067:ヤベーやつが来る③


 真っ黒に染まった空から闇の塊のような雨が降る。


 黒い雨は町を覆うように降り注ぎ、瞬く間に破壊する。


 冒険者ギルドや魔術師ギルドの周囲には、闇の雨を防ぐように【防壁】プロテクトが展開されていた。

 だが防ぎきれてはない。

 展開された【防壁】ごと破壊されている建物もあった。


 俺はその光景を空から俯瞰するように見ている。

 隣には少女の姿をした師匠が眠ったままのスーを抱えていた。


 俺と同じように、そして当たり前みたいに空に浮いている。


「これは……?」


「これから起こる未来を予測した。その映像をお前に見せている」


 さっき詠唱していた魔術か。


「一瞬だぞ。よく見ておけ」


 崩壊した町の中には数名の生存者がいた。


 腕の立つ冒険者や魔術師たちだろう。


 サヴィニアもその1人だ。

 崩壊したギルドの残骸を風で吹き飛ばし、サヴィニアは現れた。


 受付嬢のエナンも無事だったようだ。


 他に冒険者たちもいる。

 その中には登録の時に絡んできた大男や、それを見ていた少女などの見知った顔もあった。


 地上に降りそそいだ闇の雨は、人型の影に形を変えて生き残った人々を襲いはじめる。


 ケガ人も多く、被害はどんどん広がっていく。


 サヴィニアは「適応してみせろ!!」と叫び、冒険者たちを鼓舞するように剣を抜いた。

 黒い魔剣だ。


 魔人から町を守るべく防衛戦が始まる。

 だが魔人の力は圧倒的だ。


 身体が無数に分裂しているため、その魔力も同じように分散しているハズなのに……その1体1体がSランクモンスターにも劣らない強さだった。


 ギルドマスターで魔剣使いのサヴィニアはかなりの実力者だった。

 なんとか善戦するも、それに気づいたように複数の影が集まってくる。


 それが魔人の本体なのだろう。

 魔力の密度は他の影とはケタ違いだった、


 一瞬にしてサヴィニアを追い詰める。

 そこにリリルルが率いる冒険者たちが町の外から駆け付けた。


 数で見れば5対1になるが、それでも魔人の本体を相手にするには分が悪かった。


 魔人の姿が膨れ上がり、そして刃のように変形した腕が全てを薙ぎ払うように振り抜かれ……


【演算終了】クローズ


 映像はそこで途切れた。


 瞼を開けば、そこには今まで通りの平和な街の景色が広がっていた。


「い、今のは……」


「ヤツが来てから30秒くらいで起きる出来事の予測だな」


 そんなに短い時間で町が崩壊するというのか。


 最後の魔人の攻撃は、間違いなくサヴィニアとリリルルたちをまとめて仕留めただろう。


 その後の光景など想像するまでもない。

 町には誰一人残らないだろう。


「そんでワシの魔力を取り込まれたら間違いなくローランドは滅びるな。多分ハイエアも同じ道をたどるだろ。大陸全土が魔界入りってワケだ」


 それはつまり、人類滅亡のシナリオだ。


「だが今見せた光景にはワシらはいない。ま、眠ってるワシやこの娘がいたところで未来は大差ないが……」


 確かに俺は見ているだけだった。

 師匠も、そしてスーも。


「だがお前なら変えられる。いや、お前にしか変えられない。だから力を貸してくれ」


「もちろんです」


 断る理由などないだろう。


「良い返事だ。ならば始めよう。時間がないからな」


 言うが早いか、黒猫姿の師匠から翼が生え、それが大きく広がっていく。

 猫の部分が消えていき、最後には大きな漆黒のマントになっていた。


 俺とスーを包み、一気に空へと昇る。


「ふぇ!?」


 その衝撃でやっとスーが目を覚ました。


「な、なんなのです!?」


 寝ぼけ眼を見開いてスーが目を丸くする。

 目を覚ましたらなぜか空を飛んでいるのだから驚いて当然だ。


 眠気だって吹き飛ぶだろう。


「説明は後だ。娘、しっかり小僧につかまっておれ」


「本屋さんの声!? 本屋さんがマントになってるのです!?」


「だがこれだとスーを巻き込まないか!?」


 俺たちのいる場所が戦いの最前線だ。

 もっとも危険な場所だとも言える。


「ヤツがきてしまった以上、もうどこにいても巻き込まれる。だったら小僧の近くより安全な場所などあるまい」


「は、はいなのです! 良く分からないですけど、ご主人さまのおそばなら安心なのです!」


 スーはいつものようにくっついてくる。

 そこに怯えている様子はなかった。


 こう言われては全力で守るしかないよな。

 言われなくても守るけど。


 スーも、この町も。

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