夏休み約束編②~明石海峡跳躍~

「あなた本気? どれくらい距離があるかわかっているの?」

「目測ですけど……淡路島まで4キロくらいですね。これなら届くと思います」

「はぁ!?」


 不安なのはここが砂場なので思い切り踏み切れないことだが、これはおそらく解決できる。


(まあ、届かなかったら空を飛んじゃえばいいからな)


 どのくらい助走しようか考えていたら、田中先生が俺の方をつかんできた。


「佐藤くん、いくら君がすごいからって、これは無理でしょ……」

「できますよ。少なくとも、明後日まで渦が治まるのを待つよりはましです」

「でも……この距離よ?」


 田中先生は不安そうに俺の目を見てきており、波の音が耳に届いてきた。

 それでも、明日渦が治まるという保証はないので、いち早く着くためには飛び越えるしかない。


「跳ぶときに抱えるので自分の荷物をしっかり持っていてくださいね」

「本気!? 夏美も佐藤くんを止めて!」


 田中先生が俺の言葉を聞いてうろたえる中、夏美ちゃんは持っていた荷物を抱えて、落とさないように何度も持つ場所を確認している。

 夏美ちゃんが持つ場所を決めると、田中先生へ声をかけた。


「真さん、諦めて荷物を落とさないように持った方がいいですよ。一也くんは本気で跳ぶ気でいます」

「バカげている!! 正気じゃないわ!!」


 田中先生の声を聞いて、渦を眺めにきていた人が俺たちへ目を向けてくる。

 何を言っても信じてくれそうにないので、強引に先生を右肩に抱えることにした。


「失礼します」

「嘘!? きゃっ!?」


 田中先生は抱えられると思っていなかったのか、地面に荷物が落ちてしまう。

 拾おうとしたら、夏美ちゃんが田中先生へ落ちた荷物を手渡していた。


「諦めてください真さん。もう離さないでくださいね」

「この海に落ちたら渦に引き裂かれて死ぬわよ……」


 なんとか俺を止めようと、田中先生が海を見ながらつぶやいている。

 そんな言葉を気にせず左肩へ夏美ちゃんを抱え、助走のために海から離れ始めた。


 100メートルほど歩くと地面がアスファルトになり、振り向くと結構な人数が俺のことを見ている。

 なかには、スマホを俺へ向けて撮影をしているようなので、失敗することができなくなった。


「いきます! 揺れるので口を開けないでくださいね!」


 全力で走るために足へ力を込めると、アスファルトでもへこんでしまう。

 すぐに砂場になってしまうため、俺は瞬時に足の裏へ茶色の魔力を流し込む。


 1秒も経たないうちに海へ着いてしまうため、砂に足が捕られて推進力が落ちないように、足元へ茶色のオーラを放出して固めた。

 

 砂へ足でバッシュを行いながら踏み切り、淡路島へ向かって跳躍すると眼下に渦がうねる海が広がる。


「渦がすごいですよ! きれいですね!!」

「本当に跳んでいるじゃない!! 届くの!!??」


 このままの放物線を描くと、確実に淡路島の手前で海に落ちるだろう。

 淡路島の一点を見つめて、体中に魔力を循環させた。


「わかんないです! ちょっと足りないですね!! テレポート!!」


 テレポートを最大距離で行っても届かなかったため、2人に着水する準備をしてもらうことにした。


「海に落ちるので、思いっきり息を吸ってください!! 何もしないでくださいね!!」


 何か言おうとした田中先生の瞳を見つめると、ゆっくりとうなずいてくれた。

 真下に渦を生み出している魚系のモンスターが見えるので、足に魔力を込める。


「ライトニングネイル!!」


 渦を打ち消すように雷の杭を放ちながら海へ飛び込んだ。


(呼吸ができない2人のために早く淡路島へ上陸しないと!!)


