カップ麺を巡る問答
金澤流都
そして夜は更けていく。
金曜日の真夜中に、突然カップ麺を食べたくなった。それ自体はすごくありがちなことだ。
夕飯もあっさりめだったし、特にダイエットしているとかでもない。
お腹いっぱいになって眠くなっても、なにが面白いのか今ひとつ分からない微妙な映画を放送していた番組は終わっていて、まさに真夜中なので、いつ寝てしまっても構わない。
というか明日は土曜日だ、昼まで寝ていてもなんにも悪いことはない。
じゃあカップ麺を食べますか、と、戸棚を開ける。ちょうど、ふつうのやつとカレー味とシーフード味がストックされていた。
ここはオーソドックスにふつうのやつにしよう。僕は謎肉とかいう大豆ミートのハシりのやつが好きだ。
そう思って誰でもいっぺんは食べたことのあるおなじみのカップ麺を手に取って、はたと気付く。
……炊飯器に、ご飯入ってる。
どうしよう、このままでは今朝炊いたご飯がカピカピになってしまう。
朝起きて炊飯器を開けたとき、カピカピのご飯が入っているとなんとなく悲しい気分になるのはなぜだろうか。
そうだ、カップ麺のスープにご飯をドボンして食べよう。それならなんの問題もない。そう思って炊飯器を開ける。
……カップ麺のスープにドボンして食べるには、ちょっと多いな。
炊飯器のなかでホカホカと湯気を上げるご飯を見る。この量をカップ麺のスープにドボンしたら、スープが溢れてしまうのではなかろうか。
ここはやはり、ご飯をタッパーウェアに移動して、冷蔵庫にしまった上でカップ麺単体を食べるべきだろうと僕は考えた。
……でももう完全に、カップ麺のスープにドボンされたご飯の口なんだよな。
この「ナントカの口」という現象、本当になんとかならないだろうか。もう完全に、カップ麺のスープにドボンされたご飯しか受け付けてくれなさそうだ。
さて、どうするか。
こんなくだらないことを真夜中に考えていると知ったら、僕の親は嘆くだろうか。
少なくとも僕はこんなくだらないことで悩んでいる自分がばかばかしい。悩んでいるあいだにも金曜日の夜は更けていく。
それだったら最初から、カップ麺と同じメーカーから出ている、カップ麺のスープの味のするインスタントご飯を買っておけばよかったのではないだろうか。
いや、カップ麺の油で揚げた麺のチープな味がいいのだ。あのチープな麺の味のうつったスープに、ご飯をドボンして食べるからおいしいのだ。
僕は苦悩していた。真夜中にこんなくっだらねぇことで悩んでいる自分にちょっと酔ってすらいた。
世界のどこかでは貧しい子供が食事もなく寒さに震え、世界のどこかではなんの文明も知らない人々がジャングルに暮らしている。
それだというのに、僕は温かい食べ物、それも科学の粋を集めて作られたカップ麺と白いご飯を前に、そんなことを考えている。
他人と比較するのは愚かしいことだ、だが僕は世界の困っている人々の悩みと比べて、自分の悩みがどこまでもくだらないことを嘆いた。そして嘆いている自分にちょっと酔っていた。
金曜日の夜は静かに更けていく。とりあえず、ご飯はひとつおにぎりを作ってそれは明日の朝に食べよう、とおにぎりにした。残りのご飯をカップ麺にドボンしようという魂胆である。
よし、これでドボン飯が食える。と、ポットに手を伸ばす。お湯をカップ麺に注ごうとポットのてっぺんを押す。
……フシュー、と間抜けな音がして、お湯は出なかった。昼のうちに飲み切ってしまったのだ。
こうなるとお湯はヤカンで沸かすほかない。だが僕はヤカンというものが苦手だ。僕の部屋にあるヤカンは笛がついていないので、沸騰する加減が分かりにくいのだ。
そこで一気に、カップ麺にご飯をドボンして食べようという気持ちが萎えてしまった。
しかしもうおにぎりにして冷蔵庫に入れるほど、ご飯の分量は残っていないし、そのうえ気持ちは萎えたもののまだ口がカップ麺にドボンしたご飯の口だった。
実にくだらん、実にだ。
こんなくっだらないことで真夜中に悩んでいる暇があるなら、とっととカップ麺をつくってご飯をドボンして、さっさと食べればいいのである。
お湯の残量を確認しなかった僕のミス、ご飯の残量を確認しなかった僕のミス。こんなんだから仕事でもケアレスミスを連発するのだ。ええい、腹が立ってきた。
「僕はカップ麺にご飯をドボンして食べるぞ!」
思わずそんな声が出た。隣の部屋の人に壁を叩かれてしまった。そりゃそうだ真夜中である。
しかしふだんは隣の部屋の人が、しょっちゅう女の子を連れてきてあんなことやこんなことをするので僕が壁を叩く側だ。解せない。
僕は怒りの暴走機関車と化していた。こんなくだらないことで、それも真夜中に。
怒りに任せてお湯を沸かし、カップ麺にダイレクトでヤカンからお湯を注ぎ、タイマーで3分計る。出来上がったカップ麺は、小エビや謎肉に彩られてカラフルだ。チープな味のする揚げ麺をずるずる啜り、それからスープにご飯をドボンする。
う、うまい。
真夜中に食べるカップ麺にドボンしたご飯はとてもおいしかった。こんな罪な味があっていいものだろうか。うまい、とんでもなくうまい。
とても満足して、さあ寝るかと歯を磨いて寝巻きに着替えて、ふと時計を見る。もうすっかり日付が変わっていて、土曜日になっていた。
この真夜中のひとりコントを、誰かに見せたら、滑稽だと思うだろうな。
僕はそう思いながら眠りについた。明日にはおにぎりが待っている。
次の日、僕は冷蔵庫を開けて、ドボン飯の副産品として残ったおにぎりを食べた。もうすっかり昼になっていた。冷えたおにぎりからは、一人暮らしの侘しさの味がした。
おにぎりを食べながら、僕は真夜中の一人コントを思い出して、恥ずかしくなってしまったのだった。
カップ麺を巡る問答 金澤流都 @kanezya
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます