全国大会編⑨~富士山渓谷フィールド逃亡戦~
目の前が暗くなり、意識が落ちそうになった時、私の体が緑色の光で包まれた。
「ホーリーヒール」
腹部の痛みが引き、失いかけていた視界が急に鮮明になる。
手で刺された場所を確認しても、先ほどまでの致命傷が嘘のように消えていた。
しかし、傷を押さえていた手は血に染まり、刺された事実が現実であることを認識する。
私は心の底から湧きあがる怒りを抑えることなく、黒い剣を持つ佐藤くんに棍棒を構えた。
「私を殺すの!? どうやって傷を消したわけ!?」
肩で息をしながら棍棒を握りしめて、佐藤くんの姿を見すえる。
私に剣を刺したことなどなんの問題でもないように、佐藤くんは平然としていた。
「早く逃げないとまた同じようなことが起こりますよ。全力で俺から逃げて、攻撃を防いでください」
「最終的に私を殺す気でしょう!? 私から剣を取り上げたのはこれが理由!?」
「それを使いこなせば強くなれますよ。後、おにごっこなので、さっきのは捕まった罰ですよ」
「こんな棍棒使っても強くなれるわけないじゃない!! 私の剣を返しなさい!!」
佐藤くんが意味の分からないことを言って、一向に私へ剣を返さない。
そんな時に、渓谷フィールドの方から足音が聞こえてくる。
全長2mほどのコカトリスがこの入り口まで来ていた。
おそらく、血のにおいや私の叫び声で呼んでしまったのだろう。
(佐藤くんとコカトリスの両方から身を守らなくてはならない)
私がどう行動するか悩んでいたら、佐藤くんが動き出した。
何をされても対処できるように後方へ跳んで距離を取る。
「一刀両断」
私の目の前で繰り広げられたことは世界中の誰もができそうにないことだった。
佐藤くんは振り上げた剣をコカトリスの真上から振り下ろし、コカトリスを半分に切った。
歩いてきていたコカトリスは自分のされたことがわからないのか、地面でじたばたした後に絶命する。
(こんな芸当、黒騎士様でもできるかどうか……)
花蓮よりも小さな男の子が自分の倍ほどあるモンスターを切り捨てている。
この光景を間近で見た私でも本当かどうか疑ってしまう。
縦半分に切られたコカトリスに目を奪われていたら、佐藤くんのことが頭から抜けていた。
急に横に気配を感じたため、思わず後ろへ足が引いてしまう。
「その【メイス】を使いこなせば、絵蓮さんも今と同じようなことができるようになりますよ」
「本当にこんなことができるようになるの?」
「もちろんです」
「…………いいわ。あなたの言う通りやってあげる」
「それと、俺に攻撃をされた時は、傷がふさがるように祈り続けてください。では、カウントを始めます」
佐藤くんが再び数字を言い始めたので、私は渓谷内へ向かって走り出す。
もうカウントが終わったのか、佐藤くんもフィールド内へ来ていた。
数体のコカトリスが立ち塞がってきたが、なんとかメイスを使って自分が通れるスペースを確保しようとする。
「どいて!!」
コカトリスの頭部を狙ってメイスを振るう。
しかし、私のメイスを気にする様子もなく、コカトリスが近づいてくる。
背後からは佐藤くんも追ってきており、私は前に進むしかない。
コカトリスをどかすことができないので、避けて佐藤くんから逃げようとした。
ただ、コカトリスはその巨体を俊敏に動かして私へくちばしで攻撃をしてくる。
「捕まえた」
その声と同時に私の右足に痛みが走った。
倒れるのをなんとか堪えるものの、この場所から動けそうにない。
コカトリスはそんな私へ容赦なく襲いかかってきていた。
右足を庇いながらなんとかメイスを振ってコカトリスを自分から遠ざけようとする。
私のメイスはコカトリスに避けられてしまい、くちばしで左肩をえぐられた。
佐藤くんに言われた通り、半信半疑だが傷が治るように祈る。
「絵蓮さん!! 祈ってください!! 体を治してください!!」
「祈っているわよ! 本当に治るの!?」
「治ります! 治しながらコカトリスと戦ってください!」
負傷した状態で2羽のコカトリスを相手にしつつ、佐藤くんの無茶な要求に応えなければならない。
祈るだけで傷が治るのなら、支援学校でスキル書を勉強している人たちが不憫だ。
ただ、今すぐに足をなんとかしないとコカトリスと戦うことすらできない。
(治って……お願い!!)
私の祈りが届くことはなく、痛みが引くことはなかった。
コカトリスの翼に叩かれて、地面に打ち付けられる。
別のコカトリスが地面で伏せていた私の上で足を振り上げていた。
私の両足から骨が折れるような音が聞こえた後、下半身の感覚がなくなってしまう。
フィールドで悲鳴を上げると別のモンスターを呼んでしまうため、声を抑えようとして必死で唇を噛みしめた。
かろうじて目を開けたら、私の頭上からコカトリスが覗いてきている。
私の胴体がつつくようにむさぼり始められ、全身に絶え間なく激痛が襲ってきた。
メイスを振ろうとするものの、腕の肘から先が無くなっている。
頭部も突かれて右の視界が無くなり、力がまったく入らなくなってきた。
「もう死にそうなんですか。弱いんですね」
私の足元から落胆したような声が聞こえ、コカトリスの首が切断される。
両脇にコカトリスが倒れて、佐藤くんが私を見下ろしてきた。
「もっと頑張ってください。次、行きますよ」
私の体が緑色の光に包まれると、無くなっていた視界や腕が元に戻る。
あんな状態から回復をする魔法のことを見たことや聞いたこともないので、質問をしようと佐藤くんへ顔を向けた。
「いーち、にーい──」
「くっ!? この!!」
私が言葉を放つ前に、佐藤くんが笑顔でカウントを始めている。
私は反射的に地面に転がるメイスを持って、佐藤くんから離れた。
(もうあんな思いは嫌だ!!)
コカトリスよりも佐藤くんのことが怖すぎて、逃げるためにその場から全力で走り始める。
私の走っている方向にまたもコカトリスが数羽現れるものの、囲まれる前にメイスで道を空けた。
何度も観察をしたおかげで、コカトリスの攻撃パターンを把握できていた。
そのおかげで今回は、囲まれずに突破することに成功する。
だが、その先にはコカトリスの群れがおり、私は足を止めそうになってしまう。
後ろからは私がすり抜けたコカトリスを切り捨てて、佐藤くんが無表情で走ってきていた。
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