 ポセイドンの力により海でも自由に動ける俺は、大きな魚を蹴散らしながら海の中を駆ける。

 こんなところにまで北海道の研究所の影響が及んでいることを危惧していたら、地形により発生している渦に巻き込まれてうまく進めない。


 海水の圧力を受けて、田中先生がゴボッと口から空気を出してしまった。

 時間の余裕がないことがわかったので、ウィンディーネの力を発動させる。


 渦による影響を打ち消し、淡路島の浜にたどり着くことができた。


「なんとか着きました。大丈夫ですか?」


 2人を肩から降ろそうとしたら、田中先生が荷物を持ったまま俺の肩でうなだれたまま動かない。

 夏美ちゃんが俺から田中先生を受け取り、浜辺へ仰向けで寝かせた。


「ふっ!」


 地面に膝をついた夏美ちゃんが掛け声とともに掌底を田中先生の胸に打ち込むと、呼吸が再開する。

 体力を消費させてしまったようなので、ホーリーヒールをかけようとしたら田中先生がゆっくりと立ち上がった。


「……あなたたち、いつもこんなことしているの?」


 平然な顔をしている夏美ちゃんの様子を見て、田中先生が痛みで顔をゆがませながら質問をしてきている。

 夏美ちゃんは濡れた服を気にするしぐさもなく、返事をするようだった。


「こんなこと? 移動しているだけで何も起こっていませんけど……真さんには辛かったですか?」

「移動しているだけ? これが!?」

「はい。モンスターの巣へ落とされたり、後ろから悪魔が追ってきたりしていませんからね」

「それはどんな状況よ……」


 夏美ちゃんがこれまで体験させてきたことを聞いて、田中先生が頭を抱えてしまった。

 ただ、こんなところにいつまでもいたら徳島県へたどり着かないので、さっさと移動することにする。


「あと1回、同じことをすれば徳島県へ入れますよ。行きましょう」

「え、ちょっと待って、また跳ぶの?」

「ええ、だって徳島県があるのは淡路島のさらに向こうですよ。意外に早く着きそうですね」


 俺が歩き始めると、田中先生が信じられないと言いながらもついてきてくれた。

 田中先生の足取りが重く、夏美ちゃんが心配そうに声をかけるものの、大丈夫と言い張っている。


 2回目の跳躍も距離が足りず、海へ落ちてしまったので、1回目と同様にポセイドンとウィンディーネの力を借りてなんとか徳島県の地へ足を踏み入れることができた。


 徳島県の浜辺にも渦を見にきていた人がおり、海からはい出てきた俺の様子をうかがうように集まろうとしている。

 面倒事を避けるために、気を失った先生と夏美ちゃんを抱えたままテレポートを行なって、その場からかすかに見える建物に向かって離れた。


「田中先生、あとどれくらいで着きますか?」

「もうすぐそこよ……早くシャワーを浴びたいわ……」


 人気のないところで息を吹き返した田中先生は、疲労で足を引きずりながら案内をしてくれている。

 海に飛び込んでしまい、全身から磯の匂いを放ち、服がべたついているため、ものすごく不快だ。


 徳島駅を通り過ぎながら街を歩いていたら、じろじろと眉をひそめられ、俺たちから離れるように道が空く。

 特に気にすることなく街を眺めると、周りが山に囲まれている盆地のような土地だった。


「あ、ここよ。早く入りましょう」

 

 田中先生が立ち止まった場所は、徳島駅から歩いて30分ほど離れたところにある山のそばに建つ大きなホテルだった。

 総会を行うホテルへ入ろうとすると、入り口にもかかわらず体格の良い男性から招待状のようなものを求められる。


 普通はカウンターや会場の入り口で確認するものじゃないのかと思っていたら、その男性が笑いながら俺へ顔を向けていた。


「今回の弓道総会は、弓を使って射撃大会を優勝した記念式典も行われるから、ホテルを貸し切って行われるんだ。今日から3日間は弓道関係者しか泊まっていないよ」

「へー、すごいですね」


 特に聞いていないことの説明を聞いていたら、夏美ちゃんが恥ずかしそうにうつむいていた。

 しかし、田中先生から招待状を受け取った男性がリストを照会していたら、笑顔だった表情を曇らせてしまう。


「すまないが、きみは入ることはできない」


 男性になぜか俺だけホテルに入るなと言われたため、夏美ちゃんの彼氏らしく行動することにした。


「夏美、俺はそこらへんで時間を潰しているから、用ができたら連絡して」


 ごねることもなく颯爽と立ち去り、気持ちの余裕をアピールする。

 四国で恋人役をやるにあたって、夏美ちゃんのことを考えたら、ダメと言われたら引き下がらなければならない。


 俺が必要になった時だけ呼んでくれればいいので、スマホの振動には注意を払う必要がある。


 誰も俺を呼び止めようともしないので、俺は四国でしかできないイベントのために走って鳴門市へ向かい始める。


(お遍路イベントの周回攻略を開始するぞ!!)


 時間が足りずにできなかったイベントを行えると思うと、自分の状況を忘れて楽しくなってきた。

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