全国大会編⑳~射撃部門決着。その夜~
世界大会進出は決まっているのだから、欲をかかなければ不正が疑われることはない。
おそらく、この試合を見守っている関係者は自分の県の出場者を優勝させたがっているのだ。
(箔が欲しいんだよな……夏美さん頑張!)
左右同時に発射された的は、右側の方が遠くに放たれていた。
遠くに放たれた的は滞空時間が長く、余裕を持って狙うことができる。
いきなり遠くに現れたにもかかわらず、主催県の選手は分かっていたかのように確実に遠くの的へ弾を当てた。
夏美ちゃんは近いところに放たれた的へ矢を当てていた。
おそらく、数秒後には主催県の選手が勝利というアナウンスが行われるだろう。
試合を見ていた誰もがそう思っていただろう。
しかし、夏美ちゃんは一本目の矢を放った後、持っていた2本目の矢を引きながら振り返って、狙いを定めることなく力強く放つ。
遠くに放たれていた的が地面に落ちる前に2本目の矢が当たる。
的の弾ける音が鳴り響くほど、会場中が静寂に包まれていた。
俺の横に座っていた明が立ち上がる。
「なっちゃん!! すごいよ!!」
その声を皮切りに、会場中から夏美ちゃんへ称賛の声が響き渡る。
まだヘッドセットを取っていない夏美ちゃんはその様子に気づいた様子はない。
指導者席にいた田中先生が夏美ちゃんに駆け寄っていた。
田中先生は泣きながら夏美ちゃんを抱きしめている。
逆に、負けた主催県の選手は悔しそうに銃を地面へ投げ捨てていた。
その後、なぜかその選手は夏美ちゃんの競技場所に向かって走り出す。
インタビューのためにONになっていた音響設備に、その会話の様子が流れ始めた。
「お前! ヘッドセットから指示を受ける不正をしただろう!」
どの口で言っているのか、その男性はそう言いながら夏美ちゃんへ詰め寄っていた。
その様子も巨大スクリーンに映されており、見ているみんなが言葉を失っている。
田中先生も男性選手の行動が信じられないようだ。
ただ、夏美ちゃんだけは冷静に言葉を放つ。
「それならもう1度最初からやりましょうか……ヘッドセット無しで」
「は!?」
「私はこの通り弓なので、無くても平気です。あなたは?」
「お、俺も平気だ……」
「見ていたみなさん。申し訳ありません。この方がそう言うので、もう1度やらせてください」
夏美ちゃんが役員席へ向けて頭を下げると、今度はヘッドセット無しで競技が行われることになった。
会場中から望む声があり、決勝同様にひとりずつ同じ場所からの的当てから始める。
当然のようにすべてに的中させた夏美ちゃんの次におこなった男性の結果は散々だった。
数回当てた後、何度も外してしまい、途中から戦意を完全に無くしてしまい、的中率は半分以下となった。
終わった後の夏美ちゃんの言葉で、その男性は世界大会進出を辞退することになる。
競技終了直後のインタビューがTVで流れており、その映像をホテルのレストランで見ていた。
「あの人は最後の競技までは【運】が良かったみたいですね。ただ、これが実力なら、私だったら恥ずかしくて世界大会になんて行けません」
それを聞いた夏美ちゃんが顔を真っ赤にしながら耳を塞いで下を向く。
逆に、真央さんはよく言ったと、夏美ちゃんの背中を撫でている。
田中先生も相手に対して怒っているのか、手を握りしめていた。
「あの人ほんっと失礼な人だったわ!」
レストラン中の人の視線を集めてしまったため、俺は別のところで食べることにした。
明日の剣術大会に備えると言って、この場所に絵蓮さんと花蓮さんはいない。
食事を終わらせて、射撃大会の優勝の余韻に浸っている人たちへ一言かけてからレストランを出ることにした。
「じゃあ、俺はもう行きますね」
立つのを分かっていたかのように、横へ座っていた明が俺の服をつかんでくる。
ただ、顔はテーブルへ向けたままで、俺の顔を見ていなかった。
「どちらへ行くんですか?」
「……どこだと思う?」
「私には一也さんの未来だけは見えないんです」
「知ってるよ。ただ、予想はできるだろう」
明がトーンを落としながら言ってきたため、同じテーブルにいた全員がこのやり取りを見ていた。
「できます……ただ……私は……」
「約束なんだ。行くよ」
「……わかりました」
明が切なそうに服から手を離すので、レストランから出るために歩き始める。
俺の行動に納得がいかないのか、真央さんが追いかけてきて肩をつかむ。
「待てよ一也。明をあんなにして、放っておくのか?」
「俺の知ったことではないです」
「お前……明に対してだけ妙に冷たくないか」
「明は花蓮さんの応援をしていますからね……真央さんも俺と一緒に行きますか?」
「どこに?」
真央さんは納得がいかないような顔をして、何かに気付いたようにはっとした。
俺の方をつかむ力が弱まるので、俺は目的の場所を口にする。
「絵蓮さんのところですよ」
「居場所がわかるのか!?」
「ええ、付いてきてください」
俺の少し後ろに真央さんが付いてきてくれていた。
真央さんの知っている絵蓮さんの最新情報を聞いてみる。
「真央さんが絵蓮さんと最後にお互いの近状について話をしたのはいつですか?」
「この大会の前に電話をしたけど……急になんだよ」
「その前は?」
「それより前? んー……あれ……」
考えるように首をかしげ、真央さんの歩みが遅くなっていた。
そのまま止まってしまうので、顔を見たら顔から血の気が引いている。
「挨拶はしたけど、お互いの情報は交換していない。そうですよね?」
「なんで知っているんだよ……まさかお前!?」
「さあ、答え合わせをしましょう」
俺はエレベーターへ乗り込み、ホテルの最上階に向かうボタンを押す。
真央さんも慌ててエレベーターに乗り、ふたりきりの空間で俺へ詰め寄る。
「お前、先輩に何をしたんだよ」
「真央さんも知っているでしょう? 俺は強制したことは1度たりともありません」
身に覚えがあるのか、真央さんは片手を頭にあてて目を閉じる。
気持ちを落ち着けるように少し息を吐いてから顔を上げた。
「聞き方変える……先輩は何をしたんだ?」
その時、最上階へエレベーターが着いたので、目の前にある扉の前に立つ。
このホテルの最上階には一室しかないため、ここ以外の部屋はない。
カードキーで扉のロックを解除してから、扉を開けた。
「話の続きはこの中で、どうぞ真央さん」
「お前……わかった……」
真央さんは戸惑いながら部屋に入り、部屋の広さに驚いて入り口で立ちすくんでいた。
プレミアムスイートという部屋を堪能しながら、椅子へ座る。
部屋がいくつもあり、普段はどんな人間が泊まるのか興味が出てきた。
無駄に豪華な絨毯の上をゆっくり歩きながら俺の前に座る。
この部屋に圧倒されて、真央さんが委縮してしまっているようなので、俺から話を再開してあげた。
「真央さん、絵蓮さんの弱音って聞いたことありますか?」
「え……先輩の弱音?」
真央さんは顔を机に向けて、思い出そうとしているのか視線が安定していない。
俺はルームサービスの飲み物を頼んで、真央さんの言葉を待った。
机にふたつのグラスを置いて、飲み物を注いでいる時に真央さんが両手で頭を抱えてしまう。
「1度もない……私ばかり聞いてもらって……先輩の悩みとかそんな話聞いたことない……」
「それが答えですよ」
真央さんの前にグラスを置いて、夜景が一望できる窓のそばに立った。
その言葉を聞いた真央さんは、うつむいたまま動かない。
