第6章 ~世界進出編~
夏休み編①~夏の予定~
帰宅する前に部活の夏の予定を聞き忘れていたので、弓道場へ向かうことにした。
(あれ? おかしいな)
いつも俺より早くいる夏美ちゃんの気配を弓道場の中に感じない。
癖のある扉を開けて様子をうかがうものの、やはり誰もいなかった。
「今日は俺が一番か……」
夏美ちゃんと明は毎日活動しているので、休みの場合はだいたい早朝に連絡が入る。
スマホを見ても部活について連絡がないので、俺は着替えをするために部室へ向かった。
着替えが終わって弓の準備をしていたら、表情を曇らせた夏美ちゃんと田中先生が弓道場に入ってくる。
俺の姿を見ると2人は顔を見合わせて、夏美ちゃんが俺に走って近づいてきた。
「一也くん、夏休みの予定ってなにか決まっているかな!?」
「まったく決まってないけど……どうかしたの?」
「ううん。よかったって思って」
夏美ちゃんは笑顔になり、これで大丈夫と言いながら安心しているようだった。
俺の予定を聞いた夏美ちゃんが部室へ行ってしまうので、後から入ってきた田中先生に詳しく聞くことにする。
「田中先生、なにがあったんですか?」
「話すと長いんだけど、一昨日、静岡の弓道協会の総会があって……夏美ちゃんが射撃部門で優勝したでしょ? それで、夏に行われる全国弓道協会の総会へ行くことになってね」
「へー。話題になるんですね」
弓道をしている人は射撃大会を見ないものだと思っていた。
(逆か? 弓で勝ったから見たのか?)
弓を準備する手が止まり、どっちだろうと考えていたら、田中先生が苦笑いをする。
「初の弓での日本一だからね……そこで、【お見合い】をすることになりそうなの」
「どういうことですか?」
全国総会に出席するのはわかるが、いきなり話題がお見合いに飛んで意味がわからなかった。
田中先生もそうよねと言いながら、頭を抱えている。
「弓道協会の会長のお孫さんが夏美ちゃんと歳が近いって理由で、私の師匠である夏美ちゃんのおばあさんが乗り気になっちゃって……」
「そんな話になったんですか……」
「そうなの。どう断ろうかって相談していたんだけど……一也くん、数日だけでいいから夏美ちゃんの恋人になってくれない?」
田中先生は両手を合わせてお願いと言いながら頼んできていた。
夏美ちゃんの反応を見てもお見合いを断りたいようなので、協力できるようならしたい。
「俺は大丈夫ですけど、夏美ちゃんはいいんですか?」
訓練に連れていくようになり、優しさよりも殺意を向けられることが多くなったので、不安になってしまった。
俺の言葉を聞いて、田中先生は笑いながら俺の背中を叩く。
「部活のためにだけ学校にきてくれるあなたのことを嫌うわけないでしょう? それに、さっき自分で【よかった】って夏美が言っていたの聞いてなかった?」
「……確かにそう言っていましたね」
夏美ちゃんが嘘でも俺と恋人になってもと言ってくれて、恥ずかしくなってきた。
邪念を振り払うように弓を引くと、夏美ちゃんが射場へ戻ってくる。
「あっ……」
夏美ちゃんを意識したら、矢が的を外してしまった。
その瞬間、目の色を変えた夏美ちゃんと田中先生による指摘の嵐が俺を襲い始める。
(弓を持っているときに雑念を抱いてはいけない……)
途中から楽しそうに俺へ指導するふたりを見て、恥ずかしい恋人役を引き受けてよかったと思ってしまった。
部活が終わってから、夏美ちゃんへ夏休みの予定を確認すると、横で話を聞いていた田中先生から1枚の紙を渡される。
「これが部活の予定よ。土日以外は私はいるから、ここへくる前に一声かけてくれればいいわ」
「ありがとうございます。明はこれを知っているんですか?」
今日きていない明が予定を知っているか不安になったものの、家が横なので後で連絡すればいいかと思ってしまった。
