真夜中からの離脱
ゆりえる
因果応報だとしても......
もし、動機を尋ねられたとしたら、ただの出来心だったとしか答えられない。
それをずっと欲していたわけでも、早急にどうしても必要だったわけでも無かったのだが......
連日オーバーワークで寝る間も惜しんで働けど、ギャンブルで大負けした借金の返済地獄が延々と続き、恋人にも見限られた。
そんな毎日に嫌気が差し、何かうっぷん晴らしが出来るような刺激を求め出した。
初めての試みだから、まずは見付かり難い小物から狙おうとした。
スーパーの冷蔵庫の奥の方で、一際輝いて見えたイクラの醤油漬け。
不意に、暖かい炊き立てご飯にの上に乗せて食べたい衝動に駆られ、サッと買い物かごと一緒に持っていたカバンに入れた。
大丈夫だ、誰にも見付かってないはず!
何も買わずに店を出るのは、怪しまれそうだから、ガムを手に取り、セルフレジでマイバッグを用意し購入した。
そのまま平然とした態度で店を後にしかけた時、店員の1人に呼び止められた。
「お客様、お待ち下さい!」
見付かってしまった!
やっぱり、考えが甘かった......
必死で走ると、店員も走り出した。
追い付かれないよう、必死で走った。
その時、
「キキキキーッ」
カーブを曲がって来た車にぶつかり、身体がフワッと宙に浮いた。
いや、身体は、浮いていない、道路に血まみれの状態で転がっていた!
これが......幽体離脱というものだろうか?
身体と心が分離した状態で救急車で運ばれたものの、意識が戻る事は無かった。
そして心は、こうして浮遊したまま取り残された。
因果応報なのかも知れない......
初めて窃盗を試みようとした自分が、そんな些細な私欲と引き換えに、自身を亡ぼす事になったとは......
こんな情けない生き方しか出来ずに果てた自分だけど、最後にたった1つだけでも、誰かの役に立ちたかったな......
そんな願いが届いたのか、病院関係者が身元確認の為に、財布の中の運転免許証を出した時、裏側に臓器提供を承諾する記載が有る事に気付いた。
他の臓器は、損傷が激しく使用できなかったが、角膜だけは幸い両方とも無事だった。
その角膜は、1人の少女に移植される事になった。
長い間、真夜中のような世界で生きて来た少女が、初めて光を得る事が出来た時の満面の笑みが、嬉しくて忘れられない。
そんな自分のささやかな願いが成就した瞬間、自分も暗くて重いしがらみからやっと解放され、軽くなった心が空高く引き上げられてゆくのを最後に感じた。
【 完 】
真夜中からの離脱 ゆりえる @yurieru
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