夏休み編⑫~なぜかエジプトにいる佐藤一也~(谷屋花蓮視点)
朝早く、私は姉に見下ろされながら家のリビングで正座をさせられていた。
真央さんも私の横で正座をしており、怒った顔をした姉に逆らえないようだ。
「ねえ、真央。あなた、一也様に買ってもらった指輪をどの指につけようとしていたのか教えてくれる?」
「え!? 先輩、なんでそれを!?」
堂々と一也のことを様と言う姉は、真央さんの両手を手に持ちながら質問を投げかけてきている。
手を拘束された真央さんが答えられずにいると、姉が屈んで笑顔を向けた。
「真央、あなたの気持ちが知りたいの。正直に言って」
「うぅ……左手の……」
「左手のどこ?」
姉が真央さんの手を離して、左手の指を一本ずつなで始める。
その行動に恐怖以外の感情が湧いてこない。
観念した真央さんが頭を床にこすりつけるくらい下を向き、姉の顔を見ずに答えようとしていた。
「くすり……指です……」
「真央はそれがどういう意味か分かって言っているのよね?」
「はい……家の中だけでつけて楽しむつもりでした」
「あなたは、一也様とそういう仲になりたいってこと?」
真央さんは顔を上げられず、姉の目が見られないようだった。
しかし、姉は真央さんのあごを持ち、強引に目を合わせる。
「真央、それは胸を張っていいなさい。恥ずかしい気持ちなの!?」
「そんなことないです! でも……歳が……」
「あなたが心配している年齢なんて些細なことよ」
「些細って……一也は中学1年ですよ……」
「あら? 世の中にはもっと歳の差で結婚した夫婦もいるじゃない。一也様が成長するまで待てばいいだけよ」
姉は真央さんから手を離し、当然のことのように真央さんへ一也と結婚する方法を教えている。
てっきり、姉は真央さんが一也のことを好きになったことを怒るために呼び、止められなかった私も同罪だと言うのかと思っていた。
ただ、私も一也のことが好きなので、真央さんに結婚されたら困ってしまう。
それに、姉が怒っている理由もわからないままなので、様子を見守ることにした。
「花蓮、あなたも一也様へ思いを寄せているわね?」
「え!? それは……」
「ネックレスを贈ってもらうくらいだもの、他の男性よりは良いと思っているのよね?」
「えーっと……」
私が言葉につまった瞬間、頬を思いっきり叩かれ、バチンっという音が部屋に反響する。
衝撃で床に倒れてしまい、何が起こったのかわからない私は、手を振り抜いていた姉の怒っている目を見て、なにも言えなくなる。
「はっきり言いなさい!! 全力で好きなんでしょう!? ネックレスをうっとりと眺めているあなたの気持ちを私に隠せると思っているの!?」
私は姉から、一也のことをはっきり好きと言えなかったという理由で頬が切れるほど強くはたかれたらしい。
血の味を感じながら真央さんに目を向けると、口を開けて驚いている。
体を起こすと、姉がヒールをかけて傷を治してくれた。
再び座り直して正座をすると、姉が腕を組みながら私たちを見る。
「私が怒っているのは、2人が抜け駆けしてアクセサリーを買ったことについてよ!」
「先輩……ごめんなさい……私が誘ったんです……」
姉はしばらく真央さんをにらんでおり、真央さんが顔を上げると笑顔になる。
「いいのよ。私はあなたがそれくらい積極的になれて安心したわ」
「え!?」
もっと怒られるかと思っていたのに、姉はもう気持ちが収まっているようだった。
そんな時、急にテレビの電源がつき、緊急ニュースというテロップが映し出されていた。
姉がついたのを確認すると、テレビの前に座り画面から一切目をそらさない。
「お姉ちゃん、どうし……」
「花蓮、黙って!! このテレビは一也様のことが放送されると電源がつくようになっているの!! 見逃せないから話しかけないで!!」
黒騎士の時以上にテレビにかじりつく姉を見て、どうしたものかと悩んでしまった。
真央さんも同じなのか、私と目が合うと軽くうなずいて、姉の横でテレビを見るために音を立てずに移動する。
テレビにはピラミッドが映っており、大量のモンスターがその中から運び出されていた。
中継先にいる男性が、興奮した様子でその光景を説明している。
「前日のピラミッドカーニバル終了時、ダンジョン内に取り残された男性を助けるために、佐藤一也さんが単独でピラミッドへ乗り込み、大量のモンスターを討伐したようです!!」
その人の言っていることの意味が分からなかった。
なんで一也がエジプトにいるとか、ピラミッドダンジョンへ乗り込んでいるのとか、知りたいことをたくさん盛り込んだニュースが流れる。
「やっぱり世界へ飛び立ってしまったのね」
すると、同じようにテレビを見ていた姉が納得するようにうなずいていた。
男性が興奮した様子で、ピラミッドでこれまで未確認のモンスターも討伐したことと、ダンジョン内に残された人が無事に助け出されたことの報告をする。
その後、カメラがズームした先には下半身が蛇で上半身が人のような形をしたモンスターが倒れていた。
ニュースが終わるので、姉へ先ほどの言葉の意味を教えてもらいたかった。
「お姉ちゃん、さっき言っていた【やっぱり】ってどういう意味なの?」
