夏休み編②~明の体調~
インターホンから守さんの声が聞こえてきた。
「こんばんは一也くん? どうしたの?」
「明の体調が悪いみたいなので、様子を見にきたんですけど……」
「明さまの? ちょっと待っていてくれる?」
なぜか守さんは困ったような声を出しており、インターホンが切られる。
玄関に誰かが近づいてくる気配がするので、数歩下がって開けられるのを待つ。
「一也さま、お待たせしてもうしわけありません」
そして、体調の悪いはずの明が玄関にきており、すごく健康そうに見える。
明が理由なく部活を休むことはないと知っているので、無事でよかったと言ってから質問した。
「今日はどうしたの?」
「夏美ちゃんとの会話を邪魔したくなかったので……私がいたら話せない内容ですよね……」
「なるほど」
俺は聞いた瞬間に納得して、帰ろうとした。
しかし、明は俺の肩に手を乗せて、引きとめてきていた。
「私もなっちゃんみたいに恋人ごっこしたいんですけど、いつ空いていますか?」
「……いつでもいいよ。都合の良い時に連絡して」
「はい!」
俺から手を離さずに笑顔を向け続ける明に降参してしまった。
ご機嫌になった明に見送られながら家へ帰る。
家のリビングでは、母親とレべ天が料理の準備をしており、仕事から帰った父親はゲームをしていた。
荷物を部屋へ置いて、着替えてからリビングに戻ると、母親がキッチンから顔を出す。
「明ちゃんどうだった?」
「もう平気だって、顔を見たけど元気そうだったよ」
「そう。ならよかった」
母親も明を心配していたようで、元気と聞いたとたん笑顔になっていた。
テレビを見るためにソファへ座っていたら、今までまったく興味がなかった父親の遊んでいるゲームが気になってしまう。
(夏休みで時間があるから、ゲームでもしてみようかな……)
普段できなかったことをするチャンスなので、父親へ相談してみることにした。
料理を待っている間、なるべく部屋の壁を見ないようにしているものの、どうしても掲示されている新聞の切り抜きが目に入ってくる。
俺が鞭を振っている姿や、競技場で怒っている姿など、余すことなく収集していた。
文句を言うと食事のランクを落とされるので、もう何も言わずにいる。
夕食が終わり、くつろいでいる父親へゲームの相談をしてみた。
「お父さん、ちょっといいかな?」
「どうした?」
「俺もゲームやってみたいんだけど、教えてくれる?」
父親が勢いよく立ち上がり、笑顔で俺の両肩をつかんできた。
「本当か!?」
「う、うん」
「ようやくやってくれる日がきたか! お前のために色々解放しておいたからな!」
「ありがとう……」
なにを解放したのかわからないけれど、父親が誇らしげにしていたので、とりあえずお礼を言っておいた。
母親も軽く笑顔になっており、父親がVR機器を用意してくれている。
「早くこい! 遊んでくれ!」
「わ、わかったよ……」
父親にされるがままVR機器を装着させられて、椅子に座らされた。
電源を入れようとしたら、背中を軽く叩かれる。
「楽しんでくれよ」
「ありがとう」
お礼を言ってからVRの電源を入れて、起動するのを待った。
しばらくすると、いきなり仮想空間へ放りこまれて、草原の背景に【ダンジョンワールドコレクション】と表示される。
シングルプレイやマルチプレイを選択できるようなので、手元のコントローラーで選ぶことにした。
最初はひとりで遊んでどんなものか確かめたいため、シングルプレイにカーソルを合わせる。
すると、いくつかのダンジョンが選択できるようになっており、名前を読んでいたら操作するのを忘れてしまった。
(そうか……あいつらに会えるんだよな……)
俺の前に現れた文字は、この世界に存在するダンジョンが選べるように浮かび上がってきていた。
それを目にしたら、持っているコントローラーを握る手に力が入ってしまう。
【時計台】
【ハワイ火山】
