068:虹色の魔人①

「まぁいつかはこんな事が起きると思ってな。町には結界の準備をしてある」


 用意周到だ。

 魔人の気配を探知していたりするし、師匠には俺たちとは違う何かが見えているのだろう。


「だが眠っているままだと魔力が足りなくてな。小僧の魔力を貸してくれ」


「それで町が守れるのならいくらでも」


「守れるさ。お前ならな」


 先ほどの予測通りなら、広範囲に闇の魔力の雨が降り注ぐ。

 雨なんてやさしいものではない、1つ1つが魔力の爆弾のような雨だが。


「油断するなよ。ワシが演算を使ったことはヤツにもバレておる。行動パターンも変わると思え」


 俺たちが上空に到達するのと同じころ、空が突如として暗く染まり始めた。

 雷雲よりもさらに濃い闇の塊だ。


「ほらみろ、さっそくやり方を変えてきたぞ」


「な、なんかお空がすごいことになってるのです!?」


 これほどの魔力が今まで隠れていたなんて信じられない程の魔力量だ。


 その闇の雲は町を覆うように広がるのではなく、一点に収束していく。


 そして俺たちの真上に……


「なんか師匠、狙われてます!?」


「知らん仲ではないからな。ワシ狙ってこの町に来たんだろうし。ま、とにかく防ぐぞ。【防壁】プロテクトを張ってくれ。小さくて良い。防御範囲はワシが補う」


「わ、わかった……!」


 一体どんな関係なのか気になるが、今は魔術に集中するしかない。

 おそらくは封印された事を恨んでいるのだろうが……師匠にはあまり魔人への敵意のようなものが感じられなかった。


「【防壁】……展開する!!」


 圧縮された闇が、重力に引かれるように落ちてきた。

 一瞬にして加速し、弾丸のように地上へと進む。


 まるで巨大な闇の隕石メテオだ。


 隕石は明らかに俺たちを狙っている。


 魔力同士が触れ合う前から圧倒的な威圧感に潰されそうに錯覚するほど、それくらいに闇の密度が桁違いなのである。

 通常のモンスターとは別次元の存在。


 そう呼ばれる意味を俺は今、肌で理解したのだ。


 恐怖に飲まれたらやられる。


 俺は威圧感を振り払うように頭上に小さな【防壁】を作り出した。


「サポートする。小僧は【防壁】への魔力にだけ集中せい!!」


 師匠が呪文を唱えると、遠くで町の四方が光を放った。

 点と点が結ばれるように超巨大な術式が展開される。


 それは俺の作った【防壁】へとリンクし、町を包み込むような巨大な結界へと変化した。


 透明な水色と紫色が混じりあう。

 結界は見たことのない魔力の色をしていた。


 まるで師匠の瞳と同じ色だ。

 師匠オリジナルの結界魔術なのだろう。


 だが、目の前の隕石を防ぐには強度が足りない。


「圧縮する!! 合わせろ!!」


「わかってる……!!」


 少しでも集中が乱れたら防ぎきれない。

 それくらいの圧倒的な魔力量である。


 こんな相手は初めてだ。


「気を抜くなよ? ブチ抜かれたら町が消えるからな」


「わかってるっての!」


 とても油断できる相手ではない。


 接近と共に闇の塊が巨大さを増していき、そしてついに結界に触れた。


 着弾地点に魔力を収束させる。

 師匠の術式の変化に魔力の収束を合わせた。


 そして……




 バチィィィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!!!




 雷鳴のような轟音と共に光と闇の火花が散った。


 巨大で、そして重たい闇の魔術だ。


 接触しても止まらない。

 隕石には壁を貫こうとするような回転がかかっている。



 ギャリギャリギャリギャリギャリギャリギャリギャリン!!!!



 全力で展開した【防壁】が砕けそうになる感覚はいつ以来だろうか。

 それもただの破壊ではなく【防壁】を侵食しようとしているのを感じる。


 目の前の闇の塊はただの魔力弾ではない。

 もっと高度な術式で出来ていた上級……いや、超上級の魔術なのだ。


 さらに含まれる属性も闇だけではない。

 あらゆる属性に変化しながら俺の魔力を侵食しようとしている。


 この魔人は闇の属性を持つだけの存在ではない。

 様々な属性が混じりあって闇のように感じられるが、それとは似て非なるモノなのだ。


 この隕石は魔人そのものだ。

 まるで術式が自我を持っているかのように変化し続けている。


 ふと、直感があった。

 まさか魔人の正体って…………。


「防ぐだけではジリ貧だ! 弾き返すぞ!!」


「は、はい……!!」


 いや、今は余計な思考をしている場合ではない。

 とにかくこの隕石を止める。


「魔力の流れは見えてるな? ワシの結界を変化させる。光の属性で反転に合わせろ!」


「わかった……!」


 属性の変化にはパターンがあった。


 火から水へ、水から木へ。

 木から風へ、風から雷へ。


 そして雷からは光へと。


 そのパターンはもう掴んでいる。


「いくぞ!」


「いつでも!」


 マントから首筋に感じる師匠の息遣い。

 その呼吸へと意識を合わせる。


「「【反転】インヴァージョン!!」」


 攻撃魔術の流れを逆転させて破壊するカウンター魔術。

 防壁が渦を巻き、隕石と化した魔力の塊へと逆流するように侵食する。



 ズギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!



 手ごたえはあった。

 魔力を一気に流し込む。


「うおおおおおおおおおっ!!」


 ビシッ、バゴンッ……!!

 ベキベキベキベキ…………!!


 さらに師匠の結界が砕けた魔術の欠片を取り込み、加速する。

 逆流する魔力の勢いはもう止まらなかった。


 バッガァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッン!!


 その流れに耐え切れず、ついには巨大な隕石が砕け散った。


 様々な属性を内包した巨体が崩れ飛び散るその様は、まるで巨大な花火のようだった。


「や、やったのです!?」


「ふぅー……って、こら娘。妙なフラグを立てるでない」

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