全国大会編⑩~谷屋絵蓮の葛藤~
何羽いるのか分からないコカトリスの群れの中へ突っ込み、最後まで抵抗をしたが結局は殺されかけてしまった。
その後も、自分が死ぬぎりぎりのところで佐藤くんに治してもらうということが数回あった。
「まあ、初日はこんなもんですね」
「ハァ……ハァ……ハァ……」
佐藤くんはコカトリスの解体を行い、バスへ積み込む準備をしていた。
体力を限界まで酷使した私は、地面へ座り込み自分の体を眺める。
腕や足を何度も欠損をしたはずなのに、今は何事もなかったかのように元通りになっていた。
(こんなことって……)
質問を行う元気が無くなってしまい、佐藤くんに視線を移す。
佐藤くんは無駄な動きや手こずることなく解体を行なっていた。
解体がすべて終わり、夜になりかけた頃に大型トラックと普通車がやってきた。
大型トラックの荷台が開くと、コカトリスの積み込みが始まる。
「絵蓮さんはもう中で休んでいてください」
「これを入れるんでしょ? 手伝うわよ」
手伝うために立ち上がったら、佐藤くんが車へ乗るように言ってきた。
コカトリスの羽毛や肉を大量に抱え込んだ佐藤くんが足を止めて笑ってくる。
「そんなに体力があるなら、明日に残しておいてください」
「……明日も……やるの?」
「絵蓮さんが花蓮さんに勝てなくていいならやりませんけど」
「…………少し考えさせて」
「中で待っていてください」
私はうながされるまま車へ乗り込み、佐藤くんの作業が終わるのを待つ。
荷物の積み込みが終わってから大型トラックが出発する。
佐藤くんが乗ってきてから車が出発した。
出発してから間も無く、佐藤くんが背負っていたリュックの中から1枚の紙を差し出してくる。
「絵蓮さん、これでスキルを確認してみてください」
「スキルを?」
自分のスキルがほとんど上達しなくなってからスキルを計ってこなかったため、少しわずらわしく思ってしまう。
車に乗っている最中にやることもないのでスキルシートを受け取った。
(こんなことを一日やったところで……まあ、諦める材料にはなるわね)
これで何の成果もなかったら、もう二度とこんなことをしなくてもよい。
私は結果が出た後に佐藤くんへ断るための言葉を選びながら作業を始める。
熟練度Lvまで詳細にわかるものだったので、解体用のナイフの先端を指に当てる。
スキルシートに血を染み込ませて、文字が浮かび上がってくるのを待つ。
シートに表示されたものを見て、自分の目を疑ってしまう。
◆
スキル
体力回復力向上Lv8
攻撃速度向上Lv4
剣熟練度Lv
挑発Lv5
バッシュLv
ブレイクアタックLv5
メイス熟練度Lv3
身体能力向上Lv3
ヒールLv2
◆
「嘘!?」
今日だけで4つもスキルが増えている。
その成果が受け止められず、スキルシートを眺めたまま固まってしまった。
「ねえ、絵蓮さん」
呆然としたまま声の聞こえた方向を向くと、真剣な表情で佐藤くんが声をかけてきている。
事実を受け止められないまま、佐藤くんの顔を見つめてしまった。
彼は悪魔的な笑みを浮かべながら、提案をしてくる。
「明日はやりますか? やりませんか?」
「……続ければ花蓮に勝てるようになるの?」
「それは絵蓮さん次第ですよ」
「…………」
今日のようなことを続けされられたら心が壊れてしまうかもしれない。
何度も死にかける体験をして、何度も気持ちが折れてしまいそうだった。
(私は……どうしたらいいの……)
佐藤くんの言葉に答えられないまま、車がギルドに到着してしまった。
私が出ずにいると、佐藤くんが車を降り始める。
「荷物は俺が処理しておくので、絵蓮さんは受付で手続きをお願いします」
「え、ええ……」
戸惑っている私を気にすることなく、佐藤くんは先に着いていたトラックから素材を運び出していた。
私も最低限言われたことを行うために車から出る。
受付へ向かっている途中で、コカトリスの素材を運んでいた佐藤くんが話しかけてきた。
「さっきの返事は夜でもいいので、考えておいてください」
「……ありがとう」
佐藤くんに声をかけてから無意識で足を動かして、受付へ向かっていた。
晴美ちゃんのいる場所まで着くと、辛うじて手続きをやり始める。
「晴美ちゃん、佐藤くんとの討伐が終わったから処理をお願い」
「わかりました…………絵蓮さん、大丈夫ですか?」
「ありがとう、私は大丈夫だから」
晴美ちゃんが不安そうに私をうかがいながら、端末の操作をする。
作業中に素材所からの資料が届くが、紙を見たまま晴美ちゃんが停止してしまった。
硬く絞った口が開かれ、声をひそめるようにしながら私へ伝えてくる。
「コカトリスの討伐数が137羽で、素材が全部で100体以上になります」
「……は?」
その後に素材の量が多すぎるため、詳細な金額は数時間してから連絡があると言われてしまった。
推定の合計金額を伝えられて、私は冷静に対処することができない。
様々なことが起こりすぎたため、今日はもう帰ることにした。
「晴美ちゃんごめん……今日はもう帰るね……」
「わかりました……本当に大丈夫ですか?」
「うん……心配させてごめんね」
「はい……」
晴美ちゃんは私を気遣いながら見送ってくれた。
外はもう夜になっており、自分の中の気持ちの整理を行いながら帰路につく。
どのように家に着いたのか思い出せないほど考え込んでしまっていた。
玄関を開けたら、リビングでは花蓮がテレビを見ながらくつろいでいる。
花蓮は私の姿を見て、笑顔で出迎えてくれた。
「おかえり」
「……ただいま」
私が自分の部屋へ戻ろうとした時、花蓮がリビングから廊下へ顔を覗かせながら話しかけてくる。
「お姉ちゃん。明日、真央さんと一緒に伊豆高原へ行こうと思っているだけど、一緒に行く?」
「え!? 真央が伊豆高原へ行くの!?」
真央がクラスメイトの大半を失った、忌まわしい記憶のある伊豆高原。
そこへ真央が行こうとしていた。
詳しく聞くために立ち止まり、花蓮の目を見つめる。
「真央さんが行きたいんだって、レッドベアにも挑戦するつもりみたいだよ」
「そんな……」
伊豆高原で発見されて、出現方法が確立された【レッドベア】。
グリズリーの上位個体で、グリズリーよりも大きな体で赤褐色の毛で覆われている。
数体のグリズリーと共に現れる伊豆高原の強敵。
真央の同級生もこのレッドベアによるものと断定されていた。
(名前を聞くだけであんなに震えていた真央がそんなことを言い出すなんて……)
あの事件直後の真央を知っているため、真央が挑戦しようとしていることの重要性が十分理解できる。
(真央は自分の手で過去に決着を付けに行くのね)
その強さの根源はおそらく、佐藤くんにあると思われる。
(そういえば、花蓮は彼と会ってから長いはず……今日の私と同じようにあんな訓練をしたの?)