【富士への樹海(BOSSバフォメットver)】
【ピラミッド地帯】
【ヒマラヤ山脈】
【ジブラルタル海峡】
【=====】
父親はゲームをやりこんでいるようで、一部選択できないものがあるものの、様々なダンジョンが選べるようになっていた。
(ピラミッド地帯はおそらく
俺にゲームをするような自由時間はないらしい。
適当に遊んだふりをしてから、VR装置を外した。
「ありがとうお父さん、楽しかったよ」
「よかった! またいつでも遊びなさい」
「うん……天音、家まで送るよ」
レべ天を連れて家を出たら、周りに人がいないことを確認してから話をする。
「この世界でもピラミッドには
「はい。世界で一番攻略が進んでいるのに、今のままでは発見さえされないダンジョンです」
ピラミッド地帯は、ピラミッドがある一帯がダンジョンになっている。
PTで行けばそれほど強いモンスターも出現しないため、表側の攻略が進んでいるのだろう。
レべ天が攻略されないと断言しているのは、ピラミッドの表側には明確な主がいないため、最深部に到達しても意味がないからだ。
俺の戦いたいファラオのいる裏側、本当のダンジョンへ行くにはある条件がある。
「理由は……人数か?」
「そうです。あなたの知っている通りのダンジョンだからです」
「ありがとう、それが分かれば十分だ」
「……行くんですか?」
「俺の考えている通りなら、秘宝も持ち出されていないと思うから早めに行っておくよ」
レべ天が自分の家に帰るので、俺も部屋に戻って、ファラオへの思いを募らせる。
目を閉じると、脳裏に焼き付いているあいつの姿を思い出してしまう。
【孤独の王、ファラオ】
幾多のプレイヤーが心を折られたダンジョンの主。
戦うための決闘場に着くには、ダンジョンへ
この世界にひとりでダンジョンにはいるような人はいない。
スマホでピラミッドに関する情報を集めていると、花蓮さんから電話がかかってくる。
「わっ!? 出たの!?」
「どういうことですか?」
出るとなぜか驚くような声を出されたため、切ろうかと思ってしまった。
花蓮さんは謝りながら、理由を説明する。
「ごめんね。いつも私の電話に出てくれないから、今日もかなって思っていたから」
「えっと……それは俺の方こそすみません。夜は何かをやっていることが多いので、出られないんですよね」
「そうなんだ……今は大丈夫なの?」
「ええ、調べ物をしていただけなので、花蓮さんはなにかあったんですか?」
ピラミッドへの問題はパスポートだけなので、もう調べることはない。
花蓮さんが電話をかけてきた理由が気になるので、言葉を待っている。
しばらくすると、花蓮さんが小さくヨシと言ってから話を始めた。
「明日なんだけど、リヤカーを買うためにデー……じゃない、出かけない?」
「いいですよ。何時にどこへ行けばいいですか?」
「これから真央さんに連絡をするんだけど、朝9時とかに迎えに行くわ」
「わかりました。それでお願いします」
「よろしくね。おやすみ」
電話を切ると、花蓮さんが言いかけていたことが頭をよぎる。
(花蓮さんはリヤカーの買い物を【デート】だと思っているのか!?)
そう考えたら、明日の服装をどうするのか考えなくてはならない。
俺の洋服入れには、なんの変哲もないTシャツとジーパンしか入っていないので、頭を抱えてしまった。
時計を見たら、21時を過ぎていたので、今から服屋さんへ行っても閉じている。
翌朝、悩んだ挙句、俺はいつも通りの服装で家の前に立って花蓮さんたちを待っていた。
すぐに真央さんの車が見えてきたので、中に目を向けると、乗ってているふたりがいつもより美人に見える。
(やばいぞ……意識したらふたりともきれいだ……)
心の中で悲鳴を上げつつも、俺は平常心でふたりとの買い物が行えるように気合を入れた。
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