012:夜の一人旅③


「ふぇ、体がイタくない……ケガだけじゃない、病気もなおってるのです!?」


 生き残っていた奴隷少女の状況は悲惨なものだった。


 顔や体の半分以上が酷くただれていていたし、痣だらけで、髪の毛も抜け落ちている部分があった。

 呼吸器をはじめとした内臓もボロボロで、息をするのもつらかったハズだ。


 盗賊に襲われたからではなく、使い捨ての奴隷として長い間ひどい扱いを受けてきたのだろう。 


「ふぅ……」


 さすがに初めて使う魔術の連続は少し疲れるな。

 術式の最適化が不十分みたいだ。


 パーティでは回復魔術を使うタイミングなんてなかったし、そもそもそんな危険な状況になることは避けていたからな。


「あ、ありがとうございますなのです!!」


 元気になった少女はペコリと頭を下げた。


「いいよ。俺が勝手に治したんだから」


 そう、ただの自己満足だ。

 少女の境遇が俺の子供時代の記憶と重なって……つい全部治してしまっただけのこと。


 全ての怪我と病気が回復した少女に最後に残ったのは、その胸に刻まれた【奴隷契約の焼印スレイブコード】だけである。


 ふむ、見たことない印だな。

 俺が知っている印とはかなり違う。


「ひぅ……!!」


 その印を調べてみようかと手を伸ばすと、少女がひどく怯えた。


「ん……? どうした?」


 まだどこか痛むのだろうか。

 体の異常はもうないはずなのだが……。


「ご、ごめんなさい……叩かれるのかと思って。わたしを助けてくれた人がそんなことするハズないのに……怖くて……」


 なるほど、トラウマか。


 奴隷を買う人間の中には、奴隷をストレス発散のためのサンドバッグ扱いする契約主もいるからな。


「ごめんなさい、ごめんなさい。もう叩かないでください……良い子にします。逆らったりしませんから……逃げようとかも考えませんから……」


 少女はブツブツとうわごとのようにそう繰り返しだした。

 恐怖がフラッシュバックしてしまったようだ。


 トリガーは……この手、か。


 さっき身体を調べた時、体中に打撲の跡のようなものがあった。

 不幸な事に、小さな女の子を素手でなぶるのが趣味のゲス野郎とでも縁があってしまったのだろう。


 俺の魔術で体の傷は治せても、そんな心の傷までは癒せない。


 だったら……


「ひゃい!?」


 俺は少女のブルブルと震えている身体を抱き寄せた。


「大丈夫、大丈夫だ。俺は君に乱暴したりしないから」


 やさしくそう言って、じっと抱きしめ続ける。


「ほ、本当なのです……? もう、ひどいめにあわないなのです……?」


「うん。本当だ。もう大丈夫だから」


 震えが止まらない少女の頭をポンポンとやさしくなでる。


「あっ……。あたたかい……なのです……」


 すると震えだんだん小さくなっていき、そして止まった。

 同時にグスグスと聞こえていた少女のすすり泣きも止まった。


「……落ち着いたのです。ご、ごめんなさい。恥ずかしいところを見せてしまって」


「良いよ。それより、何があったんだ?」


 盗賊がやることと言えば強奪すること。

 奴隷商を狙ったのなら、商品である奴隷を殺すとは思えないのだが……。


「わかりません……急にいっぱいの人に襲われて、それで……わたしたちを見て、情報と違うって言ってみんな殺し始めたんです」


「情報、か……」


 なにか特別な狙いがあったんだろうけど、この話だけじゃさすがに良く分からないな。


 しかし、一日もたたずに盗賊団に出会うとは……さすがはハイエア王国とローランド帝国の境界領域、『無法地帯』なんて呼ばれる危険な区域なだけはある。


 この調子ではどんな面倒ごとが降りかかってくるか分からない。


 のんびり旅を楽しむつもりだったが、モンスターはともかく人間相手に命のやり取りをするのは精神的にも疲れそうだ。

 はやめに街を目指すとしよう。


「とにかく、君だけでも生きていて良かったよ。今までつらかっただろうけど、命あっての物種だ」


「あなたのおかげなのです。あ、あの……お名前はなんというなのです?」


「ん、俺か? 俺はルードだ」


「ル、ルード様……わたしはスーなのです。あ、あの……」


 なぜか顔を赤らめてモジモジとしているス―。


「とりあえず少し移動しようか」


 このままここにいては、また盗賊がやってくるかも知れない。


 この壊れた荷馬車は【修復】の魔術で作り直せそうだな。

 少し借りよう。


 土魔術を組み合わせて使えば簡単な墓なら作れるから、せめて殺された人たちを埋葬してあげたい。

 このままでは野犬にもでも食い荒らされることになるだろう。

 それはあまりにも哀れだ。


 さすがに個別に墓を作っている時間はないから集団墓地になるけど、それくらいは許してくれるだろう。


 馬車を引く馬はいなくなったが、代わりに俺の魔術で動かしてみるか。

 風魔術【竜巻】の応用で車輪に回転を加えればやれそうな気がする。


 などと考えて荷馬車から出ようとすると、スーが俺の手をギュッと掴んできた。


「あ、あの……! わた……わたしのご主人様になってくださいなのです!!」


 そして急にそんなことを言い出したのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る