全国大会編21~不正発見~
「私、今すごく機嫌が悪いんです。本気でいきますね」
「減らず口を!」
「試合開始!!」
全身を防具で覆う男性が巨大な剣を振り下す前に、花蓮さんは自分の剣に魔力を込めて振り上げる。
剣同士が激突する金属音が会場中に鳴り響いた後、剣を手にしていたのは花蓮さんだった。
対戦相手の男性は何が起こったのか理解できず、両手を天へ向けて上げてしまっている。
そんな男性へ容赦なく花蓮さんの剣が胴体へ突き刺さった。
引き抜くと同時に、男性が膝から崩れる。
倒れる音が観客席まで聞こえ、花蓮さんが相手の肩を踏みながら声をかけた。
「まだ続けますか? 剛剣使いさん?」
「勝者、静岡県代表谷屋花蓮!!」
男性が答える前に試合終了の合図が行われる。
花蓮さんは首を振りながら剣をしまい、相手を一瞥することなく颯爽と控室へ戻っていく。
倒れた男性は救護員にヒールをかけられ、なんとか自力で立ち上がる。
その足取りは重く、剣を回収せずに会場を後にしてしまった。
俺の横にいた明は、試合会場を去る男性を見ながら瞳に青い光をまとわせている。
「あの人、花蓮さんに負けた瞬間に引退することを決めたみたいです」
「あれで心が折れたの!? 豆腐メンタルすぎるだろ……」
あの男性は資料によると、この剣術大会を5連覇している。
(それなのに、1度負けただけで引退とかどんな心境なんだろう……俺には分からん)
これ以上理解できないことを考えても無駄なので、別会場で行われている絵蓮さんの様子を聞くために佐々木さんへ電話をかけた。
佐々木さんは電話に出るものの、何も話をしてくれない。
「佐々木さん?」
「……きみは……絵蓮……谷屋絵蓮へ何をしたんだ!!」
佐々木さんが電話越しでもわかるように戦慄しているようだった。
こちらでは鳴り止まない歓声や声援が、佐々木さんの電話からは全く聞こえてこない。
「だいたいわかりました。ありがとうございます」
「待て!!」
電話を切ると、明が会場へ目を向けながら不機嫌そうにしていた。
スマホをしまうと、さらりと感情の無い言葉が聞こえてくる。
「そちらは順調そうでいいですね」
「花蓮さんも決勝までは負けないだろ」
「……【決勝まで】……ですか、一也さんはどちらの応援をしているのですか?」
今まで1度も見たことが無い明の不機嫌な表情を眺めて、思わず笑みがこぼれる。
明の神経を逆なでしてしまったようで、俺へ初めてにらむような視線を向けてきた。
俺の反対側に座っていたレべ天が急に大きな声を出す。
「一也さんも花蓮さんに勝ってほしいからこっちで見ているんですよね!? そうと言ってください!!」
「俺は気になることがあってここにいるだけだよ」
なにをそんなに慌てているのかわからないが、レべ天は必死にフォローのようなことをしてくれている。
俺はスマホを取り出して、去年の準決勝の結果を見た。
【谷屋絵蓮 棄権】
何があったのか本人に聞いても、運がなかったとしか言わなかったので、直接確かめることにした。
この時の相手も主催県の選手だったので、何かがあったに違いない。
その後、試合が進み、10分後に準決勝が行われようとしていた。
別会場では絵蓮さんが決勝へ進むことが決定しており、絵蓮さんを応援していた真央さんたちもこちらの本会場へ向かっているそうだ。
準決勝が始まる時間になると、開催県の選手が現れる。
しかし、花蓮さんはまだ現れないため、俺はある人物へ連絡を行う。
その人物は待っていたかのように、1コール以内で電話に出てくれた。
「もしもし、俺です。今から始めようと思います。準備はいいですか?」
「ああ、予想通りだね。どこへ向かえばいい?」
電話の相手は、京都で情報収集をお願いした『京都の名探偵』さん。
何度か直接連絡を取っており、名前を
明智さんもこの大会の世界大会進出者について疑問を持っていたが、冒険者ギルドに隠匿されて証拠を掴めずにいたらしい。
絶好の機会が訪れて、俺は席を立ちながら話を続けた。
「1階のBと書かれたゲートの前でお願いします」
「わかった。急いで向かう」
電話を切ると、俺の後ろから明が追いかけてきている。
急いできたのか、息を荒くしながら肩を揺らしている。
「一也さん、花蓮さんのところへ行くんですか!?」
「違う」
「どうしてですか!? 不正が行われているってわかっているんですよね!?」
「そうだ。俺のやり方で暴いてくるから、明は花蓮さんのところへ行って、なんか持って会場へ向かうように伝えておいて、時間は5分も稼ぐように伝えておいて」
「……はい。必ず伝えてきます」
明の力を借りれば解決はすぐにできるだろうが、今後も同じようなことが行われる可能性が残る。
俺は明智さんと合流するために、指定した場所へ向かい始めた。
Bゲート付近に明智さんが待ってくれており、もうスマホを俺へ向けている。
事前の打ち合わせ通り、俺は淡々とスマホへ向かって話し始めた。
「みなさん、これから全国大会で行われている不正の現場を取り押さえ、健全な大会になるように祈りたいと思います」
「佐藤くん、具体的には何が行われていると思っているんだい?」
「時間が無いので、走りながらお伝えしたいと思います。あっちへ」
俺は明智さんが付いてこられる程度に駐車場へ向かって走る。
