第4話
振動とともに鳴り続けるスマートフォンを片手にもったまま一正は悩んでいた。いや悩むというよりは覚悟を決めていたというべきか。化物爺、源三郎からの電話を無視することなど出来はしない。今出なかったところで後が面倒になるのは目に見えている。
「はい…一正です」
『おう、元気にしておったか一坊よ』
耳に当てて先から聴こえてきた声はやはり一正の祖父である源三郎のもの。その第一声に含まれていた呼び名に一正は顔をしかめる。『一坊』というのは源三郎のみが使う一正の呼び名である。幼い頃に初めて会った時からそれは変わっていない。いい加減に坊や呼ばわりは辞めてもらいたいというのが一正の本音だった。
「その『一坊』っていうのいい加減に辞めて欲しいんだけど爺ちゃん」
『ほぉほぉっ。お主が手合わせで儂から一本でもとれるようになったら考えても良いがの』
やはりと言うべきか一正の抗議無駄に終わる。源三郎が言っている手合わせとは一対一の模擬戦闘の試合のことだ。今の一正では万が一にも可能性はない。裏社会から恐れられているほど力をもった一正からみても源三郎の実力は次元が違うのである。何でも古流武術を極めているとか、現在既に80に届くかという年齢の筈なのだが一向に衰える気配は見えない。
「…この化物爺め」
『ん?何か言ったかの?』
「いえ、何にも言ってないですよお爺様‼」
『ふむ、そうかの?』
思わずボソッと漏らしてしまった本音を一正は慌てて取り繕う
。冷や汗と共に普段は絶対に使わないような言葉遣いになってしまった。あまりにその報復が恐ろしすぎるのだ。
「ところで今日の用事は何なんですか? まさか声を聴きたかっただけなんてことはないですよね」
『何じゃ失礼な奴じゃな。儂だって孫の声を聴きたくなるときだってあるんじゃがのぅ』
(絶対に嘘だ)
今度は言葉に出さずに一正は源三郎の言葉を心の中で切って捨てる。この老人にそんな事をしている暇などない。現在は会長職として各会社のトップにある程度は権限を移してはいるが未だにその権力は揺るがずにお伺いの声も膨大である。というかそうでなければ数多の反対の声を押しきり一正を後継者に指名する事など出来ない。
そんな源三郎に『ちょっと孫の声を聴きたいから電話する』といったような普通の老人のような暇があるはずがないのだ。
『まあ良かろう。今日の用事じゃがの、先方からお前に会ったと連絡が来たのでな。一応お前の感想を聞いておこうかと思ったわけじゃ』
どこか面白がるような声で源三郎が問いかけてくる。だが言われた一正はその言葉の意味が理解できない。
「会った感想? 何の話なのか分からないんだけど。そもそも誰に会ったって?」
『ん、何じゃ分からないのか。おかしいの…確かに連絡はきたんじゃがの』
本気で理解出来ない一正はそのまま聞き返すがその反応に源三郎の方も少し困ったように言葉を詰まらす。暫くの沈黙の後に電話先から源三郎とは別な人物の声が微かに聴こえた。源三郎と何か話していたようだ。
『ふむ、なるほどの。すまんかったな一坊よ。どうやら儂の勘違いだったようじゃ。』
「勘違い?」
その言葉に一正は違和感を覚える。自分知らないところで何かが進行しているような嫌な予感に襲われる。
『そうじゃ。とりあえずこの件はまた後で改めて連絡するから気にするな。ではの、忙しいところすまなかった』
「ちょっと待て!!」
通話を切ろうとする源三郎を慌てて一正は呼び止める。『後で改めて』ということはやはり何かがあるのは確定している。
『そういえばの、化物爺というのは実の祖父に向ける言葉では無いじゃろう? 次の訓練できっちり矯正してもらうつもりじゃから覚悟しおくように。ではの』
プツンと通話が切れる。問い詰めようと呼び止めようとした一正だったが源三郎の最後の言葉に二の句を続けられなかった。
「ちくしょう…しっかり聴こえてたんじゃないか。」
誤魔化せたと思っていたのがぬか喜びであったことが分かりがっくり肩をおとす。先ほどの件も気にはなるが、それよりも次の訓練が憂鬱である。
「ダメだ。ちょっと道場にでも寄っていくか」
思いつきに従うように一正は自宅とは別な方向へと向きを変えてゆっくり歩きだした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます