069:虹色の魔人②
「フラグではないが、ヤツはまだ死んでなどいないぞ。出鼻はくじいたが気を抜くな。本番はここからだ」
限界まで膨らんだ風船が破裂するように、魔人の魔力が周囲へと飛び散った。
だがそれは無力化されたわけではなく、今度は雨のように形状を変えて町へと降り注ごうとする。
師匠の言う通りだ。
魔人はまだ生きている。
辺り一面に感じる圧倒的な魔力はまだ消えてなどいなかった。
「
町を包む結界を再度、頭上に展開し直す。
その表面を覆うように魔力の雨が降り注ぎ、結界は真っ黒に染まった。
バチバチと結界が魔人の魔力を弾くが、それを強引に突破しようとしているのだろう。
「ヤツには抜けられない。そう作ってあるからな」
師匠は冷静に言う。
魔人用なのではなく、この魔人専用の結界だったのか。
侵食を諦めたのか、結界を覆っていた魔力は俺たちの目の前に集まっていく。
そして1体の巨大な人型へと姿を変えた。
さすが師匠の結界だ。
魔力は1滴の雫すらも通っていなかった。
「オ、オォ……」
現れたのは実態を持った巨大な影だ。
結界に触れないギリギリの場所で浮遊する。
これが魔人の本来の姿なのだろう。
魔人と呼ばれるだけあり、それは人に近い姿をしていた。
「なんだあれ……モンスター、なのか?」
「デカ過ぎんだろ……!!」
「やっぱりあの空飛ぶ城は魔王城だったんだよ!!」
「人間もいるぞ? あいつがこの結界で守ってくれたのか!?」
「こんなデカい結界を1人でか!? 何者なんだ!?」
「クソ、遠すぎで見えねぇ!! でもただ者じゃないぞ!?」
結界の下では騒ぎに気が付いた町の人々が俺たちを見上げていた。
魔人はそんな地上の光景になど無関心のまま、鮮血に染まったかのような赤い瞳で俺たちを見ている。
いや、魔人が見ているのは俺でもスーでもないだろう。
俺が羽織っているマント。
師匠を見ているのだ。
「ひうっ……!」
その存在そのものが放つ威圧感にスーが小さく悲鳴をあげる。
俺を掴む手にいつも以上に力が入っていた。
無理もない。
冒険者として様々なモンスターと戦ってきた俺でさえ、目の前の存在には恐怖を覚える。
「オォ……感じるゾ。忌々しい魔女の気配……懐かしイ……」
ノイズが走るような不愉快な声は、だが流暢に人語を話した。
「オレ専用の防壁とはナ……相変わらず用意周到な女ダ。……魔力に特化してやがル」
魔人は腕を1本、鞭のようにしならせた。
バチィン!! と、結界がそれを弾く。
何気ない一撃だが、もしも結界がなければ地面には強大な地割れのような裂け目が出来ていただろう。
思わず体が動きかけた。
もし少しでも結界を貫通していたら殺されていてもおかしくない攻撃だからだ。
ほんのわずかな【防壁】の予備動作。
そのわずかな魔力の流れに魔人は反応したらしい。
「んンー……ナンだ? 妙な気配がすル……」
魔人が俺をマジマジと探るように見る。
「オマエ、何者ダ……? イヤ、分るゾ。見れば分かル……オマエの強サ。魔女のシモベだナ? その魔力、練り上げられている……深海の領域に近いイ」
深海?
なんの事だ……?
「ダガ、愚かだナ。シモベが必要になるとハ……弱くなったな魔女ヨ。復活したオレはさらに進化したというのニ!!」
魔人の体がボコボコと膨らんだ。
何か仕掛けてくる。
「見ていロ。魔女もソコにいるんだロ? 楽しいショーを見せてやル」
そしてその闇の体から何かがこぼれ落ちた。
俺たちの頭上で結界に触れ、焼けるようにバチバチと弾ける。
だが魔力ではない質量を持ったその何かはそのまま結界にめり込んでいき、そして突き抜けた。
「む、物理的な攻撃か!? 自らの流儀を曲げるとは、虹色の魔人もおちぶれたものだな!」
「ナニを愚かナ! オレは変わらない! 最後に勝つのがオレの流儀ダ! そのためなら魔術になどこだわらナイ!!」
師匠の想定外の行動らしい。
虹色の魔人と呼ばれたこの魔人は、どうやら魔術にこだわりがあったのだろう。
それを知っていたから結界も魔力を防ぐことに特化していた。
だからこそ物理的な攻撃は防ぎきれないのだ。
「来るぞ、小僧!」
「わかってますよ!」
結界を抜けて落ちてきたそれは人間の体だった。
結界に触れすぎたせいだろう。
全身が焼死体のようにコゲている。
その下半身の内側からタコのような触手が伸び、俺たちに向かってきた。
なんだ?
人間に見えるが人間じゃないのか?
何か分からないがとにかく攻撃をされている。
迎撃するしかない。
「なっ……!?」
俺は
触手が俺たちを包み込むように容赦なく迫る。
「
俺はとっさに防御魔術を展開した。
水流が俺たちを守るように渦を巻いて出現する。
触手はその水の流れに阻まれて届かない。
「全く……ヤツめ、厄介な術を覚えてきよったな。封印がよほどこたえたか。そして、小僧。お前が判断に迷うとは……それほどまでにやりにくい相手か、この人間は?」
やりにくいなんてもんじゃなかった。
遠目には分からなかったが、目の前まで来ればイヤでも分かった。
焼け焦げていてもわかる長いウェーブのかかった金髪。
良く知った碧眼は生気を失ったまま開かれている。
白いローブ。
豊満な肉体。
無残な姿になっていても、あまりにも見おぼえがありすぎた。
「こいつは、俺の元パーティメンバーだ……!!」
それは変わり果てた姿となった聖女、シーンだったのだ。
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