全国大会編⑬~WAO会議~

(あいつはなんというタイミングで現れるんだ……)


 この国で防衛大臣の制止を脇目も振らずに振り切ることができる人間はあいつくらいだと思う。

 渡された封筒を持つ手が震えてきて、背中から冷や汗が噴き出てきた。


(それにしても、飛行機の中というのはどういうことだろうか……)


【目的】だった黒騎士を逃がしたことを残念そうに、防衛大臣はため息をつきながら椅子に座る。

 防衛大臣は苦笑いをしながら俺へ話しかけてきた。


「篠原ギルド長、彼はいつもあんな感じなのかね?」

「そうですね。基本的に用件しか伝えてきません」


 よほど急用なことなのか、防衛大臣は俺がここにいるという確認の連絡を1度してきただけでここに来た。

 俺がこの方を対応していることを佐々木でも知らないため、佐藤は【偶然】現れたのだろう。


 防衛大臣は最小限の護衛だけを連れてきて、この部屋には入れていなかった。

 その護衛たちに佐藤が止められることなく入ることができたことを考えると、黒騎士関連のことで防衛大臣がここへ来たのは間違いない。


「……そうか。その中身は?」

「飛行機の中で確認します」

「私が開けろと言ったら?」

「申し訳ありません。開けられません」


 防衛大臣は俺の答えが予想外なのか、一瞬驚いてそれ以上言うことはなかった。

 俺は自分の机に封筒を置いて、防衛大臣と向かい合うように座り直す。

 防衛大臣はテーブルの上で手を組みながら、俺を見てくる。


「篠原ギルド長、WAO……世界冒険者協会の会議に私と一緒に出席してほしい」

「WAOですか? 会長は?」

「今回は会長ではなく……私は同行者としてきみを指名したい」

「私を……黒騎士のことで何かあるんですか?」

「それは言えない……」


 防衛大臣は図星なのか、眉をひそめて黙ってしまう。

 俺がWAOの会議に出ることを予想して、佐藤は封筒を用意していたようだった。

 会議に出ることよりも、佐藤の行動の方に戸惑いを覚えてしまう。


(俺が今初めて言われたことをあいつは事前にわかっていたのか!?)


 自分の手の震えが全身に伝わりそうになってしまった。

 なんとか抑えながら、防衛大臣の言葉へ返答を行う。


「わかりました。会議に出席します」

「本当か!? 緊急な会議のため、今夜出発しなければならないのだが……大丈夫か?」

「もちろんです。時間を教えてください」


 今回行われるWAOの会議は、本部のある合衆国で行われるようだ。

 防衛大臣はまだやることが残っているため、1度東京に戻ると言っていた。


 飛行機などの移動手段は確保されており、指定された時間になるとギルドへ迎えが来る。

 順調に車や新幹線で移動を行い、封筒を持ったまま飛行機に搭乗することができた。


 飛行機の席はビジネスクラスが用意されており、合衆国まで快適に過ごせそうだ。

 俺は佐藤に言われた通り、飛行機の中で渡された封筒を開封する。


「これは……」


 そこには半分に折られた紙が数枚入っており、これから行われる会議の議題や、俺の発言するべき内容が詳細に書かれていた。

 さらに、表紙に英語で国名が書かれている小さな封筒が多数入っている。


 紙を読み進んでいたら、衝撃の一文が目に飛び込んでくる。


【言い終わってから3時間以内に飛行機へ乗らないと、あなたは長期間監禁されて殺されます】


(死ぬだと……? しかし、この内容を考えれば……)


 今の自分には封筒の中身を熟読し、漏れがないようにすることだけしかない。

 他にも封筒に何か入っていないか確認をしてから合衆国へ着くまで寝ることにした。



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 WAOの会議は俺を待っていたかのように、防衛大臣の横に指定された席へ座った瞬間に始まった。


 周りを見たら、冒険者協会に加盟しているほとんどの国が会議に参加している。

 耳に翻訳機を付けて、議長の言葉を注意深く聞き始めた。


「それでは、現在世界中の海を暴れまわるモンスターの対策会議を始めます」


 急いでいるのか、議長の簡単なあいさつで会議が始まる。

 会場に掲示してある時間を見たら、佐藤の書いてあった時間通りに始まってしまった。

 俺は佐藤が託してくれた紙を何度も読み直しながら会議を見守る。


「まずは、こちらをご覧ください」


 席の真横に設置してあるモニターに映像が流れ始めた。

 そこには軍艦が謎の攻撃を受けて沈没する様子が映されており、息を飲んでしまう。

 しかし、ある時を境に俺だけが眉をひそめて画面を見つめていた。


(佐藤……黒騎士が救助活動を行なっている……)


 突然、空から現れた黒騎士が謎の攻撃を受けつつも、破壊された船の残骸に飛び移りながら救助活動をしている。

 海の中からも人を助け出しており、佐藤が救援ボートへ人を乗せ始めたら、この場の雰囲気が明るくなり始めた。


(もう少しで防衛大臣が指名されて、俺の話す時間がくる……)


 俺は手元に置いてある佐藤のメモの最終確認を行い、この後に行われる議題に備える。

 映像で、佐藤が雷のような塊を大量に海へ叩き付けた時に、歓声のようなものが沸き起こった。

 そこで動画が終了して、議長が行うために口を開き始める。


「彼の迎撃により、この領域モンスターは現れなくなり、数隻の軍艦が無事に帰還することができました」


 佐藤が行なった救助活動やモンスターを追い払った行動などを称賛している。


「彼には是非、このモンスターを討伐するための連合軍に参加してもらいたい」


 それに同意するように、各国の出席者が拍手を行なっていた。

 拍手が鳴り終り、議長から黒騎士が所属していると思われている日本の防衛大臣に発言が求められる。

 防衛大臣は冷静に俺を立たせながら議長へ顔を向けた。


「黒騎士については、彼のみが連絡を行うことができるため、彼に発言をさせてください」

「許可しよう」

「ありがとうございます」


 俺が議長に指名されたので、国名が書かれた封筒を配るために説明を行う。


「まずはこの封筒の配布をお願いします。合図をするまで開けないでください」


 会場中は騒然としながらも、大量の封筒が各国の出席者に届けられた。

 俺は意を決して、台本通りの言葉を口にする。


「それでは、その封筒を開けてください。書かれている数字は、各国のモンスター研究所や、それに付随する施設の総数です」


 それらの施設の存在は各国の中でも特にシークレットな情報となっており、すべてを知る人間の方が圧倒的に少ない。

 話をしている途中、封筒を勢いよく破る音がいたるところから聞こえていた。


 国内でも極秘にしていることを佐藤がどうやって調べたのか見当もつかない。

 俺も知っていると考えられた場合、他の国はなんとしても俺から情報を引き出そうとすると考えられる。


 そのため、できるだけ早くこの国から出る必要があるのだろう。

 周りにいる人の表情を見る限り、おそらく書かれている数字に間違いはないようだ。

 

 俺は数字を見ながら絶句している集団に対して、モンスター討伐に対して佐藤が提示してきた条件を伝える。


「まず、それらの施設すべての閉鎖が黒騎士の参加する最低条件になります」


 横に座る防衛大臣の手元にも封筒があり、なんてこと言っているのだと戸惑うような表情で俺を見ていた。

 他の国も同様に、この条件が認められないのか大量の野次が飛んでくる。


「この【最低条件】が受け入れられないのであれば、黒騎士はモンスター討伐に参加しません。以上です」

「こんなこといきなり言われて受けいられるわけないだろう!!」


 各国の代表者が同じようなことを俺へ向かって叫び始める。

 信じられないような気持ちを抱きつつも、平然を装って口を開く。


「そうですか。それでは、黒騎士は一切の活動に参加いたしません。失礼します」


 こうなった場合の対応も書いてあったため、俺は会場を出るために出口へ向かう。

 もちろん、俺を止める声が聞こえてきても、すべてを無視して歩き続ける。


「待ちたまえ。今、最低条件と言ったな、他の条件も聞かせてほしい。判断はそれから行う」

「わかりました」


 議長からの言葉で、すべての国が佐藤の条件を聞く姿勢を整え始める。

 俺は席に戻って用紙に書かれた条件を読み始める。


「討伐は黒騎士ひとりで行います。また、成功した場合、世界を救う偉業を行なったと考えられるため、【Rank8】の冒険者として登録をしていただきたい。質問は一切受け付けません、彼が必要になった時に回答をお願いします」


 佐藤からの要求を言い放って、足早に会場を後にする。

 今度は、議長や他の参加者は俺を止めるために何度も呼び止めてきたが、絶対に立ち止まらない。


(これから3時間以内に俺はこの国を出なければならない!)


 荷物も最低限の物以外は捨てて、このまま空港へ向かえるように準備をしていた。

 会場周辺でタクシーを捕まえて、空港へ向かうように指示をする。


 自分が死ぬということを紙に書かれていたが、俺は冷静に会議中対応することができた。

 佐藤は俺が死なないようにどのように行動すればいいのかまで、対策を用意してくれていたためだ。


 俺は事前に取得していた航空券を使用して、飛行機へ搭乗する。

 WAOがどのような判断を下すのかもう俺の図るべきことではない。


 胸ポケットに入っている用紙を思い出し、もう1度中身を見る。

 今日起きたことがすべて詳細に書かれており、終わった後に見たらまた冷や汗が出てきた。


(佐藤はどこまで知っているのだろうか……)


 佐藤が戦うことだけを考えていると思っていたため、今回のようなことをいつ準備していたのか疑問を持ってしまう。

 ただ、それに助けられたのも真実なので、これ以上このことを考えるのを止める。


 来た時よりも開放的な気分になり、日本へ着くまで寝ることにした。

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