026:ローランドの冒険者ギルド③

「チッ、わからねぇ野郎だな~……冒険者の世界は漢の世界よぉ! おめぇみたいなモヤシ野郎が来るところじゃねぇんだ!! おめぇみたいな勘違いヤローを見てるとイライラすんだよ!!」


 記入中の登録用紙を大男に奪い取られた。


 スーが俺の後ろから飛び出そうとしたのを、俺は「大丈夫だから」と止める。

 その体が小さく震えているが、恐怖よりも怒りが勝ったようだ。


「返せ。まだ書いている途中だ」


「だったら取り返してみろよ、? 冒険者になるなら腕っぷしも必要だろうが」


「はぁ……田舎町の冒険者の質の悪さというのは、どこに行っても変わらないのだな」


 冒険者になるのに必要なのは、簡単に言ってしまえば暴力だけだ。

 高ランクになれば相応の気品も必要になって来るが、冒険者になるだけなら力さえあれば良い。


 だから乱暴な連中が多くなりがちだし、それは教育レベルの低い地方ほど良く目立つ。


 ローランド領でもそれは同じようだ。


「なんだァ? てめェ……」


 簡単な挑発に分かりやすく反応する大男。

 その身体に発生するりきみ、姿勢の変化、魔力の流れ……。


 戦闘能力で言えば、推定でBランクくらいか。

 このギルドでの評価は知らないがハイエアの冒険者を基準にするならそれくらいだ。


 うん。

 俺の相手じゃないな。


 追放されたとはいえ、俺だって元「Sランク」メンバーだ。

 この程度の相手に遅れは取らない。


「一応、忠告しておくけど……もう少しケンカを売る相手を選んだ方が良いと思うぞ?」


 俺自身へ【身体強化】を付与し、右腕に拳での攻撃への特化状態を生成。


 Bランク相手なら無詠唱でも問題ないだろう。

 むしろやりすぎの方が怖い。


 そして大男の腹に軽めのパンチを叩きこむ。


「あぁん? てめ……うごっ!?」


 数発パンチを入れただけで男が腹をおさえてしゃがみこんだ。


 大男の手から離れた用紙を掴む。


 一瞬にして状況は逆転。

 今度は大男が俺を見上げる形になる。


「うぐ……ゲホッ、ゴホッ! な、なんだ? きゅ、急に腹の調子が……」


 やれやれ、拳すら見えていないようだ。

 やはり相手にならないな。


「だったら早くトイレにでも行った方が良いんじゃないか? オシメを変えてやる暇はないんだが」


「て、てめぇ……!! もしかして呪術師だな!? 俺に何かしやがったな!?」


「いや、ただの魔術師だよ。呪いなんて使えないさ」


 使えてもこんな場所で使わない。

 ……本当は少しくらいなら使えるけどね。


「ふっざけんなぁああああああああああ!!」


 おー、手加減したとはいえすぐに起き上がるか。

 肉体のタフネスだけならBランクでも上位に入るかも知れないな。


 男は怒りに任せるように武器を手に取った。

 巨大な棍棒だ。


 刃物を抜かないあたり、まだ少しは冷静さも残っているらしい。

 人に向けるにしては十分に危険な武器である事には変わりないのだが。


【防壁】プロテクト


 ガキィィン!!


「なにっ!?」


 これくらいの武器相手なら強化した素手でも余裕で防げるのだが、今回はわかりやすく魔術で防御しておく。

 本当は詠唱すら破棄して良いレベルだけど、分りやすく唱えておこう。


 魔力の壁を大男を包み込むように形状変化させて展開する。

 透明なトリカゴの完成だ。


「その程度の攻撃なら1日中続けても壁を破れないと思うぞ? まぁ、試してみるなら止めはしないが」


「んだとぉおおおおお!? クソがぁ!! 出しやがれ!! このっ!! こんのぉおおおお!!??」


 ガキィイン!! ガガキィィン!!


「しばらく大人しくしていてくれ。俺の用事が終われば解放してやるから」


 少しは実力の差をハッキリさせておいた方が良いだろう。

 このギルドにはしばらくお世話になるだろうし、出会う度に絡まれても厄介だ。


 何よりスーを怖がらせるなんて許せないからな。


「悪いな、スー。怖かったか?」


 頭を撫でてやるとスーは気持ち様さそうに目を細める。

 震えも止まったようだ。


「ぜんぜん怖くないです! ご主人さまが守ってくれるってわかってましたから」


 少しうるさいがこれで邪魔はされない。

 俺は用紙の続きを記入する事にした。


 いや、やっぱりうるさいな。

 大男にかけた【防壁】に【沈黙】サイレントを付与する。


「……!! ……!? ……! ……!!」


 シュールな光景になったがこれで静かだ。

 やっと手続きに集中できるな。


「さっきの、恐ろしく速いパンチ……オイラでなきゃ見逃しちゃうッスね。それも的確にミゾオチへの一撃ッス。あの人、強いッスよ!!」 


「フッ……まだまだだね、ベレイ。2発だよ。ヤツは2発打った。恐ろしいスピード。アタイじゃなきゃ見逃してたね!」


「本当ッスか! 見えなかったッス! さすが先輩ッス!! そんけーッス!!」


「まぁねぇ!! もっと褒めても良いんだよ!?」


「はいッス!! 先輩さいきょーッス!!」


「あーはっはっは!!」


 いつの間にかなんか変なギャラリーもできていたみたいだけど無視しておこう。

 多分、いや……絶対ヘンなヤツだ。


「スー、あんまり見ちゃダメだぞ」


「はいなのです」


 というか、3発なんだけどなぁ。

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