「ああ、花蓮には話をしていなかったわね」
真央さんは知っていたのか、口を固く結び、悔しそうにうつむく。
姉から、一也が日本のダンジョンが終わったため、今度は外国のダンジョンへ行くと言っていた話を聞かされた。
真央さんが置いていかれたと言いながら、涙を浮かべて手を握りしめていた。
姉はそんな真央さんを落ち着かせるためなのか、頭をなで始める。
「真央、あなたは一也様のことをわかっていないわ」
「どういう……ことですか?」
涙声になっている真央さんが赤くなった目を姉へ向けていた。
私も日本に残されたと思っていたので、ふふっと笑っている姉の話を聞きたい。
「テレビに映っていたのは、【杖を持った】一也様よ。あそこにはスキルを覚えるために行っただけよ」
「お姉ちゃん、そこまで見ていたの!?」
「もちろん、私が一也様を見逃がすはずがないわ。あの方が本気で戦う時はいつも黒騎士の防具を装備しているでしょう?」
当たり前のように言い放つ姉は、それよりもと言いながら言葉を続ける。
「一也様の身辺調査をしていたら、1人よくわからない人がいたから相談したいの」
姉はスマホを取り出して、1枚の写真を私たちへ見せてきた。
そこには動物のお世話をしている笑顔の天音が写っている。
天音は今日も騎乗部で管理をしている動物のお世話当番になっているはずだ。
同じ部活でよく知っているので、姉に説明する。
「その子は照屋天音ちゃんで、一也の幼馴染の子だよ」
姉は私の言葉を聞いて、あきれたようにため息をつきながら首を振っていた。
「……それくらい知っているわ。ついでに言うと、両親は海外で仕事をしていて、一也様のサポートをしているんでしょう?」
「どこで調べたの?」
「聞き込みよ。近所の人へ聞きまわったわ」
姉の行動力に驚き、言葉を失ってしまった。
話の続きを聞こうとしたら、家のチャイムが鳴るので、姉が対応するために玄関へ向かう。
残された私と真央さんは顔を見合わせても、何も言葉が出てこない。
何から話せばいいのか分からず、真央さんは涙を拭ってぎこちない笑顔になった。
真央さんを元気づけようと声をかけようと思ったら、姉が戻ってきているようだ。
しかし、足音が複数あるように感じるので、誰かがきたようだった。
「さあ、どうぞこちらへ」
姉が案内してきたのは、佐々木さんと夏美ちゃんだった。
5人でテーブルを囲うように座ると、佐々木さんが持っていたバッグから複数の紙を取り出す。
「これは県で管理している住民情報を参照して、照屋天音について調べた情報だ」
佐々木さんは真剣な表情で紙をテーブルに置いて、私たちへ見せてくる。
内容に目を向ける前に、佐々木さんが腕を組み、ため息をついてから言葉を放つ。
「出身、出生日、戸籍といった、彼女に関することはすべて不明……それに、住んでいる家は書類上、土地がないことになっている」
「は?」
思わずテーブルに置いてある紙を手に取り、書いてある文字に目を通す。
佐々木さんが調べた結果、照屋天音という人物が剣士中学校在籍中ということしかわからなかったとしか書いていない。
信じられず、テーブルに紙を置こうとしたら、夏美ちゃんが震える手で紙を受け取っていた。
姉以外の4人はまだその情報が信じられないようで、眉間にしわをよせて黙っている。
そんな中、姉だけは知っていたかのように表情を変えず、テーブルに肘をついて身を乗り出していた。
「照屋天音は数か月前に一也様に関わっているすべての人の認識を変えて、隣の家に住み始めたと思うわ」
「そんなこと……ありえるのか……」
調査をした佐々木さんが一番信じられていないのか、つぶやきながら口を手で覆い顔が青ざめる。
私は姉の推測を聞き、笑顔で動物の世話をする天音の顔がちらつく。
(あの子……何者なの……)
全員が黙り、誰も口を開こうとしない。
私たちが黙るのを待っていたかのように、姉の背後から青い光が放たれ始める。
その異様な光景に、一瞬で全員が青い光から離れていた。
光の中から現れたのは、和服姿の明と、白い翼をはためかせる天音だった。
明は光の中から私たちへ近づき、頭を下げる。
「佐藤一也様によって導かれた皆様。驚かせて申し訳ありません」
「明ちゃん、どういうことなの?」
「清水夏美様、申し訳ありません。それはこの方からご説明させていただきます」
明は友達である夏美に対して敬意を持って対応をしており、数歩下がる。
それと同時に、金色に光り輝きながら翼を動かしている天音が私たちへ語りかけてきた。
「私は佐藤一也様の守護者で、この地球を守ろうとしている存在です。隠していて申し訳ありません」
金色の髪を揺らして頭を下げる天音へ私たちは何も言えず、その様子を注視していた。
そして、顔をこちらへ向けた天音は、はっきりとした口調で話を始める。
「人類は滅亡の危機に瀕しております」
その言葉から始まった説明を最後まで聞き、一也が【世界最強になる】と言っていた意味がようやくわかってしまった。
私は胸元のネックレスをつかみ、エジプトで強くなるために進み続ける一也へ追い付くことを改めて決心した。
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