短編69‐2話 数ある声かけたらものすっごいヒロイン
帝王Tsuyamasama
短編69‐2話 数ある声かけたらものすっごいヒロイン
「それじゃあこれが鍵だ。よろしくな」
「わかりました」
俺は明るい茶色のスーツを着ている西守先生から、倉庫の鍵を手渡された。俺、
(……のはいいんだが……)
参ったことが起きてしまった。
いつもは倉庫は鍵がかかっていて、その鍵も先生が保管しているという、普段学生は入れない場所だ。
今度文化祭があるから、そこで使う看板などを出すために、鍵を借りたというわけなんだ。
何に困っているのかというと、その倉庫を開け閉めするときは、原則複数人で行うように決まっているから。
・もし一人で行って、なにかトラブルがあってはいけないから
・開けたまま頻繁にその場を離れることになっても、他の人が倉庫に残ることができるから
・結局重い物を運ぶときに、二人以上いた方が便利だから
などなど。っていうことで、生徒会のだれかを連れていこうと思ったんだが……みんなそれぞれ、文化祭の準備で忙しいようだ。
鍵を借りているんだから、今の間に倉庫の用事を済ませたいところで……
(う、う~ん……)
今、生徒会室に人がいるにはいるんだが……一応聞くだけ聞いてみよう。
書記である一年生の
各クラスから提出された書類をまとめたり、コピーしたり、パンフレット用の情報を書き出したりしている。
「井関。今忙しいか?」
「見てのとおり忙しいですよぉ~。あ、なにか用事ですか?」
「いや、その作業を続けてくれ」
まぁ、それだけ多くの机の上の書類と戦ってるんだもんな……。
生徒会室にはもう一人、生徒会役員がいる。その周りには、三年生の放送委員が集まっている。放送委員会は文化祭において重要な役割だからなぁ。
「
「……わかったわ。オープニングはそれでいくとして……」
しっかりしてるから、なにかといろいろ任せてしまっているかもしれない。でも任せなかったらそれはそれで、一人でばっかりせずにもっとこちらに任せなさい、と言われてしまいそうな、まぁそんなキャラクターの女子だ。
「梨野~」
「……午前中の自由時間に使う曲は任せるわ。特に生徒会がチェックすることもないから、よろしくね……」
「なっしの~」
「……放送内容にスケジュールがあるのなら、それも教えてもらえると……なに? 薬名、呼んだ?」
「い、いや、続けてくれ」
(だれか手の空いているやつ、いないかなー)
俺は校舎の中を歩き始めた。
クラスや部活や委員会、それぞれの単位で文化祭の準備が進められていっている。
飾り付けなどはまだだが、生徒会長になったからには、文化祭をちゃんとまとめあげないとな。
(……なんて思ったところで……)
これがなかなか見つからない。生徒会の役員って、そんなに数が多くないし、もちろんそれぞれが何らかの用事で動いているわけだし。クラスや所属している部活も、ある程度手伝うことだってある。
(はっ! これがまさに、『猫の手も借りたい』っていう状況!?)
ことわざって、めっちゃ汎用性あるやつもあれば、結構使う場面限られるものもあるよなー。てか猫の手じゃ見張りもなにもないか。ははっ。
(……俺、疲れてんのかな)
実は。俺が生徒会長をがむしゃらにやっているのには、一応理由が
(って! あれはっ!)
前から女子三人組がしゃべりながら歩いてきているが、その真ん中にいたのは!
「
「わわあわわわ!!」
毎回なんだそのおもしろい反応っ。いつもそうやって、全身使って俺の言葉に反応してくれっから、
身長は女子では普通くらい? 目の前の三人組の中では、少しだけ雪が大きいみたいだ。髪は肩より長い。
雪とはいわゆる幼なじみっていうやつ。幼稚園のときから知っているが、小学校のときから仲良くなったかな。部活や委員会が違う今でも、会えばもちろんよくしゃべっている。クラスの副級長をやっている。
って、つい声をかけてしまったけど、三人組ってことは、やっぱなんか用事があるんだろうか。横の二人も俺を見たり雪を見たり。
一緒に行けそうな生徒会のメンバーが見つからない以上は、普段の委員会で会議を一緒にしている、級長や副級長でも連れていってもよさそうだ。
「一緒に来てほしいところがあるんだ。今忙しいか?」
「えっ!? わた、わたた、私っ?!」
その反応は、つまり~……どうなんだ? 横の二人も、ちょっと雪を見ている。
「忙しかったら大丈夫だけど」
こんなことになるなら、あらかじめ倉庫行くメンバー決めておいたらよかったか。
「あ、もしかして生徒会のことじゃないですか? 先輩、副級長でしたよね?」
髪をくくってる女子と短めの女子がいて、くくってる女子が雪にそう言った。そうか後輩だったのか。
「そ……そうなの?」
まっすぐ見てくる雪。今日も元気そうでなにより。
「ああ。部活で忙しいか?」
う~ん。なんか、いくらでも見ていられる雪の顔。
「部長に伝えておくので、いってきてください」
「あ、い、いいの?」
「はい! ちょうど一段落したところじゃないですか! どうぞどうぞ!」
なんか、雪が先輩って……い、いや、ここは笑ってはいけないところだっ。普段の雪を見慣れすぎてしまっているから、ついっ。
「じゃ、じゃあ……いってきます!」
いってらっしゃーいと見送る後輩’s。
雪と横に並んで、廊下を歩く。
さっきと同じく、文化祭準備の光景が並んでいるのに、なぜか雪と一緒だと、もっと明るく見える……感じ?
「雪」
「ひゃいっ!」
もうほんと雪ツボ。
「悪いな、来てもらって。部活の用事があったんだろ?」
「ううん、大丈夫。職員室と事務室に行く用事が終わったところなの」
「そっか」
今思えば、雪と同じ部活をするのも楽しそうだったなと思う。
入学したてのとき、部活一覧表を見て、なんとなくで決めたからなぁ。
「雪はさ。高校、どこ行くか考えてる?」
「こ、高校っ? まだそんな先のこと、わからないよっ」
「俺も」
「なんだ
「……雪と同じ部活するのも、楽しそうだと思った~……から?」
なんかずっとこっち見てる雪。前に電柱あったらぶつかるパターン。
「わ、私もっ。翔ちゃんと一緒に部活、やってみたいな。ああでも、私そんなにぴょんぴょん跳ねられないと思うけどっ」
雪がぴょんぴょん。ハンドボールの概念が覆される瞬間!
「俺に合わせてくれなくても、雪が俺と一緒にやってみたいことでいいよ」
「……しょ、翔ちゃん急にそんなお話、どうしたの……?」
その両手をほっぺたに当てるのも、雪らしくてなんかいい。
「ほんとにふと思っただけっていうか。さっき後輩と一緒のところを見たら、なんか思った」
……遊園地のときも、その両手ほっぺた。たくさんしていたな。
(緊張したけど、思いきってよかった)
母さんが商店街の福引きで、十人分のチケットを引き当てたんだ。
俺と姉ちゃんがふたつずつもらって、それとは別で家族四人で行くとき用。残りふたつは、とりあえず現在は未定のまま保管。
雪を誘ったのは、もちろん好きだったから。でも遊園地に行って、文化祭が終わったら告白しようと決めた。
生徒会長になったのも……これ雪には内緒だが。かっこよくなって、強い
低学年のときは毎日のようにしゃべっていたのに、なんかだんだん、雪のことを意識してきたら、嫌われたらどうしようって気持ちが強くなってきて。
これまでいろんなきっかけを頼っては、雪に声をかけてきた。正直今でも、雪の隣にいると緊張するけど、やっぱり俺は雪の隣にいたい。
(……だ、だれかとすでに付き合っていたら……)
い、今は考えないようにしよう。俺は文化祭で告白する。今はそのことだけに集中しよう。あ、もちろん生徒会も頑張る。
「私は、翔ちゃんみたいにぴしっとできてないよ?」
「俺そんなにぴしっとしてるか?」
「うん! だって生徒会長様だよ? ぴし中のぴしだよっ」
……ぴしっと告白できるように、頑張ります。
茶色い倉庫に着いた俺たち。裏門の近くにあって、校舎で隠れるようなところでもあるので、周りに学生はいないな。
俺は赤色のタグが付いた倉庫の鍵を、南京錠に挿し込み、くるっと回し開錠。金属ちっくな音を響かせながら、横開きの扉を両方開けた。
「ここ初めて中見たよ」
「俺は一回」
そう言いながら、俺は一歩、倉庫の中へ。
中には文化祭や体育祭で使う看板や得点表・古そうなボール類・赤い
手を軽く前で組んだ雪も入ってきた。
(……あれっ。この状況……)
静かな倉庫で、雪と二人。
(……な、なんか。今ならなんか、言えそうな気がする)
でも何を言おう。でもせっかくだからなにか言いたい。
「雪」
「な、なにっ?」
俺は改めて、雪の方を見た。外からの光がちょっと雪にかかっている。
(と、とりあえずな? とりあえずだからなっ)
「……あ、ありがとう」
うん。そりゃそのはてなまーくだらけの顔になるわな。
「どう、いたしまして……?」
でもそんな雪の顔。やっぱりずっと見ていたいな。
「まず看板を運ぼう。雪はそっち持ってくれ。これつけていいから」
「ありが……とうっ」
学生服の右ポケットに入れていた白い軍手を、雪に渡すときに、ちょっと手が当たってしまった。
短編69‐2話 数ある声かけたらものすっごいヒロイン 帝王Tsuyamasama @TeiohAoyamacho
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます