全国大会編22~ギルド長と共に~

 静岡県に割り当てられた応援席には、佐々木さんたちが別会場からこちらに到着したようだった。

 青い顔をしたギルド長を見つけたので、横へ座って話をする。


「ギルド長、どうなると思いますか?」

「お前……自分の心配は!?」

「これで俺になにかあったら、それこそ不正を認めたようなものでしょう」


 俺が笑いながら言っていると、ギルド長は腕を組んで唸ってしまう。

 いつも見るギルド長の姿になり、気が抜けてしまった。


「機材トラブルにより、決勝は1時間後に始めさせていただきます」

「機材トラブルみたいですよ。戦っている様子を映すカメラしか使っていないのに、どこが故障したんでしょうね」


 俺は思わずギルド長へ笑みを向けてしまう。

 ギルド長が苦笑いを浮かべる。


「佐藤……」

「そういえば、静岡県で全国大会を開催したことはあるんですか?」

「俺がギルド長になる前にあるのを覚えているぞ」

「それって何年前なんですか?」

「30数年前だな……」


 そんな雑談をしていたら、会場のアナウンスが再び聞こえ始める。

 ギルド長と直接このような話をする機会がないため、遮られて少しむかついてしまった。


「静岡県冒険者ギルドの篠原様、本部役員室までお願いします。繰り返します……」


 あまり聞き覚えのない名前だったので、自分の席の周りを見てしまう。

 ほとんどが名前を知っている人だったので、ギルド長へ疑問の目を向けた。


「篠原さんって誰でしたっけ?」

「俺だ……」

「覚えておきます」


 ギルド長のことは【ギルド長】として認知していたため、名前を教えてもらっていなかった。

 立ち上がって本部役員室へ行くというので、手を降って見送る。


「お気をつけて」

「十中八九お前の件だと思うがな……まあ、行ってくる」

「そうだ。このお金を運営の人へ渡しておいてください」

「なんだこれは?」


 俺は札束を3つ取り出して、ギルド長へ渡そうとしていた。

 お金を取り出した瞬間から、周囲から雑音が消えて息を呑むように見守られているのがわかる。


「さっき、公用車っぽいものを壊しちゃったので、それの代金です」

「なら、お前が直接渡せばいいだろう」

「それもそうですね。一緒に行きましょうか」

「あ、ああ……」


 俺も立ち上がって、ギルド長の後を追うように席から役員室という場所へ向かう。

 廊下でも俺とギルド長を見た人たちが、道を譲るように端へ寄ってしまっていた。

 ギルド長の顔はこれから戦いにでも行くかのように強張っていたので、注意する。


「ギルド長がそんなに怖い顔で歩くから、みんな怖がっていますよ」

「……そんな俺の横をお前が笑顔で歩いているから、更に恐怖していると思うがな」

「そんなに楽しそうですか?」

「俺の目にはそう見える」


 言われるまで全然気づかなかったが、自然と笑みをこぼしてしまっていたらしい。

 ギルド長は少し表情を崩し、ある扉の前で止まった。


「ここが役員室だ。俺が先に……」

「案内ありがとうございます。では」


 ギルド長を扉の前から押しのけるようにどかしてから軽くノックする。

 部屋の中から入るような合図をされたので、力強くドアノブを押す。


「失礼します!」

「待っていたぞ……お前は!?」


 部屋の中には数人のえらそうな老人がおり、警官のような服装をした人もいた。

 全員を一望した後、1度頭を下げてから、用件を切り出す。


「この中で1番偉い方はどなたでしょうか?」

「佐藤、あちらが全国冒険者ギルドの会長だ」


 後ろから、ギルド長が手前に座っていた一際偉そうな老人を紹介してくれた。

 俺はすぐさまその老人の前に立ち、目の前へリュックから札束を取り出した。


「申し訳ありません。これをこの大会の運営へ渡していただいてもよろしいでしょうか?」

「いきなりなんなんだ!? 失礼だぞ!!」

「篠原ギルド長より、こういうことは自分で行わなければいけないと言われたため、持参しました」

「なんだと!? 篠原、説明しろ!」


 会長と呼ばれている人は席を立ち、ギルド長へ詰め寄るように近づいた。

 息を荒くした人ににらまれているギルド長は涼しそうな顔をして笑っている。


「この佐藤は先ほど、泥棒を捕まえる際に、こちらの県の所有している車を破壊してしまったそうなので、直接謝罪を行わせるためにこさせたのですが……問題でも?」

「篠原お前!!」

「何か?」


 ギルド長が平然と言い切り、会長は激怒するように顔を赤くしている。

