夏休み編⑤~真央さんの指輪~
「真ん中にある指輪をください」
「これにするの!?」
思わず花蓮さんが横から顔をのぞかせて指輪を凝視していた。
俺が選んだ指輪は、1つのダイヤがプラチナのような金属に埋め込まれているものだった。
(シンプルだから、真央さんが付けても違和感が無いだろう)
ただ、値段を見たら8桁だったため、思わず鑑定をしてしまった。
《0.1カラットダイヤモンド プラチナ ヒヒイロカネ》
(指輪にヒヒイロカネを使ったの!? 量が分からないけど、値段的に数%のはずだ……)
どれだけ指輪に使うんだろうと思っていたら、真央さんが支払う準備をしている。
日頃の感謝を込めてこれくらいならプレゼントしてもいいため、真央さんが差し出そうとしているカードを奪った。
「真央さん、俺が払います」
「え……いいのか!?」
「これくらいならいいですよ」
俺は真央さんの腕から手を離すと、冒険者証を店員さんへ渡した。
口座登録が完了している冒険者証は、デビッドカードと同様に残高から引き落とされるので、最近使用することが多い。
支払いを待っていたら、俺の袖を軽く引っ張られる。
誰かと思ったら、花蓮さんがうつむきながら俺の服をつかんでいた。
「ねえ……私もなにか一也からプレゼントをしてほしいんだけど……」
「いいですよ。何が欲しいんですか?」
花蓮さんも辛い訓練を乗り越えてくれたので、買ってあげるのに抵抗はない。
俺が了承したら、花蓮さんが手を胸の前でもじもじしながら、顔を赤くしていた。
「指輪は目立つから、服で隠れるネックレスがいいな」
「いいですよ。真央さん、選んできてもいいですか?」
「ああ、時間をかけてゆっくり選んであげな」
真央さんは上機嫌で俺たちへ手を振りながら、見送ってくれている。
俺がネックレスのコーナーへ向かおうとすると、真央さんが花蓮さんに何かを言っていた。
すると、花蓮さんの顔が爆発したように赤くなり、俺と目が合うと一瞬でそらされる。
(適当に選んでおこうかな)
花蓮さんがこちらへくる気配がないため、似合いそうなネックレスの選考を始めた。
目立たないようにと言っていたため、鎖の部分が太い物は選べない。
付いている飾りも小さい方がいいと思い、条件に合う商品を探す。
(んー……あ! 良いのがあった!)
プラチナでできた細い鎖と、金でできた剣の中心にダイヤが付いている飾りのネックレスがある。
値段も7ケタにぎりぎり届くくらいで、真央さんの物に比べたらお手頃なため、店員さんへ頼んで出してもらった。
選び終わってから花蓮さんがようやくこちらへくるので、選んだネックレスを見てもらう。
「花蓮さん、これはどうですか?」
花蓮さんが店員さんからネックレスを受け取ると、目を赤くしながら見入っている。
そんな花蓮さんへ店員さんが笑顔で声をかけた。
「付けてみますか?」
「いいんですか!?」
「もちろんです」
店員さんにネックレスを付けてもらった花蓮さんは、丸い鏡の前に立って自分の胸元を見ている。
花蓮さんの表情を見ると、嬉しそうに何度も角度を変えながら鏡を見てくれているので、別の店員さんを呼んで購入させてもらった。
「す、すみません!」
しばらく鏡の前を独占していた花蓮さんが我に返り、近くの店員さんを見てから慌ててネックレスを外そうとしている。
花蓮さんの近くにいた店員さんがにこやかに声をかけていた。
「お客さま、外さなくて大丈夫ですよ」
「え!? どういう……」
店員さんが慣れた手つきで値札を外し、花蓮さんへ小袋を渡そうとしている。
「あちらのお客さまに購入していただいたので、気に入ったのならそのまま付けていらっしゃいますか?」
「うそ……」
花蓮さんが小袋を受け取り、俺の近くへくると下を向いてしまった。
そして、数秒してから、照れながらほおを緩ませて俺を見る。
「あ、ありがとう……大切にするわ……」
「気に入ってくれてよかったです」
真央さんがお店の外で待っていたので、花蓮さんと一緒に出る。
どんな意味で指輪を買ったのかわからなかったので、付けている指を見ようとしたら、どこにも付けておらず、何も持っていなかった。
「真央さん、指輪はどうしたんですか?」
「サイズの調整をするから、1週間後くらいに取りにくるよ」
「なるほど」
指輪を買ったことがなかったため、そういう作業が入ることを知らなかった。
真央さんが花蓮さんの付けているネックレスを見て、頭をなでている。
「よかったね花蓮ちゃん」
「はい……真央さん、連れてきてくれてありがとうございます」
ちょっとした買い物でふたりの笑顔を見ることができてよかった。
そろそろ日が暮れてきたので、帰ろうと声をかけると、真央さんが晩御飯の予約をしてあると言う。
移動しながら、母親へご飯を外で食べてくるという連絡をする。
「ここだ。はるちゃんから教えてもらったお店で、特にお肉が美味しいからふたりを連れてきたかったんだ!」
真央さんが自信満々に紹介している場所は、高級そうな焼き肉屋さんだった。
外見とは違って値段は良心的だったので、気兼ねなく食べていたら、真央さんが箸を置く。
「一也、海外にはいつ行くんだ?」
「なんのことですか?」
真央さんが唐突に真剣な表情で俺へ聞いてきており、隠しているわけでもないので、お肉を食べる箸を止めずに話をする。
「パスポートが必要ないことがわかったので、明日には行こうと思っています」
「あ、明日!? いくらなんでもはやすぎないか!?」
「まあ……今日決めたんで」
花蓮さんが手を止めて、胸のネックレスを触りながら俺へ顔を向ける。
「なら、これはお別れのプレゼントってこと?」
なぜか花蓮さんが悲しそうな顔をしながら言っていた。
首をかしげながら、花蓮さんの気持ちを聞いてみる。
「別れ……ですか? 明日は様子見ですけど、ふたりもRank4なので、本格的に攻略することになったら一緒に行ってくれませんか?」
なにかおかしいことを言ってしまったのか、ふたりとも言葉を失って俺の顔を見つめてきている。
突然、花蓮さんが泣きはじめ、真央さんも釣られるように涙を出していた。
戸惑ってしまい、急いで箸を置いて持っていたハンカチでふたりの涙をふきはじめる。
「どうしたんですか!?」
うろたえる俺に、真央さんが腕で涙を拭って、白い歯を見せた。
「なんでもない。気にするな」
「なんでもないのに泣くのはおかしくないですか。花蓮さん!?」
泣いていた花蓮さんにハンカチを奪い取られてしまい、ごしごしと目元を拭いていた。
「ありがとう、返すわ。それと、泣いた理由は特にないから気にしないで」
「うそでしょ……」
女性ふたりに気にするなと言われたので、泣かれたことを忘れて食事を再開した。
食事が終わると、真央さんが家まで送り届けてくれたので、お礼を言ってから車を出る。
「今日はありがとうございました。服を選んでもらえて嬉しかったです」
「いいよ。私もゆ……指輪を選んでもらったし……」
真央さんが思い出して恥ずかしそうにしていた。
花蓮さんにもお礼を伝えてから、車のドアを開ける。
「じゃあ、また」
降りてから、車が見えなくなるまで手を振って見送った。
家へ入る前に、佐々木さんへ電話をかけて、明日から数日間遠征へ行くという連絡を母親へしてもらうように頼む。
佐々木さんとの電話が終わったので、俺は部屋へ戻ってエジプトへ向かう準備を始めた。
(明日はピラミッドダンジョンへ突入だ)
余裕があればファラオへ挑戦してみようと思いながら、リュックに入っている荷物を整理する。
飛行機で行こうと考え、移動時間を見たら乗りたくなくなってしまった。
もっと早く着く方法がないかと考えていたら、黒騎士の冒険者証が目に入る。
(そうか、別に正式な手続きをして入国しなくてもいいのか……)
少し調べたら、Rank8の冒険者証は世界冒険者組合が身分を保証してくれているため、どこの国にいても問題はない。
翌日、俺はエジプトに最速で着く方法を思いついて、海辺に立っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます