コクと旨みの鳥豚ダブルスープ醤油味ラーメン(通常の三倍大盛り)
日諸 畔(ひもろ ほとり)
彼女の苦悩は重い
ここに、カップラーメンがある。
赤く派手なラベルには『コクと旨みの鳥豚ダブルスープ醤油味』と印刷されている。そして、とても目立つフォントで『通常の三倍大盛り』とも。
「うーむ」
私は腕を組み、首を大きく傾けた。ポニーテールに結んだ髪が後頭部で揺れる。これは今、なぜ私の目の前にあるのだろうか。
理由は簡単だ。仕事帰りのコンビニで買ったからだ。しかし、私は哲学的な疑問を感じずにはいられない。
そもそも、カップラーメンとはなんだろう。
揚げた麺に、粉末と液体それぞれスープの素、フリーズドライの具がひとつのパッケージに入っている。たったそれだけのものに、私の心は強く魅入られてしまっている。
待て、それだけじゃないはずだ。
もっと深い、日本人の魂のようなものがあるのではないか。即席麺という食文化を生み出した偉大な先人達の心意気。それが私の心を掴んで離さないのではないか。
もしかしたら、残業続きで疲れ果てた私を救ってくれる存在なのではないか。
居住まいを正した私は、その大きなパッケージに手を添える。発泡素材を包んだビニールを破ろうとしたその時、私の中でもう一人の私が囁いた。
『それでいいの?』
私の視線は無意識に、下腹部へと向いていた。
そうだ。お気に入りのスカート。
あれが入らなくなった時の絶望を忘れてはいけない。あまりにも気に入りすぎて、実際に身にまとったのはほんの数回。
いつか再びと誓ったのは先々週。あらゆる誘惑、あらゆる欲望を振り払ってきたはずだ。
特にコンビニは良くない。私を堕落させるものが多すぎるのだ。
例えばホットスナックコーナーのフライドチキン。安い鶏肉でも脂という魔力を得てしまえば、それはもうなりふり構わぬ暴力となる。
例えばスイーツ。昔はバカにしててごめんなさいと土下座したくなる品質とコストパフォーマンス。下手な洋菓子店よりも上なのではないかと、いつも感じている。
『コンビニなんて寄るから』
もう一人の私は、心の中で私を責める。だって仕方ないじゃないか。会社とアパートの往復なんて、哀しすぎるじゃないか。
私だって誰かと仲良く通話とかしながら、駅から家まで歩きたい。そんな相手がいないから、コンビニに吸い込まれてしまうんだ。
誰か、私と仲良くしてください。
私は気持ちを紛らわせるため、テレビを付けた。レコーダーを操作し、録画していたテレビ番組を表示させる。
本当はリアルタイムで見たいのだけど、仕事が遅くなっては仕方ない。文明の利器に感謝する。
お笑い芸人が沢山出てきて、しょうもないネタを披露する番組だ。芸名を覚えるつもりはないけど、必死な姿が私のささくれだった心を慰めてくれる。
『本日はカップラーメン大食い企画!』
やめてください。
すぐにレコーダーを停止した。テレビ画面にはニュース番組が映る。恰幅のいい解説者らしき初老の男が、肥満の危険性について語っていた。お前が言うな。
確かに私は空腹だ。糖と脂肪に飢えている。それに多大なストレスも抱えている。
だが、ここは耐える時間だ。ここで耐えれば、きっと彼氏もできる。そうに違いない。
私はその場を立ち去ることにした。シャワーでも浴びれば気も紛れるだろう。
おっとその前に水分補給。私は冷蔵庫を開けた。たしか麦茶があったはず。
「しまった……」
それを見つけた瞬間、全ては終わった。私のスカートも、彼氏も、終わってしまう。でも、もうそんなことは、どうでもいいことだった。
約三十分後。テレビの中のお笑い芸人と共に麺を飲み込んだ私は、イチゴ味の缶チューハイを口に流し込む。
コクと旨みの鳥豚ダブルスープ醤油味ラーメン(通常の三倍大盛り)は、非常に悪くなかった。
壁にかかった時計から鳴る音は、日付が変わったことを告げていた。
コクと旨みの鳥豚ダブルスープ醤油味ラーメン(通常の三倍大盛り) 日諸 畔(ひもろ ほとり) @horihoho
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます