん。


ワシはアマコクのウサギに捕らえられ、戦で戦わされた。


隷属の首輪で従わせようとしたんだろうが、ワシには効かん。


アマコクのウサギは用済みになったらワシを殺そうとしたのでなっ、

隷属の首輪を引き千切って、命からがらここに逃げ出して来たんだ。

薬の草が沢山あるからなっ。


隷属の首輪を引き千切った影響かなんかで、目の前が赤くなってしまってな。

我を失ってしまったのだよ。


お前アマシロのウサギだろ、ワシをトドメを刺しに来たのかと思ったぞ。』


ーー怪我が治って良かったですね。

もしかしてクマ尾族の、、、、、。


いぇ、なんでも、、、。ありません。


『そうか。ワシは休む。』


シナンは起きていて鍋を混ぜながら座っている。


シナンがお椀を差し出した。


「お食べ」


椀には薬草の入った粥が、ゆげをたてていた。


「領主様を殺したのはその翼竜かい」


シナンが聞いてきた。


俯いて、分からないという意味で、首を振った。


シナンがスヴァルの頭に手をポンポンと乗せて慰めた。


「スヴァルその翼竜が憎いかい? 殺したいかい?」


シナンは静かな声で聞いた。


ーー領主様を殺したかもしれない、、。


俯いたまま眉間に皺を寄せた。


ーーアマコクの者に利用されただけの翼竜を殺したとして、敵討ちになるのだろうか?


敵討ち?

敵討ちを私はしたいのか?

すべきなのだろうか?


べき? 誰かに強制されているのか?

誰かを喜ばせるために翼竜を殺すのか?


、、、。


私は翼竜をどうしたいんだ?







無理やり微笑んだ。


「せっかく助けた命ですよ、殺すことなんて出来ませんよ。」


シナンがスヴァルを抱きしめた。


「憎しみで戦ったら修羅になる、私の夫みたいにね、憎しみに嵌ったら大切なものを失うよ」


小さな声で囁いた。


シナンはスヴァルを強く抱きしめて耳元で、囁いた。


「コトノハ様、この先の湖の畔に白蛍石で出来た東屋があります、コトノハ様おひとりで向かってください。


私が渡した飴には様々な効果が付いております、どうか上手にお使いください。


私の一族は代々この森を守る役目をウルスス様より仰せつかっております、その頃より生きるこの森の守護竜を殺さないで頂きありがとうございます。」


スヴァルは口をあんぐりと開けて固まっている。


シナンは、固まっているスヴァルの背中を押して東屋に向かわせた。

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