北海道解放編⑤~研究所に向けて~

(外の様子は……大丈夫そうだな)


 気配察知を行うと、洞窟の周辺からモンスターがいなくなっていた。

 安全を確認したため、アースネイルで作った壁を破壊して、洞窟から出る。


(今日はなんとなく、ふたりから離れて歩きたい……)


 以前、伊豆高原の森を進んだ時のように、花蓮さんと真央さんに先行してもらい、俺はリヤカーを引きながら後ろから指示をすることにした。


 ふたりは少し不満そうな顔をするものの、文句を言わずに前を歩き始める。

 不穏な空気を察知したのか、佐々木さんが俺の歩調に合わせてきた。


「顔は大丈夫か?」

「奥歯が砕けましたけど、もう治しました」

「渾身の一撃だったな……」


 それ以上言うことなく、佐々木さんがうつむきながら何か迷うような表情をしている。

 気にせずにリヤカーを引いていたら、申し訳なさそうに俺を見た。


「昨日の夜、花蓮との話がテントの中まで聞こえていたんだ……」

「だから真央さんがあんなことをしてきたんですね」


 唇に押し付けられた感触がまだ残っているような気がする。

 その後に放たれた言葉を思い出しながら前を歩くふたりを見ると、花蓮さんがちらりと俺を見てきた。


 一瞬だけ恥ずかしそうに赤くしている顔を俺へ向け、何事もなかったかのように歩いている。

 真央さんが花蓮さんの肩を軽くたたいているので、おそらく佐々木さんがしてくれた話と同じようなことを花蓮さんが聞いたのだろう。


 先行している花蓮さんたちが何かを見下ろすように立ち止まっている。

 真央さんがハンドサインで俺たちにも来るように合図をすると、眺めていたものを見て心が躍った。


(これは圧巻だ)


 建物を囲うように、数千体以上のモンスターがひしめき合っている。

 すべてがホワイトベアやワイドルベアといったグリズリーの上位種で、この渓谷が巣になってしまっているようだ。


 目的地である北海道の研究所はその中心にあり、モンスターをどうにかしないと辿り着けそうにない。

 ここまで集まっているのを見るのは初めてなので、思わず感心するような声が出てしまった。


「すごいな……どう突破しようかな……」


 こんな量のモンスターと戦うにはどうすればいいのか考えていたら、笑みを抑えることができない。

 俺のつぶやきに3人が反応して、複雑そうな顔を向けてきた。


 佐々木さんと目が合うので、リーダーらしく意見を聞いてみることにする。


「佐々木さん、どう思いますか?」

「あれの相手をする方法か? それとも、ここから撤退して状況を報告するために帰る相談か?」


 こんな経験はめったにできることではないので、撤退なんてありえない。

 当たり前のように先に言った相手をする方法を聞く。


「どうやってあの建物へ行くかの相談ですよ」

「そうだよな……すまない、俺にはきみに頼る以外の案が出てこない」

「うーん……ふたりはどうですか?」


 ふたりに意見を聞こうとした時、数匹のグリーンドラゴンが飛んでいるのが見えて、渓谷の上空を通過しようとしていた。


「しゃがんで!」


 グリーンドラゴンに気付かれないように身をかがめて、飛び去るのを見守る。

 すると、渓谷の縁からとてつもなく大きな物体が上空へ放たれるように現れた。


 よく見ると、巨大な紫色のグリズリーがグリーンドラゴンへ向かって跳躍しているようだった。

 渓谷からグリーンドラゴンまでは50m以上あるため、とんでもない能力を持っていることが分かる。


 1体のグリーンドラゴンが、グリズリーにつかまって他のグリズリーのいる場所へ吸い込まれていった。

 渓谷に落ちたグリーンドラゴンは、抵抗することができないまま絶命し、グリズリーのエサになる。


 俺の真横にいた花蓮さんが唖然としながら俺を見た。


「一也、あんなのがいるなんて聞いていないわ……というか、あの熊大きくない!?」

皇帝エンペラーグリズリーですからね。それに、あいつだけじゃないみたいですよ」

「どういうこと!?」

「ほら」


 俺が見ている方向には、渓谷のあらゆるところからグリーンドラゴンを捕食しようと皇帝グリズリーが飛び出していた。

 空を飛んでいたグリーンドラゴンがいなくなると、3人の顔がほぼ同時に俺に向く。


「「「帰ろう」」」


 PTリーダーとして意見を求められているので、俺は立ち上がってメンバーへ指示を出す。


「俺が前衛を務めます。花蓮さんと真央さんは補助、佐々木さんは後衛をお願いします」


 帰るという選択肢はないため、渓谷の攻略を行うために適切な配置をする。

 3人は渋々立ち上がり、武器を手にした。


 真央さんが俺の横に立ち、後ろに置いてあるリヤカーを見る。


「あれは? 置いていくのか?」

「持っていける余裕はないですね。攻略の後で回収します」

「帰還石はお前のリュックに入れるよな?」

「忘れていました。取ってきます」


 研究員を回収するための帰還石を用意してくれていたので、それをリュックの中へ詰める。

 ひとつでも多くの石が入るように、盾もリヤカーの中へしまっておく。


 手のひらほどの石がリュックに敷き詰められ、持つと結構な重さを感じる。

 ついでにレべ天へ黒騎士装備を送ってもらい、装着した。


 装備を付けた状態ではリュックを背負えないので、佐々木さんへ任せる。


「佐々木さん、リュックをお願いします」

「わかった……けっこう……おもいな……」


 背負いながら苦しそうな表情になっているので、佐々木さんの機動力には期待できそうにない。


(この作戦は、佐々木さんを守りながら研究所へ着くと成功だな)


 研究所はドーム型に守られており、グリズリーが入れないようになっている。

 ただ、何度か皇帝グリズリーが突撃したのか、屋根の部分がへこむように変形していた。


 入り口が開くマスターカードを全員が持たせてもらっているので、落とさないように注意しなければいけない。


 すべての準備を終わらせてから、熊の大群へ向かって歩き始める。


「さあ、攻略を始めよう!」


 体にオーラをまとわせて、グリズリーへ向かって谷を駆け降りた。

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