013:夜の一人旅④
「え? んん!?」
突然すぎてさすがに戸惑った。
ご主人様?
俺が?
「おねがいなのです。わたしの主人さまになってください……わたしをご主人さまのおそばにおいてください……」
スーは必死そうな、不安そうな目で見上げてくる。
それだけで心が揺れた。
「うっ……」
こんな可愛い少女に、こんな上目遣いで言われたら断れる男なんていないと思う。
でも俺は、そもそも奴隷同然の扱いを受けてきた身である。
俺は捨て子で、孤児院に行きついた。
それからトランたちに拾われたのだが、その間の俺の記憶は消されている。
おそらく、買い手の元から逃げ出さないようにするためだろう。
孤児院の場所も、何も覚えていないのだ。
これではどんなにつらい場所に買われても、どこへも逃げ帰る事なんてできはしない。
そういう仕組みなのだ。
だが、それでも苦しみは残っていた。
孤児院での生活で感じた「いたみ」「さみしさ」「くるしさ」そんな感情が消える事はなかったのだ。
奴隷制度なんて、クソくらえ。
これが俺の個人的な結論だ。
だからもちろん、その俺が奴隷を買う趣味などあるわけがないのだが…………。
「ごめんなさいなのです! わたしなんて、イヤですよね……力もよわいし、役にたてません。それに、キズだらけでかわいくもないし、きたないのです……うぅ」
戸惑っていると、それを否定と受け取ったのか、スーがどんどん涙目になっていく。
「そんなことはないよ」
病気と一緒に、顔や体も綺麗にしてあげたのだが……まだ気づいていないのだろう。
俺は氷の魔術で鏡を作り出し、それに今のスーの姿を写して見せた。
「あっ、これがわたし……?」
ついでに【衣服製造】で服にリボンやフリルなんかも追加しておいた。
少しでも自分の姿に自信が持てるように、できるだけ可愛くしてあげようと思ったのだ。
「お洋服まで、いつのまに……?」
治療や体力回復とまとめて一気にやったから、自分の着ている服の変化にまで気づけなかったのだろう。
スーは俺の作った服が気に入ってくれたのか、愛おしそうに撫でていた。
「ど、どうでしょう……なのです。似合っていますか?」
ワンピースの裾を小さく持ち上げてクルリと回る。
「うん。とてもかわいいよ」
俺は素直にそう答えた。
青みがかった銀色の柔らかそうな髪をなびかせたスーの姿はどこか神秘的で美しかった。
透き通りそうなくらい白い肌。
しなやかなに美しく伸びた四肢。
宝石のようにキラめく深い藍色の瞳。
両手の手錠さえなければ、だれも奴隷だなんて思わないだろう。
貴族の令嬢だとでも言われた方がしっくりくるくらいだ。
そして……気持ちよさそうなモフモフも無視はできないな。
「あぅ」
照れてもじもじする姿もまた可愛らしい。
ふわふわの尻尾がピョコピョコと元気そうに揺れているから、嬉しいのだろう。
あれ?
もしかして俺って獣人属性に弱いのか……?
獣人の女の子と話すのは初めてだ。
なんだこの守ってあげたくなる感覚は……?
今までパーティメンバー以外と関わる事がなかったから、まともに女の子と話す事すらなかった。
そのパーティの女の子たちともまともに話す事は少なかったからな。
「あっ! じゃあルードさま、わたしのご主人さまになってくれるのです!?」
とたんにスーがパァッっと笑顔を輝かせる。
たしかにさっきは勢いで「そんなことない」と言ってしまったが……。
こ、断りにくい……!!
太陽みたいに眩しい笑顔に目がくらみそうだ。
だけど、ここはちゃんと言わないと。
「……俺は自由が好きなんだ。だから君も……スーも自由に生きて欲しい」
だれかの人生を背負うなんて、今の俺には無理だ。
それに今のスーなら誰かの奴隷なんかじゃなく、1人の女の子として生きていけるだろう。
とりあえず街まで送り届けてあげて、それからは……。
「……あっ! わかりましたなのです! わたしは、わたしの意思でご主人さまの奴隷になるのです!」
「え? いや、そういうことでは……」
「よろしくお願いするのです。ご主人さま♪」
スーがその胸に抱きかかえるように、大切そうに俺の両手をギュっと握りしめる。
そして少し恥ずかしそうに俺を見上げてきて……
……まぁ、良いか!
「うん。よろしくね、スー」
奴隷契約を結んだりするつもりはないけれど、そんな緩い関係で良いのなら少しだけ付き合ってあげても良い気がしてきた。
決してスーの笑顔に負けて他の考えがどうでも良くなったとか、そんな事ではない。
やっぱり俺、獣人属性に弱いのかな……?
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