第12話 祈り

 ダガーの切っ先を見詰めながら、アサシンは言った。

「あの体勢と油断からよくもまあ……。ヒーラーのくせに驚異的な身体能力だな。こいつらが一撃でやられたというのにも頷ける」

 ラァムが真剣な表情で、ついにロッドを構える。

「そちらもやりますね……。今のはかなり危なかったです。正直なところ、そこのザコ達のボスだと高を括り、敵を見誤っていました。でも今は勝てる気がしません。もしよければ、見逃してくれませんか?」

「ハハッ。そんなお世辞を言ってもダメダメお嬢さん。こちらの見立てを言わせて貰えば、力は拮抗している。やろうじゃないか、ギリギリの命の取り合い……しのぎ合い……殺し合いを……」

 相手はやる気だ。

 新人冒険者いびりどころの話ではない。

 見逃す気もないどころか、殺しのスイッチまで入ってしまっている。

 ラァムはアサシンを見据えたままで言った。

「……レット、今の内に少しでもこの場から離れておいて下さい」

「えっ、でも――」

「早くして下さいッ」

「あっ、わかっ、わかった!」

 アサシンの強さとラァムの剣幕に圧され、俺は来た道へと駆け出す。

 自分にこんな言い訳をしながら。

 だって仕方がないじゃないかあんな相手!? 

 俺が居たって、どうせラァムの足手まといになるだけだ! 

 このまま俺だけでも生きて逃げれば、助けを呼べる! 

 そうすればラァムだって助かるかもしれない! 

 その時だ。

 背後からラァムの声が届いた。

「……あなたの未来にアメンテラースの導きと祝福があらんことを」

――ッ!? 

 こんな時まで、俺のために祈ってくれて――!? 

 直後、ダガーとロッドが激しくぶつかり合う音が聞こえてくる。

 きっと場所が場所なだけに、ラァムは魔法の使用を控えているのだ。

 対してアサシンにとって、この建物に囲まれた路地は地の利がある。

 つまりラァムに不利な状況ということ。

 嫌な可能性ばかりが頭に浮かんでくる。

 レットはそれを振り払うよう、合理的な思考を巡らせた。

……ダメだ、どうせ助けに戻っても死ぬだけだ。

 二人で死ぬ必要なんか無いんだ! 

 二人とも死ぬ必要なんか……。

……きっとラァムもそれがわかっていて、俺だけでも逃がそうと……!? 

 その瞬間レットは急ブレーキをかけ、踵を返す。

 そして駆け出していた。

 ラァムの元へ。

 そして叫んだ。

「いや見捨てられるかよぉっ!?」

 アサシンと攻防を繰り広げながらも、俺の転身に気付いたラァムが言う。

「あなたは……あなたは本物のバカなんですか? 死体が一つから二つに増えるだけなんですよ?」

「でも一人で死ぬなんて寂しいだろ!」

「言っていることの意味はわかりませんが、あなたのことはよくわかりました。――やはり真性のバカですね。……でも、嫌いではありません」

「俺達は『イチャつく二人』だからなっ! うぉぉぉっ!」

 俺が腰の剣を抜くのを見たアサシンは、余裕を覗かせながら言った。

「まずはザコの方から狩らせて貰おう!」

「待ちなさいっ」

 ラァムの横をすり抜け、黒い風のようにアサシンが襲いかかってくる。

 夜の闇の中に、刃の放つ光の筋が路地を埋め尽くす程に煌めいた。

「レット!?」

 ブシュゥッ! 

 噴き出した血がラァムの頬を濡らす。

「そんな……」

 驚愕からいつもは眠そうな目を見開いた彼女は、おもむろに構えていたロッドを降ろした。

「レット……」

 自身の血にまみれながら、硬い地面を枕にしていたのはアサシンの方。

 俺はといえば、自分でも何が起こったのかよくわからず、ただただ剣を片手に呆然としていた。

「力が……力が戻ってる……?」

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