全国大会編⑮~徳島県より~
今日の桜島周辺の巡視が終わり、事務所で日報を書いている時に血相を変えた部下が部屋に入ってくる。
「船長!! また静岡県の冒険者ギルドが会見をするみたいですよ!!」
「本当か!? すぐにいく!!」
俺は作業中のパソコンから離れて、テレビのある待機室へ急いで向かう。
ワイバーン大量出現の時、黒騎士に助けられてから彼のファンになってしまった。
部下は目の前でワイバーンと戦う姿を見てから自分も戦いたいと言い始めており、休日にもモンスターを倒すために鍛えている。
部下と共に待機室へ入り、パイプ椅子に座ってテレビを注視する。
テレビでは今まさに会見が始まり、妙に緊張をした静岡県のギルド長が映っていた。
「それでは、これから彼……黒騎士からのコメントをお伝えします」
静岡県のギルド長が紙のようなものを取り出して、咳払いをする。
数秒ほど会場全体の様子が映されたが、前回の時よりも数倍人が増えていた。
中には国外からの報道関係者のような人もおり、この会見に対する注目度が垣間見える。
「まずはこちらの数字をご覧ください。これはこの文章を書く際に、各国でまだ稼働している研究所の数を表しています。本日中に停止できない場合は、1箇所につき1億ドルの賠償金を求め、場所の公開を行います」
ギルド長の横にあるスクリーンには国名と数字が表示されており、それらすべてが国家機密とされているモンスター研究所の数だと言っている。
会場中がざわめき、すべての人がスクリーンに注目をしているようだった。
日本も名前と【7】と書かれた数字が書かれている。
しかし、まだ終わりではないようで、ギルド長は言葉を止めることなく話し続けた。
「その他の条件は、以前にWAOで提示させていただいた通りです。最後に、海のモンスターが現れる地点まで黒騎士を運ぶ船を一隻お借りしたいと思います。それは──」
「船長!!!!」
どこの誰が黒騎士を運べるという栄誉を得るのか聞きたかったが、別の部下が血相を変えて俺を呼ぶ。
テレビ鑑賞の邪魔をされて怒鳴ろうかとした時、見たこともないくらいに慌てた部下が走ってきた勢いで床に転んでしまう。
立ち上がらせるために近づこうとしたら、膝を床に立てながら俺へ叫んでくる。
「司令官が緊急事態だと言ってお呼びです!! 今すぐに司令室へ向かってください!!」
「なんだと!? わかった!!」
司令官に呼ばれたことなどこの基地に所属してから1度もない。
それも緊急事態だと言われたので、俺は一目散に司令室へ向かう。
(なんだ!? なにが起こっている!?)
司令室の前にはいつもはふんぞり返っている複数の官僚がおり、慌てふためきながら俺を見ていた。
その中の1人が司令室への扉をノックして、俺へ入るように指示をしてきた。
息を整えながら入ると、はるか遠くからしか見たことがない司令官が冷や汗をかきながら俺を笑顔で迎える。
「よく来てくれた! この方があなたの希望する巡視艇の船長をしている者です!」
司令官が俺の横に立ちながら、椅子に座っている人物へ俺を紹介していた。
しかし、俺の耳には司令官の言葉が届かず、椅子から立ち上がる人を見つめてしまう。
(黒騎士……なぜここに……)
助けられてからお礼が言いたいと思っていた相手がありえない場所におり、俺は混乱で動けなくなってしまった。
黒騎士は前と同じように俺へ手を差し出してくる。
「勇敢な船長さん、お久しぶりです」
「え、ああ! あの時は助けてくれてありがとう!」
俺は彼の右手を両手で包むように握りながら頭を下げて、心から感謝の気持ちを伝える。
司令官が俺へ椅子に座るようにうながしてきたが、座る直前まで手を離せなかった。
俺の横に司令官が座り、黒い高級そうなテーブルをはさんで黒騎士が座る。
座ってからすぐに黒騎士が話を切り出してきた。
「船長、あなたの巡視艇でこの海域まで行っていただきたい」
「え!? 俺の船でですか!?」
「はい。これも何かの縁だと思うので、ぜひお願いします」
黒騎士が提示してきた場所は、沖縄の沖合だった。
