北海道解放編⑩~研究所破棄~

 壁に設置された画面を見ると、熊たちが怒涛の勢いで研究所へ入って、むさぼるように大きく実った作物を食べていた。

 真央さんが画面を引き気味に見て、苦笑いをする。


「うわぁ……凄い食欲だな……」


 外の畑だけではおさまりきれず、モンスターが建物内に侵入してきていた。

 建物内に入ったモンスターは目を血走らせながら突き進んでいる。

 俺はある画面を見つめて、カバーを開けてスイッチを押すタイミングを計っている。


「ちょっと一也! 逃げないの!?」

「まだですよ。待っていてください」

「その資料を見つめているけど、それ誰が作ったのかわかんないのよ!?」

「確かに」


 花蓮さんが廊下を走るモンスターを映した画面を指で示し、俺へ訴えてきた。

 言っていることもまともなので、俺は資料を引き出しに戻して、椅子へ座る。


 真央さんが出口を見ながら、慌てるように俺の手をつかむ。


「それを押したら出るんだよな? なんで座っているんだ?」

「……ふたりは先に帰りますか?」

「まだここでやることが残っているのか?」

「ひとつだけ残っていますが……帰れなくなるかもしれません」


 皇帝グリズリーを倒さなかった原因を排除するために、俺はここへ残らなければならない。

 よく考えれば、真央さんたちに同意を得るのを忘れていたので、相談をする。


「このまま研究所を爆発させると、おそらく強力なモンスターが現れます」


 俺の言葉を聞いて、真央さんの後ろにいた花蓮さんが俺へ近づいてきた。

 真央さんと同じように俺の腕をつかんで、焦るように額に汗を浮かべている。


「ならなおさら逃げないといけないんじゃないの? はやく逃げましょう!」

「俺の予想ですが、このまま放っておいても、いつか北海道からモンスターが海を越えてきますよ」

「嘘……これが本州に……くるの?」

「今以上に強くなったモンスターが本州へなだれこんでくるでしょうね」


 花蓮さんが俺から画面に目を移して、信じられないという表情になる。

 真央さんも動揺しており、息を飲んでから俺を見た。


「なら、お前はどうするんだ?」

「資料にボタンを押した5分後に爆発すると書いてあったので、押してから2分後に研究所の入り口へワープをして、3分間全力で空へ上昇します」


 画面を見ていたら、そばまでモンスターがきそうになっていた。

 ふたりの手を振り払ってから立ち上がり、自爆スイッチを押す準備をする。

 

「そして、自爆したあとに現れるモンスターを倒します……ふたりはどうしますか?」

「「えっ?」」


 俺の質問を聞いたふたりの声が重なり、意見を聞かれたことに驚いたようだった。

 モンスターを倒して人類を救うこと、ふたりには関係のないことなので、帰りたいと言われてもしかたがない。


 ボタンに手をそえて回答を待っていたら、花蓮さんが鞘に入っている剣を握りながら俺を見る。


「私も戦うわ。一也の横で戦わせてほしい」

「いいんですか? どれだけ戦うかわかりませんよ?」


 花蓮さんの意志は固いようで、大きくうなずいてくれていた。


「それなら、ひとりでも多い方がいいだろう? 私も残る」

「ありがとうございます」


 真央さんも軽くうなずきながら、ここに残ると言ってくれている。

 ふたりが残ってくれるので、孤独な戦いになるのは避けられそうだった。


 モンスターがこの部屋の入り口まできたため、スイッチを殴るよう押す。

 自爆スイッチを押した瞬間、赤いランプが点滅して、警告音が鳴り響く。


「2分間ここに留まります。外が少し騒がしいですけど、気にしないでください」


 扉からガンガンとモンスターによって殴られるような音が聞こえる。

 小窓からは牙を剥き出しにするクマが見えている。

 俺は音や周りの状況を気にすることなく、スマホで時間をセットした。

 けたたましい警告音と扉を叩かれる音で、不安そうな顔をふたりから向けられる。


 中にモンスターが入ってこないように、扉を両手で押さえた。


「破られたら俺が戦うので、ふたりは体力を温存していてください」


 扉から伝わってくる振動で、大量のモンスターがここへ押し寄せようとしていることがわかる。

 手で押さえている扉を盾だと思い、魔力を注ぎ込む。



(すべての部屋がこのように開けられているかと思うと、扉を壊さなくてよかった)