スマホが俺を捉えたままだったので、少し大きめの声を出す。
「2年連続で静岡県の選手が棄権をさせられるという危機が迫っています」
「どういうことですか?」
「別会場では、静岡県代表が世界大会を決めました。誰かが、こちらの会場にいる開催県の選手を勝たせるために何かをしたのでしょう」
「本当ですか!?」
「俺は応援するためにこの会場にいる谷屋花蓮選手の様子を見守っていたので、確信を持っております」
明智さんも俺がどこまで情報を掴んでいるのか知っていない。
俺は花蓮さんの控室に入退室した気配を全部把握していた。
その中のひとつの気配がおかしな動きをしているので、それに向かって走っている。
その気配は、準々決勝後に唯一花蓮さんの控室に入っており、会場の外へ出て車でどこかへ向かおうとしていた。
(原因はこの人以外考えられない)
迷わずに走っていたら、会場から戸惑うようなアナウンスが聞こえてきた。
「静岡県代表の谷屋選手……なぜか鉄パイプを持って会場へ現れました」
それを聞き、明が花蓮さんに伝言を届けてくれたことを感謝する。
後は剣を取り返してくるだけなので、目的地へ急ぐ。
「あなたの相手なんてこれで十分ってことなんだけど、理解できないの?」
建物を出る直前、花蓮さんの声が競技場から聞こえてくる。
(なぜ花蓮さんは挑発しているんだろう……)
時間を稼いでくれるだけでいいのに、花蓮さんは鉄パイプで戦おうとしていた。
これも一種の作戦なのかと思い、俺は気配を止めるべく、盾を右手に持つ。
開催県である徳島県の県章がペイントされた車が発進しようとしていたので、エンジンに向かってバッシュを行う。
「止まれよ泥棒野郎!!」
豪快な音と共に車の前方部分が陥没して、車は動かなくなる。
ドアの窓を叩き割り、力任せに無理やり剥がした。
運転席にいた男性はエアバッグに押されており、身動きが取れなくなっている。
助手席には花蓮さんの剣が置いてあるので、明智さんの持っているスマホで撮影をしてもらった。
「見てください! 徳島県の車に乗っている人物が谷屋花蓮さんの剣を盗んでどこかへ行こうとしていますよ!」
俺は運転席からその男性を引っ張り出し、胸倉をつかんだまま宙へ浮かす。
「谷屋花蓮さんの剣を盗んだ犯人を捕まえました。これで安心ですね」
俺に掴まれている男性が自分は無実だと言わんばかりに、大声で反論してきた。
「何かの間違いだ! これは私の剣だ!!」
「嘘をつくな!! このミスリルの剣は本来俺のもので、ここに名前まで彫ってもらっているんだよ!!」
剣の柄の部分に刻印された俺の名前をスマホに映るように見せる。
剣と男性を持って、今度は会場へ向かって歩いた。
「さあ、会場にいる谷屋花蓮さんへ返しに行きましょう」
「待て!! 降ろせ!!」
「うるさいな。泥棒にそんなこと言われて、降ろすわけないでしょう」
「カメラで映すな! 立派な犯罪だぞ!」
「どちらが罪になるんでしょうね。俺は泥棒を捕まえただけで、この人は俺のファンで、俺を映しているだけなんですよ」
笑いながら建物へ入ると、そこには異様な雰囲気が漂っている。
車を壊した際の音が聞こえたのか、俺と明智さんに注目している人が多い。
つかんでいる男性が周りに助けを求めるものの、誰も俺に近づこうとしなかった。
そのまま競技場へ向かい、花蓮さんが鉄パイプをかまえたまま審判の人へ始めるように催促をしている。
相手は半笑いで花蓮さんへ顔を向けていた。
「早く始めてください」
「しかし……きみ、それでは……」
時間を稼いでくれていたので、俺も競技場へ上がる。
明智さんにも付いてきてもらっており、会場中から戸惑いの声が聞こえてきた。
花蓮さんが振り返って俺の方を向くので、男性を突きつけながら大声を出す。
「谷屋花蓮さん。この人があなたから剣を受け取って、そのまま返さなかった人ですよね」
花蓮さんは持っていた鉄パイプを放り投げてから、俺へ薄笑いを向けた。
「ええ、そうよ。その人が大会の規定だから私の剣を点検するとか言って、今まで帰ってこなかったわ」
その瞬間、会場中からブーイングのようなものが聞こえ始める。
花蓮さんに剣を渡した後、審判の人のマイクを奪い、役員席を見上げた。
「この人は徳島県の県章の入った車に乗っていました! どう責任取るつもりか、楽しみにしておきます! すべての様子はSNSで中継しており、アップロードも行うので確認しておいてください!」
男性を競技場へ放り投げると、逃げるように去っていく。
マイクを審判へ返し、笑顔を向けた。
「公平なジャッジでお願いします」
「あ、当たり前だ……」
谷屋さんをちらりと一目見た後、競技場から降りるために歩き出す。
会場中からは責任者を出すようにとか、谷屋さんを応援する声が多く聞こえてきた。
谷屋さんの横を通った時、一言だけ俺へ伝えてきた。
「ありがとう」
「期待しています」
競技場を降りた俺は、明智さんへお礼を言ってから別れる。
明智さんは終始興奮していたようで、俺に何度も感謝を伝えてきていた。
関係者用の応援席に戻ると、すでに試合が終わっており、花蓮さんが決勝へ進んでいた。
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