第3話
家族の助けもあり、わたしはほぼ雅美を独占することに成功した。
雅美が来るのをうちの家族はとても喜んでいた。
妹の真由美は実の姉とは違いセンスのよい綺麗なお姉さんができて喜んでいたし、甥っ子の拓海は雅美とババ抜きをするのを楽しみにしていた。
雅美はうちで初めてババ抜きをしたとき、拓海が次の人からカードを取るとき、自分から向かって右端のカードしか取らないという癖に早々に気づき、拓海にそれを注意し教えてしまった。
これは松田家のトップシークレットで、拓海がビリになると毎回大泣きするので、まわりの大人がそれで調節していたのだった。
あーあ言っちゃった……と雅美に言うと、それは拓海くんにとってよくない、と言った。
拓海はそれ以来、ババ抜きでビリになっても泣かなくなった。
ばあちゃんは、雅美を真由美と呼んだりして、よくわかっていないようだった。
夜は、……暑いからくっつかないで!と嫌がる雅美を、狭いんだからしょうがないじゃん……とかなんとか言いながら、無理矢理抱きしめて、わたしの部屋のシングルベッドでいっしょに眠った。
雅美からはいつも甘いミルクティみたいな匂いがした。
「あー幸せ」
「タマって絶対おかしいよ」
雅美はわたしの胸元でくぐもった不機嫌な声を出した。
ある朝、わたしのTシャツの胸のところに雅美のよだれのシミができていた。
雅美は、わたしじゃないっ、と真っ赤な顔をして言い張った。
夏休みになり、わたしたちはまず宿題の交換をした。
雅美に全然苦にならないという読書感想文をわたしの分も担当してもらい、わたしが全然苦にならない美術の色彩構成の宿題を雅美の分まで担当することになった。
雅美がわたしの部屋で、わたしのTシャツと短パンを着て、すらりと長い素脚を見せ、ガラガラと音を出しながらまわり続けているオンボロ扇風機に向かって、あー……と声を出している……
雅美の黒髪が風に舞って、空中にやわらかい墨の線を描いていた。
わたしはベッドにうつ伏せになってマンガを読んでいた。
雅美は、教室や人前でわたしがジャレつくのを嫌がるわりには、わたしの部屋で二人きりでいて、雑誌やマンガなどわたしが何かに集中しているときに限って、猫みたいな目をしてまつわりついてくる。
さっきまでわたしの隣でわたしのまねをしてマンガを開いていたのに、読み慣れていないのか早々に飽きたようで、わたしの肩に自分の肩をぶつけてきたり、わたしの背中に頭を載せゴロゴロしたりし、それでもわたしが読み続けていると、立ち上がってわたしを跨ぎベッドから下り、今度は扇風機の前で変な声を出し始めた。
そして、また、わたしの隣に戻ってきて、ぱたりと、寝た。
わたしは笑って雅美にタオルケットをかけた。
夏休み、雅美はわたしの家に昼寝しに来ているのではないかと思うくらい、わたしのベッドでくーくーとよく眠っていた。
そんな雅美を見て母が笑った。
「高校生のときの、しのちゃんみたいね」
兄と、奥さんのしのちゃんは、高校時代からつき合っていて、そういえば、しのちゃんは、夏休みにうちに来ては、兄のベッドでよくぐーぐー昼寝していた。
「お姉ちゃんてさ、ブスだけど、おっぱい大きいよね」
ドレッサー前で真由美が雅美に髪を結ってもらいながら言った。
浴衣を着て彼氏とお祭に行くそうで、浴衣に似合う髪形を雅美に考えてもらっていた。
「ふんっだ、貧乳」
わたしは真由美のベッドにうつ伏せになって雑誌を見ながら言い、着ている襟ぐりののびたTシャツの裾を背中から引っぱった。
「ふーんだ、お姉ちゃんはお母さんに似てるから胸が大きいんだ。だから将来絶対お母さんみたくコロコロ太るんだ」
「じゃあ真由美はお父さんに似てるから、ずーっとペッタンコなままなんだ」
ブースブスブス!……と、真由美が怒ってわたしのほうに首を向けた。
雅美が、真由美ちゃん動かないで、と言った。
「タマはブスじゃない。わたし……タマの顔好き」
一人っ子の雅美は、わたしたち姉妹のいつもの軽口を真面目に受けとり、おかしいほど真剣にとりなそうとする。
「ありがとっ!雅美っ」
わたしは雅美に投げキッスをした。
鏡に映る真由美はなかなかの美少女ぶりで、雅美とのツーショットの鏡の中の絵に満ち足りた表情をしていた。
真由美は父親似で目鼻立ちのはっきりした派手な美人顔、わたしは顔のつくりがちんまりした母親似……
わたしが綺麗な顔に憧れるのは、子どもの頃から妹とくらべられ続けたからだと思う。
「真由美ちゃんもこれから成長するんだよ、まだ中二だし」
雅美がそう言ったあと、やっ……と短い声を上げた。
「あー雅美ちゃん、けっこう胸ある」
雅美の生真面目なとりなしなど聞いちゃいない真由美が、からだをひねって雅美の胸に触れた。
「びっくりしっ……」
「あ、ほんとだ」
わたしも参加して背後から雅美の胸に触った。
「……信じらんないっ!」
雅美が怒って顔中、耳まで真っ赤にし、遠慮勝ちにわたしの胸に手を伸ばした。
わたしは笑って逃げた。
夏休み最終日、夕食のあと、家の前の路地で花火をした。