花蓮が急成長したのも佐藤くんと会ってからなので、彼との関係を知りたくなった。
私が何を言わないのを不思議に思ったのか、リビングにいた花蓮が近づいてきていた。
「お姉ちゃん?」
「花蓮は佐藤くんとよくモンスターを狩りに行くの?」
「なに? 急にあいつの話?」
「教えて」
花蓮の瞳から目を離さずに、どうしても教えてほしいという気持ちを視線に込める。
私に見つめられていた花蓮は、ため息をついた後に眉をひそめながら口を開いた。
「大会の前はほとんど毎日行っていたよ……それがどうかしたの?」
「つらくは……なかった?」
私の言葉を聞いた瞬間に、花蓮が目を見開いて私へ詰め寄ってくる。
その勢いに、思わず私は後ろへ身を引いてしまった。
「辛くない日なんてないよ! 毎回毎回、常にぎりぎりを求められるの!」
「でも……それで強くなったんだよね?」
「……まあ、それは感謝してるけど」
花蓮の言葉で決心することができたので、すぐに連絡をしたくなる。
「明日はふたりで行ってきて、私は大切な用があるからいけないの」
「うん……わかった……」
「おやすみ、花蓮」
花蓮との話を終えて、私は自分の部屋へ足早に戻る。
着替えや荷物を置く前に、スマホを取り出して佐藤くんへ連絡を入れる。
スマホを持つ手が震えて、胸の鼓動が高鳴ってくるのを感じた。
いくら電話をかけても出てくれないので、メッセージを送ることにする。
【明日もお願いできるかな?】
こんなに胸を躍らせながら相手のことを考えて連絡を待ったことがない。
なんとも言えない昂揚感を覚えながら荷物の整理や着替えをした。
(今まで私へ強くなるための道を示してくれる人は、まったくいなかった)
小さな頃から剣を扱うことなら簡単にできてしまってきたため、私へ熱心に指導をしてくれる人と会ったことがなかった。
バッシュのスキルも中学入学直後に習得してしまい、戦闘訓練も同等の相手を見つけられないことが多い。
騎士大学校まで行っても、今までと同じように他人から一線を引かれていた。
(でも、彼は違う……私へ強くなるための方法を提示してくれている……)
私は自分よりもはるかに小さい少年に頼り切ってしまってもいいか葛藤していた。
しかし、花蓮や真央、佐々木さんたちは彼に師事してきたのだろう。
(そんな彼が私だけを見てくれるなんて、幸せなことなんだ……)
この機会を逃さないために、彼からの連絡を部屋にある机にスマホを置いて待ち続けている。
私がメッセージを送ってから1時間程度過ぎてから、見守っていたスマホが震えた。
画面をタップしたら、メッセージが送られてきている。
【先輩、なにかあったんですか?】
(なんだ……真央からか……)
メッセージは真央から来ており、少しでも安心させるために電話をかける。
数コールしてから真央が電話に出て、私を伺うように声を出してきた。
「先輩、今、大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫よ。どうしたの?」
真央は晴美ちゃんから私の様子を聞いて、電話をしてきたようだった。
(ギルドにいた時はまったく頭の中の整理ができていなかった)
今は逆に晴れやかな気分になっているため、笑みを交えながら真央の対応を行う。
真央は最初こそ私を気遣うように話をしていたものの、最後には明るい声になってくれた。
電話を切ってからスマホを見ると、1件のメッセージが受信されている。
私は急いでそれを確認したら、胸のトキメキが抑えられなくなってきた。
【明日も今日と同じ時間に修練場の前で集合をお願いします】
こんなに嬉しいメッセージを貰ったことがないため、スマホを胸に抱いてベッドへ寝転がる。
(明日は今日よりも刺激的な1日になる確信があるわ!)
そんな思いを胸に秘めて、私は眠りについた。
寝る直後に、冷たい目で私を切りつける佐藤くんのことを思い出してしまう。
(ああ……一也様……私は全力で頑張るので、明日はもっと……もっと強くお願いします……)
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