 警官の人は戸惑うように俺と会長を見ていたので、笑顔で質問をした。


「剣を盗んだ人はどうなるんですか?」


 部屋にいるギルド長以外の人が俺へ正気をうかがうような視線を送っていた。

 胸にキラキラしているものが複数付いている中年の男性警官が苦し紛れに声を絞る。


「……現在調査中だ」

「なんのですか?」

「きみに関係ないだろう!!」


 警官がなぜか怒り出すので、俺は率直な不安を言葉で表す。


「犯人が逃げていて、また武器を盗まれたら嫌じゃないですか。参加者として心配するのはダメなんですか?」

「行方を含めて調査中なんだ!! これ以上何か言うのなら……」

「あーあ、言っちゃったよ。警官も信じられないなんて、嫌な世の中ですよね」

「なんだと!! 我々を信用できないと言うのか!!」


 中年の警官が怒鳴ると、数人の若い警官が俺へ近づいてくる。

 俺は気にせず部屋の奥へ向けて歩き出す。

 持っていた盾を思いっ切り振り下ろし、壁を破壊した。


「犯人……ここにいるのに、行方が分からないなんてことあるんですか?」


 壁の向こうには、花蓮さんの剣を持って逃亡しようとしていた職員がいて、顔から血の気が引いている。

 それを見たギルド長が今度は会長へ詰め寄った。


「会長、これはどういうことでしょうか? 大会組織がうちの県の選手の武器を盗んだ犯人を匿っていたんですか?」

「篠原……これはだな……」


 会長や警官が下を向き、その他大勢の人もこの状況で何も言いそうにない。

 再び剣を盗んだ男性の胸ぐらをつかんで、警官の前へ放り投げる。


「これ以上妨害されるのが嫌なので、早く連れていってくれませんか? そのためにいるんですよね?」

「ぐっ……連れていけ!」


 犯人の両脇を若い警官が抱えるように捕まえて、後ろで手錠がされようとしている。

 この状況が信じられないのか、犯人の男性は会長に向かって必死に叫んでいた。


「嘘ですよね!? 会長!! かいちょおおおおおおおお!!!!」

「うるさい!! 勝手に行動しおって!! 俺の前から消えろ!!」

「え……私は会長に……」

「それ以上喋るんじゃない!! 早く連れていってくれ!!」


 警官に連れられて、剣を盗んだ人が役員室から出されていく。

 それを止める人は誰ひとりおらず、下を向いたまま震えている人もいる。


「壁の修理費用を置いておきますね。では、失礼します」


 俺の目的はお金を渡すだけだったので、丁寧に頭を下げてから部屋を出ることにした。

 会長は全身を震わせながら、俺へひきつった笑顔を向けてきている。


「……篠原も下がってくれ。迷惑をかけたな」

「わかりました」


 ギルド長と一緒に退出をした後、役員室から口論を始めたような声が聞こえてきた。

 しばらく歩いていると、人があまりいない場所でギルド長が急に止まる。


「佐藤!! やりすぎだ!! ハッハッハ!!!!」


 ギルド長は言葉とは裏腹に、大きな体を揺さぶり、腹を抱えておかしそうに笑っていた。

 俺もすかっとしたので、ギルド長の笑顔が移ってしまう。


「ああでもしないと絶対有耶無耶にしますよね」

「逆だ、あれ以外だと警官はお前を連れていっただろう」

「俺、何もしていませんよ」

「車を壊したやら、なんやかんや理由を作るさ……そのために俺を呼んだんだからな。ただ、ああなってはもうお前を連れていくのは無理だ」

「連れていこうとしたら、あそこにいた全員をボコボコにして真実を吐かせます」

「ああ……それも見たかったな」


 俺の言葉にまたギルド長が笑うので、一緒になって笑ってしまった。

 笑顔のままギルド長と一緒に応援席に戻ると、全員が不思議そうな顔をしていた。


 1時間後に始まると言っていた決勝は時間通りに始まるようで、競技場にほぼ同時に花蓮さんと絵蓮さんが現れる。

 その姿を見て、会場中が目を疑ったと思う。

 ふたりとも申し合わせたかのように、防具を【なにひとつ】付けていない。


 ただ、それに文句をつけるような雰囲気はまったくない。

 ふたりの目を見て、両者とも本気だということを本能で感じとってしまう。

 指定された場所へ立っても、お互い一言も話をしようとしなかった。


 試合開始直前、俺の横にいる明が手を握りしめる。


「一也さんは……これが見たかったんですか?」

「いいや、見たいのはこの先に起こる出来事だよ。もうふたりから目を離さない方が良い」

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