そんな時、奥の部屋の扉が開く音が聞こえてきた。
「せん……ぱい……」
突然現れた絵蓮さんが真央さんの座っている椅子に近づき、真央さんを見下ろした。
真央さんの前に置いてあるグラスを持って一気に飲み、出口へグラスを向ける。
「真央、あなたがいるのはここじゃなくて、花蓮のところじゃないの?」
「え……どういうことですか?」
「大会前に敵のところにくる必要はないでしょう? 早く行きなさい!」
「敵って……私は先輩のおうえ……」
「真央!!」
応援という言葉を言う前に、絵蓮さんが持っていたグラスを握り割る。
真央さんへ今にも殴りかかるんじゃないかというほど殺気を込めてにらんでいた。
「あなたは私の後輩でしょ!? そんな中途半端なことをしろと教えたことはないわ!!」
「すみませんでした……失礼します……」
真央さんは椅子から力なく立ち上がり、部屋を出たようだ。
扉が閉まったのを見送った絵蓮さんが血の滴る手をヒールで治してから俺の横に来る。
「一也くん、どうして真央を連れてきたの?」
「俺の口から言っても効果が薄いと思ったので……絵蓮さんにもう甘えはないみたいで安心しましたよ」
俺がそう言うと、吐息が聞こえるほど絵蓮さんが顔を近づけてきていた。
濃艶な笑みを浮かべながら俺の耳元でささやいてくる。
「フフッ。私をこんなにしたのはあなたでしょ」
「どうだか、大丈夫そうなので俺も行きますね」
絵蓮さんの魅力で心臓が痛いほど鼓動しているのを隠すように飲み物を飲み干す。
グラスをテーブルへ置くと、窓辺にいた絵蓮さんが俺へ後ろから抱きついてきた。
それを振り払えずにいたら、俺に頬を密着させながら絵蓮さんが口を動かす。
「明日私が優勝したらひとつだけ真実を教えてほしいの……いいかな?」
「それくらいいいですよ。明日頑張ってください」
絵蓮さんの両腕を振りほどいて、出口へ向かう。
ドアノブへ手をかけた俺へ絵蓮さんがからかうような声をかけてきた。
「今日の夜、ひとりが寂しいなら一緒に寝てあげてもいいわよ」
「すみません。俺は食後の運動で今からダンジョンへ行くので、ひとりで寝てください。では」
「素っ気ないところも素敵ですよ」
絵蓮さんの部屋から出て、エレベーターに乗ってから深呼吸をする。
先ほどの出来事を思い出す前に、適当なダンジョンの入口へワープした。
(絵蓮さんってあんなに魔性の女性みたいなタイプだったっけ? とりあえず、モンスターを殴って気持ちを落ちつけよう……邪念を打ち払う!!)
耳元でささやかれた感触を忘れるのに数時間ほどモンスターを殴り続けてしまう。
剣術大会の見学までには平常心を取り戻せそうだった。
(数年後だったらやばかったな!)
まだ幼い体の自分に感謝をして、気分良くホテルの部屋で寝ることができた。
剣術大会では、去年全国大会で優勝した選手が、花蓮さんを見下ろしていた。
腕の太さも花蓮さんの4倍以上あり、身長も2mほどあるため、体格差がはっきりとわかる。
背負っている剣は俺の持っている両手剣よりも大きい。
その剣を全力で振るう戦い方から、【剛剣使い】と呼ばれているらしい。
その男性が試合開始前に、花蓮さんへ大きな声で言葉を投げかけていた。
「そんな細い腕では怪我をするだけだ、棄権しなさい」
防具を付けた花蓮さんはそんな言葉にひるむことなく、楽しそうに笑いながら剣を手にしていた。
「負ける前にそんな虚勢を張らなくてもいいんですよ」
「……後悔するなよ」
「あなたの剣は大きいだけでなんの脅威も感じないわ」
「ぬぅん!!」
男性はすごい勢いで背中から大きな剣を花蓮さんに向けて構えた。
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