近所に住む拓海のお友だちのちびっ子たちも集まってにぎやかになり、その声につられてご近所のおばちゃんたち数人も表に出て来て、早速母は立ち話を始め、兄嫁のしのちゃんは、ママ友たちとおしゃべりを始めた。
「拓海、ウチに火ィつけんじゃねぇぞ」
父は大きな手で拓海の頭をもしゃもしゃやってから、蚊がおれを刺しに来るぅ……と言いながら早々に家の中に撤退した。
雅美も、真由美やちびっ子たちといっしょに花火を両手に持って、闇に絵や文字を描きながら、白い歯を見せて笑っていた。
拓海や小さい子どもたちといるときの雅美はとても自然で、よく笑うので、前に、子ども好きなんだね、と言ったら、「別に……、得意じゃない」と、不機嫌に答えた。
「ばあちゃんもやろうよー」
ばあちゃん子の兄が、ばあちゃんがいないことに気づき家に向かって声を上げた。
「線香花火もあるよー」
わたしも続けて声をかけた。
ゆっくり玄関から出て来たばあちゃんが敷石につまずきそうになり、雅美がとんで行ってばあちゃんのからだを支え、手を引いて路地に出て来た。
ばあちゃんが花火に照らされた穏やかな顔で雅美を見つめ、
「雅美ちゃん、アンタ綺麗ねぇ……花火より綺麗だ」
と言った。
空が高くなったなー……と思った。
「大好きな雅美が休むと退屈?」
視界に、ふわふわヘアの女の子らしい絢菜の姿が現れ、雅美の席にすとんと腰を落とした。
「えーうーん……まぁねー……」
机につっぷしたまま答えた。
雅美が体調不良で欠席し、休憩時間、ぼんやりその空席の向こうの窓の外を見ていた。
二学期が始まって一か月ほどが経ち、制服も一昨日から、冬服に変わった。
「わたしと雅美、どっちが好き?」
「……えぇっ?」
絢菜らしくないことを言い出したのでびっくりして起き上がる。
絢菜が、ふふ……と笑って言った。
「タマはわたしを捨てて雅美とつき合ったって美和っちが言ってる。面白いでしょ」
「なんだそりゃ……」
廊下で、美和っちがゲラゲラ笑いながらヤッシーの首を絞めているのが見えた。
見た目セクシーダイナマイト、中身ジャイアンの美和っちは、ルックス、性格ともに迫力があった。
さらさらと綺麗な茶髪のボブヘアは月一で通う美容院でのケアのたまもの、校則でカラーリングは禁止されているけれど、しらっと「地毛です」とくり返す美和っちの迫力に、注意する方の担任のゴトケンも負けてしまっていた。
「……絢菜にふられたのはわたしのほうじゃん。純ちゃんに取られて……」
絢菜は彼氏、純ちゃんの名前を聞くと顔をほころばせた。
「……寂しかった?」
「寂しかったよー。だって、わたしと遊ぶときも純ちゃんついてきちゃうんだもん」
「ごめんねー、離れたがらなくて」
絢菜はうふふと笑ったあと、ちょっと真面目な顔をした。
「女王様と家来みたいだって、雅美とタマ……みんな影で言ってる」
「もう……なんだそりゃ」
机にごんっと額をつけた。
雅美といっしょにいるようになって、自然、今までつるんでいた子たちと疎遠になり、二人で孤立しているように見えないでもないだろうし、気分屋の雅美にわたしがふりまわされているようにも見えるのだろう……
「なんか嫌なこととかない?」
「ないない!だって、雅美に無理矢理くっついてるのはわたしの方だから」
かわいくて……
「そうだよね、わたしもそう言ってるんだけどね。タマはMだからって、きっと雅美がSでちょうどいいんじゃないって」
それも違う気がした……
かわいくて……かわいくて……
「なんかねぇ……、雅美って、わたしが前世で産んだ子どものような気がする 」
絢菜が笑った。
「タマらしいね。やっぱりタマはMだよ、ママのM」
絢菜うっまーい!座布団一枚!……などと言い、二人で笑った。
チャイムが鳴った。
自分の席に戻ろうとする絢菜にわたしは、ありがとう、と言った。
絢菜は微笑んでうなずいた。
「たまにはわたしたちとも遊んでよ。純がメンバー集めるって言ってたから、またみんなでカラオケでも行こうよ」
「うん!」
授業中、雅美の空席に目をやりながら、自分は雅美のことを何も知らないんだな……と思った。
今日学校を欠席している理由すら知らない。
雅美はからだが弱いのか、体調を崩したと言っては時折学校を休んだ。
携帯嫌いの雅美に体調をうかがうメールをしても、大丈夫、の一言くらいしか返ってこず、平気で返信がないときもあった。
ふと、帰りに、前に雅美に聞いた住所にお見舞いに行ってみようと思いついた。
駅前の花屋で小さな花束を買い、大きなお屋敷ばかりの静かな住宅街を、住所のメモを片手に永山邸を探した。
「なぁにが、それってイメージでしょ…だ。イメージ通りじゃん……」
やっと見つけた雅美の家は、コンクリートの四角い塔のような三階建の、おしゃれな建物だった。
門の脇のインターホンを何度か押したけれど、物音ひとつしなかった。
帰り難く、花束を手に、家の前をうろついていると、
「タマ?」
と、頭の上から声がした。
塔のてっぺんの見張り穴のような横に細長い窓から、雅美が首を出していた。
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