夏休み約束編①~徳島県へ~

(真さんって誰なんだろう?)


 聞いたことがない名前に首をかしげて悩んでしまう。

 しばらくすると、清水さん以外の人にスマホが渡ったのか、声が聞こえてくる。


「もしもし、担任の田中だけど……」

「ああ、田中先生ですか。真さんって名前なんですね」

「そうだけど、今はそんなことどうでもよくって!!」

「落ち着いてください、どうしたんですか?」

「あんたがいくら電話しても出ないのが悪いのよ!!」


 電話に出てあげたのに、なぜか田中先生から怒られていた。

 何度も電話をしていたということは、鞭を振るっている最中に感じていた振動が田中先生からの連絡だったようだ。


(完全に無視していたから、確かに俺が悪いな)


 日本に帰ってきてから不在着信の数を見たら【99+】と表示されており、面倒なので全部消していた。

 それについて謝ろうとしたら、田中先生は俺が言葉を放つ前に話をしてくる。


「明日の朝、総会へ出るために徳島県へ出発するけど大丈夫!?」

「問題ないです。時間は?」

「8時には静岡駅にいてほしいわ」

「わかりました。お休みなさい」


 終業式の日に田中先生と約束していた弓道の総会とやらは、徳島県で行われるらしい。

 通話を終了してから弓の入った箱を探し、特注していた《矢》を取り出す。


(明日はこいつを持っていくか)


 弓道の総会なので、俺も一応弓を持っていくことにする。

 部屋に戻ってから寝る直前に、またスマホが震えるので、画面を見たら夏美ちゃんからメッセ―ジがきていた。


【明日から数日間、恋人役よろしくお願いします】


 送られてきたメッセ―ジを読んで、思わずベッドから身を起こす。

 これまでの人生で恋人がいたことなど一度もないため、何をすればいいのかわからない。

 

(明日からだから、このメッセージを無視するわけにはいかない……)


 夏美ちゃんが演技でも俺の恋人になってくれるという。

 ただ、俺は現状、恋人などの【特別な関係】を持つ人を作りたくなかった。


(いつモンスターと戦って死ぬかわからない身で恋愛なんてできない……)


 それに、そういう人ができた自分を想像したとき、意気揚々とモンスターに向かって飛び込める自信がない。

 今の自分は守らなければならないものがないため、全力で戦うことができる。


(恋人か……最初は欲しかったんだけど、今は……)


 他の事を考えていたら、再びスマホが震えた。

 画面を見ると、不安なのか夏美ちゃんから連続でメッセージがきている。


【やっぱり迷惑だったかな? 変なことを頼んでごめんね。今からでも断ってくれてもいいよ】


 俺を心配するようなスタンプも送られてきており、夏美ちゃんが不安になっていると思われる。


(知らない男と婚約させられそうなんだもんな……夏美ちゃんのために頑張ろう)


 何をするのか考えても答えがでないため、今は少しでも早く返信して安心させてあげたい。


【大丈夫。まかせて】

【ありがとう】


 夏美ちゃんからの返信を確認し、俺は自然に恋人役ができるように検索を始める。

 手始めに、恋人とはなにをするのかということから調べ始めた。


 恋人について調べていたらアラームが鳴り、夜が明けてしまったようだった。

 