この程度の距離なら黒騎士を運ぶことが可能なため、笑顔で了承する。
「任せてください! あなたを確実にお届けします!」
「ありがとうございます」
横から司令官が船へ記録員を乗せたいと希望してくる。
別にひとりくらい人数が増えても問題ないため、司令官の言葉にうなずく。
ただ、黒騎士は少し悩むような仕草をした後に司令官へ声をかける。
「私も大丈夫ですが……少し船長とふたりで相談させていただいてもいいですか?」
「あ、ああ……かまわないよ」
司令室から司令官が出されることなど初めてなのだろう。
戸惑いながら司令官が部屋から出て、俺は黒騎士と2人になる。
黒騎士は扉が閉まると同時に俺へ1度頭を下げてきた。
「船長、すみません。先ほどの場所はフェイクで、こっちが本当に行ってほしい場所です」
「ここへ!? 無理ですよ!!」
黒騎士が示した場所はハワイのカウアイ島の近くだった。
俺の巡視艇は小型のためで向かっても帰るどころか、着くことさえ不可能だ。
「まだ基地には俺の船よりも大型のものがあるため、それなら可能だと思いますよ」
「あなたの船以上に大きくなるとモンスターに狙われて危険です」
「……そうなんですか?」
軍艦が簡単に沈んでしまうモンスター相手に小さな巡視艇で何ができるのか考えてしまう。
現に、この基地からも討伐戦へ出撃しており、撃沈したという連絡を受けている。
(この航路……俺の船でどうしろというんだ……)
長距離移動を考えられた船ではないため、黒騎士の要望に応えられそうにない。
断腸の思いで再び不可能だと口にしようとした時、黒騎士は笑いながら話をしてくる。
「俺のスキルで船の速度が上昇します。それでなんの問題もありません」
「そんなスキルが!?」
「ええ、移動速度上昇というスキルがあるので、安心してください」
黒騎士の言葉に偽りはないように感じる。
それどころか自信を持って言っており、俺の不安を気にしていない様子だった。
「そこまで言うのならわかりました……準備を行います」
「ありがとうございます」
「巡視へ行ったばかりなので、点検等で時間がかかると思います」
「わかりました。準備ができた頃に船へ直接向かいます」
当たり前のように整備が終わったら船に来ると言うので、黒騎士へ苦笑いを向ける。
複数の点検や整備は、俺でも正確に終わる時間がわからない。
「連絡をしなくてもいいんですか?」
「ええ、わかるので大丈夫ですよ」
黒騎士は当たり前のように俺へ言葉を返してきていた。
そこまで言うのなら黒騎士の言うことを信じて、俺は船を出せるように準備を行うことにする。
「わかりました。それではまた後で」
「はい。また」
早足で司令室を出て、司令官に何を話したのか聞かれる。
しかし、俺は船の準備を行うために最低限の返答のみを行い、船へ向かった。
数時間後、完璧に船の整備が終わった直後、黒騎士は知っていたかのように船へ乗り込んできた。
その姿を見て、俺の不安は払拭され、カウアイ島へ向けて出港する。
港を離れてからすぐに黒騎士が俺へ近づいてきた。
「船全体に放送ってできますか?」
「ああ、これでできるが……」
俺は近くにあるマイクの出力ボタンを押して、黒騎士に渡す。
マイクを持った黒騎士は、意気揚々と言葉を出し始める。
「これより超高速運行を行います。船から振り落とされないように、船の中でなにかにつかまってください」
マイクを俺へ返してきて、舵へ手をそえる。
「ぐぅ!!??」
その瞬間、強力な重力が体を押さえ付けてきた。
速度メーターは200ノットを超え、さらに加速している。
「苦しいと思いますが、少し我慢してくださいね」
黒騎士は微笑んで話しかけてきているのか、上機嫌な口調で俺へ言葉をかけてきていた。
体を自由に動かすことができない環境で、黒騎士は普通に操縦をしている。
(そうだ……黒騎士は化け物だった……)
俺は後どれだけ耐えればいいのか聞くタイミングを逃し、永遠とも思える時間を過ごすことになった。
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