全国大会編24~谷屋絵蓮の約束~
「妹は私が診るので、退席していただいてもいいですか?」
「で、ですが……」
「もう大会も終わりましたよね。ここの鍵は私が返しておくので、出ていってください」
「はい……失礼します」
救護員の方に部屋から出ていってもらい、ベッドに寝かせた妹を見る。
なぜか呆れるような顔をしていたため、おかしくて笑ってしまった。
「花蓮? なんなのその顔、変よ」
「お姉ちゃんの方が変だよ。強引に寝かしてくるし、前と全然性格が違うじゃない」
「そう? なら私も変われたのかな?」
ベッドの横にある椅子に腰かけて、私が切ってしまった花蓮の右手を握る。
しっかりと握り返してくれるあたり、花蓮は優しい性格だと思う。
「お姉ちゃん、一也くんの特訓を受けたの?」
「直接は受けてないわ。彼は私へ武器とモンスターを用意してくれただけよ」
一也様は私が強くなるために、すべてを考えてくれた。
使う武器や戦う相手など、常に自分が全力で挑まなければならない状況を作ってくれる。
(今日勝つことで、京都で抱いた花蓮たちへの劣等感を振り払えた。これも全部一也様のおかげ)
花蓮は私とは違うのか、表情を曇らせて握った手を見ていた。
「私は……最初、お姉ちゃんに勝つために彼へ付いていったの」
「そうなの……今は?」
「……正直分からない。一也くんを倒すためにって強くなろうとしているんだけど……なんだか自分の思っていることと違うんだよね」
真剣に悩んでいることなのか、花蓮の顔から力が抜けてしまっている。
(花蓮の心の中は私にはわからない)
私が感じていることを伝えて、花蓮に心の赴くままに行動して、後悔をしない選択をしてほしい。
「花蓮……一也様は近いうちに日本を離れるわよ」
「え!? どういうこと? それに一也様って……」
「私がどう呼ぼうと勝手でしょ? でも、一也様には内緒ね」
少し微笑みながら、左手の人差し指を花蓮の唇にあてた。
私の反応を夢にも思っていなかったのか、花蓮が目を点にしてしまっている。
日本中のダンジョンで行く所が無くなったから、外へ出るしかないと呟いていたことなど、一也様が日本を出ていきそうな理由を説明した。
花蓮は納得がいくように何度かうなずいていたので、ついでに質問をしてみる。
「ねえ花蓮、一也様って黒騎士様よね?」
「そうだけど……急にどう……あ!」
花蓮は無意識に答えていたようで、途中で気まずそうな顔になる。
一也様と一緒にいて気付かないわけがないので、フォローしてあげた。
「1ヵ月以上も一緒にいれば私でもわかるわ。素手で大きなモンスターを倒すんだから」
「隠す気ないのかな……」
「そもそも、なんで隠そうとしているのか花蓮は知ってる?」
「目立ちたくないって言っていたけど……」
「……冗談でしょ? 京都の時に乗馬した映像、全国に流れたわよ? あれで目立ちたくないって言っているの?」
「そういえば!」
私と花蓮はふたりで悩んでいたら、目が合い急に笑いが込み上げてきてしまった。
花蓮が大丈夫そうなので、ここから出てホテルへ帰ることにする。
部屋を出るときにスマホを見た花蓮が、眉をひそめてしまっていた。
どうしたのか聞こうとしたら、スマホの画面に一也様からメッセージが来ている。
【団体戦の日まで右腕は服の中に隠した状態で生活してください】
「なんで優勝した私じゃなくて、花蓮に連絡が来るのよ!」
「そっち!?」
私のスマホにはなんの連絡もないため、内容よりも花蓮にメッセージがきたことに嫉妬してしまう。
返信するために苦笑いをしてスマホを操作する花蓮へ私からアドバイスを送る。
「花蓮、素直になりなさい。あなたも自分の心に従うのよ」
「……できるだけやってみる」
花蓮は顔を真っ赤に染めて、スマホの操作を再開していた。
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その日の夜、指定された時間に部屋で待っていると、ドアのロックが解除された。
この部屋のカードキーは私以外に一也様しか持っていない。
(一也様が来てくれたわ!)
ルームウェアが乱れていないかチェックして、ドアが開くのを心待ちにする。
一也様が部屋に入り、私へ近づいてきてくれたので、笑顔で出迎えて軽く頭をさげた。
「ようこそ、いらっしゃい」
「ええ、約束なんで。質問は?」
「もう少しお話ししてからにしましょう?」
「……いいですよ」
少し不満そうにするものの一也様が椅子に座ってくれた。
飲み物を用意して、隣に座ると緊張してくる。
「どうぞ」
「ありがとう」
一也様は平然としており、一口だけ飲んでグラスをテーブルへ置く。
私は歳の差を忘れ、心臓が張り裂けそうなほど鼓動している。
前日も、一也様に近づいただけで顔から火が出そうなほど火照ってしまった。
それを思い出していたら、今も身体が熱くなってきてしまう。
(違う違う。今は一也様へ質問をしないと……)
雑念を振り払って、一也様との会話に集中する。
感情の無い目を私へ向けてきているので、思わず顔をそらしてしまう。
(そんな視線を私へ送るなんて……花蓮に勝って大会で優勝してもまだまだなのね……)
優勝してたくさんの人に褒められたが、一也様からは1度も【おめでとう】と言われていない。
こんなことで舞い上がるなというメッセージと受け止めて、一也様と向き合う。
口調だけはずっと変えないように意識をしているので、深呼吸をしてから話を始める。
「約束の質問だけど、【どうして黒騎士になるの】に答えてもらってもいい?」
「面白いからですよ」
「面白い?」
「そうです」
黒騎士が一也様ということを私が知っていることなどどうでもいいかのように、なんの間も置かずに質問へ答えてくれた。
(黒騎士様になるのが面白い? どういう意味なの?)
私が何も言えずにいると、一也様が席を立ち私へ接近してきた。
テーブルに手を付いて、額同士が付くような距離で話をしてくる。
「【黒騎士】って名前しかわからない冒険者へRank8を与えるような状況……すごく面白いですよ」
「それはどういう……」
私が何かを言う前に、パッとテーブルから離して立ち去ろうとしていた。
呼び止めようと立ち上がると、手を振りながら歩き続けている。
「質問に答えたので話は終わりです。真央さんが部屋にいるので、声をかけて励ましてあげてください」
「待って!」
「では」
バタンと扉が閉まり、一也様は止まってくれなかった。
未だに私が彼にとってなんにも特別ではないことを感じて、その場に崩れ落ちてしまう。
(必ずあなたを振り向かせます……)
言われた通りに真央の部屋へ向かうことにする。
服装がルームウェアなので、1枚上着を羽織った。
誰ともすれ違うことなく真央の部屋の前に着いて、ノックをする。
しばらくして鍵の開く音がすると、真央が扉をゆっくりと開けてくれた。
「先輩、来てくれたんですか?」
「ええ、真央の激励に来たわ。中、いいかしら?」
「どうぞ! ありがとうございます」
真央は笑顔で私を部屋へ招き入れてくれた。
当たり前だが、一也様が私のために用意してくれた部屋よりも狭い。
ただテーブルと椅子がふたつあるので、なんとか話はできそうだった。
黒騎士様の正体を知っていると伝えたら、真央は隠していたことを泣きながら謝ってくれた。
この日、私は久しぶりに真央と心から話ができたような気がする。
部屋を出るときには、真央の目から大会への闘志を感じることができた。
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