「嘘だろ……もう朝なのか……」


 十分な成果を得られないまま出発時間になってしまう。

 母親へは晴美さんが徳島県へ遊びに行くと連絡してくれていたため、俺が説明する手間が省けた。


 リュックと弓の入った箱を持ってギルドの帰還場所へワープを行い、歩いて駅へ向かった。

 駅では時間前にもかかわらず、田中先生と夏美ちゃんが待っている。


「おはよう。それじゃあ、行きましょうか」

「晴美さんは行かないんですか?」

「お姉ちゃんは招待されていないからいけないんだ……」


 話を聞いたら、今回はあくまでも射撃部門で優勝した夏美ちゃんと、その指導をした田中先生が総会に招待されており、そこで夏美ちゃんの婚約を進めるつもりらしい。

 参加しなければいいと思ったが、それはそれで夏美ちゃんのお祖母さんが勝手に話を進めるようなので、2人が参加する必要があると言う。


 話を終えた田中先生が新幹線に乗ろうと駅の中に入ろうとするので、呼び止める。


「田中先生、徳島県へ行ければいいんですよね?」

「そうだけど……どうかしたの?」

「いいえ……なんでもありません」

「そう……ならいいけど……」


 鳴門海峡フィールドの敵を定期的に倒すために近くへワープポイントを持っているのだが、田中先生の前でおいそれと使うことができない。


 仕方がないので、新幹線に乗り徳島県へ向かうことにした。

 3人座席の中央に田中先生が座り、俺は廊下側で夏美ちゃんが窓側に座っていた。


「佐藤くん、どうして電話に出てくれなかったの?」

「すみません。エジプトで立て込んでいたので……あの時は救助活動をしていたので出られませんでした」

「そんなことをしていたの!?」


 新幹線の車内で、横に座る田中先生に電話に出なかった理由を聞かれている。

 驚いた田中先生の声を聞いた数人の乗客が俺を見てきていた。


 田中先生は俺がエジプトへ行っていたことを知らなかったのか、驚きながら身をよじって俺へ顔を向けてくる。

 適当なニュースサイトを検索して、俺の活動を報道しているページを表示したスマホを差し出す。


「ちょっと観光でエジプトへ行っていたんですが、目の前でこんなことが起こって……」

「見せてもらってもいい?」

「どうぞ」


 スマホを受け取った田中先生が食い入るように文字を読む中、窓側に座る夏美ちゃんがジト目で俺を見てきていた。

 エジプトで孤独な王のファラオのダンジョンに観光へ行っていたことや、表ピラミッドで魔法を強化するついでに人命救助をしたことは本当なので、そんな目を向けられる覚えがない。


 夏美ちゃんへ笑顔を向けると、なぜか窓の外を見るように顔を背けられてしまった。


(なぜだ……)


 記事を読み終わった田中先生から、ピラミッドでの出来事を聞かれながら時間が経ってしまう。

 神戸駅に着いたので、徳島への船が出る場所までのバスへ乗り換えようとしたら、田中先生がため息をつく。


「今日、徳島行きの船は渦が強いから全便欠航になったみたい。総会は明後日だけど、それまでに治まるかしら……」


 駅のターミナルに表示されているモニターに、【欠航】という文字が並んでいた。


 この世界では海峡をまたぐ橋がないため、四国へ行くためには必ず船を使う必要がある。

 その移動手段が渦巻を発生させているモンスターによって断たれてしまっていた。


 田中先生が頭を抱えて困ってしまったので、俺は徳島県へ渡る手段を提示する。


「淡路島を経由して徳島県へ入れるので、一番近い垂水たるみへ向かいましょう」

「船が出ないのよ? どうやって行くの?」

「行ってからのお楽しみです」


 田中先生は疑いながらも垂水への電車の切符を買うために窓口に向かっていく。

 無言で話を聞いていた夏美ちゃんがすすっと俺のそばに寄ってきた。


「ねえ、一也くん。水の上を歩くの?」

「田中先生がいるからそれはやらないよ」

「ならどうやって……」

「しーっ。田中先生にも言ったけど、後でわかるから」


 夏美ちゃんの口へ指をそえて言葉を止める。

 切符を買ってくれた田中先生が戻ってくるので、指を離した。


 30分後。

 電車を降りて、海岸沿いに立って淡路島を眼前にとらえた。

 海は渦でうなり、波が立っているので、誰の目から見ても荒れているのが分かる。


 足元の砂を踏みしめて砂の感触を確かめながら、荷物を持った2人へ笑顔で声をかける。


「今から淡路島に向かって跳びます。俺につかまってください」

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