 俺の横に真央さんが立って、一緒に扉を支えてくれた。


「一也、大丈夫か?」

「平気ですよ。花蓮さんのおかげで扉が残ったので、留まるのが楽になってよかったです」

「でしょ? 私も押さえるけど……すごい振動ね……」


 扉以外からも、床からモンスターが移動している振動を感じていた。

 ふたりが扉を押さえながら俺に密着してくるので、ついでにこれからのことを連絡する。


「スマホのアラームが鳴ったら、申し訳ありませんがふたりを抱えさせてもらいます」

「どういうこと?」


 扉から伝わる圧力が強くなってきており、必死に扉を押さえる花蓮さんが苦しそうに声を出していた。

 ふたりを楽にさせるために、魔力を体にまとわせる。


「ワープをしたあとに、爆発から逃れるために俺がふたりを抱えて飛びます」

「……わかったわ。任せる」


 その会話をしてからしばらくして、スマホのアラームが鳴った。

 ふたりを両脇に抱えてから扉から離れ、ワープの準備をする。


 すぐに扉がモンスターによって破壊され、大量の熊が廊下に敷き詰められているのが見えた。


 部屋へ最初に入ってきた茶色の上級グリズリーが俺に向かって爪を振り上げている。

 手のひらが俺の頭上にきたとき、ワープが発動した。


 ワープをした先にも、様々なグリズリーがひしめき合っていたため、旋風脚で周りの熊を振り払ってから飛行する。

 体が浮くと、皇帝グリズリーが俺に向かって跳んでくるので、避けながらふたりに注意をする。


「しっかりつかまっていてください! 急上昇するので、振り落とされないように!!」


 ふたりは返事をすることなく、俺の体にしがみつく力を強くした。

 俺もふたりを落とさないように、抱えている腕をしっかりと力を込める。


 皇帝グリズリーの攻撃を避けながら研究所への扉から出て、青い空に向かって昇り始めた。

 外にも大量のグリズリーが集まってきており、北海道中のグリズリーがきているのではないかと思える。


(これだけの量を巻き込んだら、必ずあいつ・・・が出るだろう……)


 あるモンスターの出現条件に、皇帝グリズリーを一定以上倒すこととなっているため、積極的に攻撃することができなかった。

 眼下に存在している色を見て、大量の紫色が確認できる。


(これだけ倒されたら【グリズリーキング】が出てくるはずだ)


 全身を金色の毛皮で覆われたグリズリーの王。

 ゲームではエンシェントドラゴンと同様のレイドボスとして出現する。


 最上級に近い上級モンスターのため、対策をしていないとまともに戦うことができない。

 出現する具体的な数が分からず、皇帝グリズリーを倒していたら急に現れるため、討伐するよりも逃げる人の方が多かった。


(人のいないところでレベル上げをするために倒していたら、急に現れて驚いたな……)


 初めてグリズリーキングに会ったことを思い出していたら、空を飛べなくなる。

 ほぼ同時に、大地が広く膨れ上がり、地下でなにかが起こっているようだった。


 最後の抵抗として、テレポートで上空に向かって最大距離移動する。


 土が弾けるように飛散すると、土の焼けた匂いと爆風を体に受けた。

 まともに受けたら体が持たないので、ウィンディーネの力を使い、俺たちを覆うように大気中の水をかき集める。


 水に守られながら爆風の中を落ちていくと、渓谷がなくなり、研究所があった場所を中心にクレーターができていた。


 そして、その周囲にはっきりと金色の毛皮に身を包むモンスターが複数・・確認できる。

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