しかし、田中先生はもちろんと言いながら、弓道場の鍵を閉める。
「安倍さんは部活の前に病院へ行くって連絡を言いにきてくれたから、渡してあるわ」
「そうなんですね」
明の体調を気にかけていたら、田中先生が職員室へ向かうようだった。
「それじゃあ、ふたりともさようなら」
俺は頭を軽く下げてからその場を後にする。
まだ騎乗部は活動しているのか、いつもの集合時間になってもレべ天や花蓮さんが校門にきていない。
校門でふたりを待っている時に、夏美ちゃんへ声をかける。
「夏美ちゃん、本当に俺が恋人役でもいいの?」
先生の前では聞きにくかったため、ようやく本人に確認することができた。
夏美ちゃんも恥ずかしいのか、夕日で赤く染まった顔がさらに赤くなる。
「う、うん……ごめんね。急に変なことを頼んじゃって」
「いいよ。何も予定なかったから、いつ頃になりそうなの?」
「8月の最初くらいだよ。場所とか、詳しく分かったら連絡するね」
「ありがとう」
どんな設定で恋人になるのか話をしていたら、疲れた顔をした花蓮さんと、嬉しそうなレべ天が校門に向かって歩いてきていた。
夏美ちゃんが花蓮さんへ手を振ると、力なくゆらゆらと手を振り返してくる。
モンスターと戦ったわけでもないのに、花蓮さんがなんでそんなに疲労しているのか気になった。
ふたりが同じような紙を1枚持っているので、鷹の目を使用する。
【夏季休暇飼育当番表】
名前が書き殴ったような字で書かれていたため、なんとか完成させたものなのだろう。
校門に近づくふたりへ何も聞かずに、お疲れさまとだけ言って、ゆっくりと歩き始めた。
歩いていると、夏美ちゃんと花蓮さんの会話が聞こえてくる。
「花蓮さん、部活で何かあったんですか?」
「夏美ちゃんたちは3人しか部員がいないから、大会のことを聞かれることないんだよね」
「教室ではよく聞かれるようになりましたよ……」
「あいつら、今日は飼育当番を決めるって言っているのに、まったく決めようとしないで、大会のことばかり聞いてきてね!」
花蓮さんは思い出したくないのか、持っていた紙を握りしめていた。
ふたりが教室で話をしている内容などの雑談を始めたため、なぜか黙っているレべ天に紙を見せてもらう。
「それ見せて」
「えっと……どうぞ……」
レべ天が俺から目をそらしながら紙を渡してきていた。
首をかしげながら受け取ると、苦笑いになるほど理由がよくわかる。
1日3人の枠があり、他の人は当番の欄に2回か3回しか書かれていないのに、ほぼ毎日【照屋天音】という名前が並んでいた。
名前が書いていないのは、父親がレべ天と一緒にキャンプへ行こうと言っていた日だけだった。
(前から動物の飼育が楽しいって言っていたけど、これは……)
紙を見ている俺を、ちらちらと気にするようにレべ天が歩いている。
本人が希望しているのなら止める気はないので、一応花蓮さんへ質問をしてみた。
「花蓮さん、天音のこれって……」
「その子が自分で書いたのよ」
「なら、いいか」
レべ天は俺から何かを言われると思っていたのか、意外そうな顔をして紙を受け取った。
本人のやる気を否定するつもりはないため、一言だけ伝える。
「頑張れよ」
「はい!」
嬉しそうに返事をするレべ天が楽しそうに道を歩いていた。
ふたりと別れて、家に着く直前にあることを思い出す。
「天音、お母さんへ明が体調悪いみたいだから、お見舞いしてくるって言っておいて」
「わかりました。伝えておきますね」
レべ天が家に入っていくのを見送り、明の家の玄関にあるインターホンのカメラを見ながらボタンを押した。
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