夏休み編⑨~謎の金属~

 杉山さんへメタルゴーレムの金属を渡してから数時間ほど経つが、一向に作業スペースから出てこない。

 今は杉山さんの代わりに店番をしているものの、夏休み需要なんてものはなく、お客さんはきていなかった。


 カウンターに座りながらでぼーっと待っていたら、首をかしげながら杉山さんが戻ってくる。


「一也、あれは加工ができない」

「できないんですか?」

「ああ、熱したり、冷やしたりしてもなんの変化もしない」


 ドカッと深く椅子に座る杉山さんの表情を見て、疲労しているのが分かった。

 おそらく、メタルゴーレムの破片を加工するためにあらゆることを試してくれたのだろう。


 待っている間に、杉山さんでも加工ができないのなら諦めようと思っていた。


「そうですか……それならもうだめですね……」


 軽くて丈夫な金属なので、装備に使えれば良い物ができると思っていたため残念だ。

 リュックの中に入っている金属を手に取ると、杉山さんがふーっと息をはきながら肘を膝につき、前のめりになって椅子へ座っていた。


「少し時間をくれ……俺の師匠に意見を聞いて、必ずなんとかしてやる」

「いいんですか?」

「鍛冶屋が金属を扱えませんじゃ話にならないだろう。それにお前の装備は全部俺が作りたいからな……」


 杉山さんが眉にしわをよせて、両手を握りしめながら俺を見ている。

 今までの装備は全部杉山さんが作ってくれていたので、頼めるならお願いしたい。


「もちろんです。よろしくお願いします」

「任せろ。それと、しばらく店を閉めるから、装備の手入れをしておいてやる」


 レべ天から一通り武器や防具を送ってもらい、杉山さんへ託す。

 その量を見た杉山さんから、明日取りにこいと言われて店を出る。


 行くあてもなく歩いているとアスファルトからの熱気を感じ、日本でも照りつける太陽にうんざりする。

 エジプトよりも不快に感じるため、憂さ晴らしをしたくなってきた。


「暑いな……これから腕試しにでもいこうかな……」


 装備をすべて預けてしまったため、丸腰でどこまで戦えるのか試してみたくなる。

 どこのダンジョンへ向かうか悩んでいると、歩いている人と肩が当たってしまった。


 夏休みで人の往来が多いため、特に気にせず歩き続けようとしたら、肩を軽くたたかれる。


「ねえ、もしかして一也くん?」

「ん?」


 名前を呼ばれたので振り向くと、ワンピース姿の絵蓮さんがビジネスバッグのようなものを持っていた。

 見たことがない恰好のため、どこへ行っていたのか聞こうとしたら、俺に絵蓮さんが話しかけてくる。


「今日はどうしたの?」

「装備を全部メンテナンスに出してきたところです。絵蓮さんは?」

「大学の帰りよ。今日が試験の最終日だったの」

「そういえば、絵蓮さんって大学生でしたね」

「そのせいで北海道へ行けなかったわ……」


 絵蓮さんは悔しそうにバッグを握りしめていた。

 何も食べていないことを俺のお腹が主張すると、絵蓮さんが笑顔に変わる。


「ねえ! 一緒にお昼を食べない? 近くにある良いお店を知っているの」

「いいですね。行きましょうか」


 絵蓮さんに連れてこられたお店は、おしゃれなカフェだった。

 平日にもかかわらず人が沢山いたため、予約表に名前を書いて店内で待っている。


 待っている間、横に座る絵蓮さんがタブレットを見せてきた。

 画面にはなぜか黒騎士の背景が設定してあり、絵蓮さんが気にせずに指を動かす。


「このページ見てくれる?」

「いいですよ」


 絵蓮さんが俺の前にタブレットを出してくると、ほのかに良い香りがただよってくる。

 気にしないように意識をしながら画面を見たら、【研究員のその後】と書かれていた。


 ページの内容は、閉鎖されたモンスター研究所の研究員のために、国が就職や生活の支援を行なっているということが書かれており、それに使われる予算は冒険者ギルドも援助するということだった。


(まあ、そもそもの原因があの会長だからな……国は尻拭いをさせられているだけだ)


 ただ、なぜ絵蓮さんが俺へこれを見せたのかわからない。

 読み終わってから顔を上げると、絵蓮さんは別のページを表示させようとしていた。


「日本ではこんな風に支援を行なってくれているけど、他の国はそうでもないみたいよ」

「そうなんですか。それがなにか?」


 そう言い切ると、絵蓮さんは慌てたようにタブレットの操作を止めて、俺へ顔を向ける。


「ごめんなさい。気にしていると思ったから……」

「気になっているといえばなっていますけど、絵蓮さんって優しいんですね」

「そ、そんなことないわ」


 絵蓮さんが恥ずかしそうに頬を赤らめながらタブレットをバッグに入れている。

 自分に関係のない人の心配までできるような人が優しくないはずがないので、メニューをテーブルの上で広げながら褒めた。


 ふと、店内にあるテレビに目を向けるとピラミッドが映っていた。

 絵蓮さんは俺の視線が気になったのか、テレビを一目見てからメニューを選び始める。


「ピラミッドカーニバルの日本人参加者みたいよ」

「会ってきたから知っています」

「え?」


 絵蓮さんがメニューから顔を上げて、俺を見ているのが分かる。

 テレビでは、エジプトで俺と話をした女性がインタビューを受けていた。


「日本人で唯一の参加するPTのようですが、意気込みを教えてください」

「精一杯頑張りたいと思います」


 当たり障りのない受け答えをしており、なんだかつまらない。

 テレビから視線を外したら、絵蓮さんが怒ったように俺へ顔を向けていた。


「一也くん、私のこと無視してる?」

「テレビに夢中になっていました。すみません」


 絵蓮さんの存在を一瞬忘れていたので、素直に謝る。

 軽く頭を下げていたら、衝撃の言葉がテレビから俺の耳へ届いてきた。


「佐藤一也選手もこのピラミッドチャレンジに参加していると思うので、負けないように頑張ります」

「え!? それはどういうことですか?」

「昨日の夜に会ったんです。どこかのPTに紛れていると思うんですが……わかりますか?」


 頭を下げたまま顔をテレビに向けると、女性がインタビュアーへ俺について話を始めていた。

 このカフェにいるお客さんもテレビを見ていたのか、俺を盗み見するようになる。


 頭を上げたら、絵蓮さんがテーブルに肘をついて、俺に笑顔を向けていた。


「一也くん、後で説明してくれるよね?」

「はい……」


 このテーブルへお冷を置きにきてくれた店員さんもまじまじと俺の顔を眺めていた。

 その視線を気にすることなく、ランチメニューを注文する。


 注文を終えたら、絵蓮さんがそういえばと言いながら話を続けた。


「ねえ、一也くん」

「なんですか?」

「最近、花蓮になにかした?」

「特に……あ、アクセサリーを選んであげましたよ」

「ア、アクセサリー!?」


 花蓮さんにプレゼントをしたネックレスのことを思い出すと、なぜか絵蓮さんが眉間にしわをよせていた。

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