全国大会編⑧~絵蓮の特訓~

 私の剣が佐藤くんの体をすり抜ける。

 直前まで当たると確信した攻撃の手応えがまったくなく、私の剣は空を切るだけだった。


「え!?」

「油断しちゃだめですよ」


 その声と共に私は背中に押されたような衝撃を感じて、地面へ崩れてしまう。

 なにが起こったのか分からず、倒れたまま後ろを振り返る。


 そこには剣をだらりと下へ向けて、無表情で私を見ている佐藤くんがいた。

 地面に座っている私へ顔を向けたまま何も言わない。


(佐藤くんは……いったいなんなの!?)


 大会の時に花蓮と戦った時でさえ、剣で防御することはできた。

 一振りしかしていないが、剣を合わせることさえできなかった相手に恐怖を覚え始める。

 佐藤くんを見つめたまま動けずにいたら、佐藤くんが軽く苦笑いをしてきた。


「もしかして、もう終わりですか?」


 今まで私が倒してきた相手に言ってきたような言葉を初めて言われてしまう。

 自分でもわかるほど頭に血が上ってしまい始める。


「まだ終わりじゃないわ!」


 何度言われたのか分からない台詞を私も口にしながら、佐藤くんへ立ち向かった。

 しかし、何度剣を振っても剣にさえ当てられない。


 すべて躱されてしまい、佐藤くんは最後まで表情をまったく変えなかった。

 剣を振れなくなった私は、手を膝に当てたまま動けなくなってしまう。

 佐藤くんが私へ近づき、見下ろすように見てくる。


「花蓮さんと比べて体力と身体能力が未熟ですね」

「ハァ……ハァ……」


 他にも私の欠点を指摘し続けてくる。

 その中に私の心配をするような言葉は一言もなかった。

 息が整い、なんで佐藤くんがこんなに動けるのか聞こうとしたら、剣を奪われる。


「ちょっと!?」

「絵蓮さんはしばらくこれを使ってください」


 佐藤くんがそう言いながら、リュックの中から出した黒い棍棒のようなものを握らされた。

 反論をしようとしたら、逆の手に帰還石を持たされる。


「何をする気!?」

「時間が惜しいのでギルドまで飛んでください」


 佐藤くんが淡々と私の手にある帰還石を強制的に発動させてきた。

 こんなことされたことがないので、驚きと戸惑いで何もできない。

 ギルドへ移動させられた私は、同じように移動してきた佐藤くんに石を回収される。


「手続きをしてくるので、しばらくフロアで待っていてください」


 もう何がなんだかわからなくなったので、椅子に座りならがギルドのフロアで待っていたら、複数の人から声をかけられてしまう。

 遠巻きに見てくる好奇の視線が気持ち悪く思える。


 耐えられなくなったので、私が建物から出ようとするために立ち上がった。

 すると、不思議そうな顔をしながら佐藤くんが受付から戻ってきている。


「あれ? 絵蓮さん、どうかしたんですか?」

「……リフレッシュするために外へ行こうと思っただけよ」

「じゃあ、そのままバスに乗ってください。後10分で出してくれるみたいです」

「どこかへ行くの?」


 佐藤くんに付いていくようにバスへ向かいながら、彼の表情をうかがう。

 私のことなんて一切気にかけることなく、佐藤くんはバスへ歩き続けていた。

 こんな扱いをされたことがないため、慌ててしまった。


「なにをするのかくらい教えて!」


 棍棒を両手で握りしめながら大きめの声で佐藤くんに訴える。

 佐藤くんは片足をバスへ乗せながら、軽く散歩にでも行くように頬を上げていた。


「コカトリスのいるフィールドへ行きます。討伐手続きも済ませているので安心してください」

「コカトリス……今からモンスターと戦いに行くの!?」

「そうですよ。早く乗りましょう」


 棍棒しか持っていない状態でモンスターと戦いに行くのは考えられない。

 さすがに行くのを断ろうとした時、脳裏に剣1本だけを持って京都で戦っていた花蓮を思い出した。


(花蓮も防具を着けずに戦っていたわね……)


 私が持っている武器は棍棒だが、彼の言う通りなら強くなるために必要なことなのだと思って割り切った。

 覚悟を決めてバスへ乗り込むと、佐藤くん以外には乗っていない。


 隣に座るのは気が引けるので、通路をはさんだところの座席に腰をかける。

 棍棒を窓際に立てかけるように置き、外を眺めている佐藤くんを見た。


「花蓮も同じようなことをしていたの?」

「花蓮さん【たち】はもっと弱かったので軽いことからやりましたが、絵蓮さんは強いのできつめな特訓をする予定です」

「……それで全国大会までに花蓮に勝てるようになる?」

「絵蓮さん次第ですよ……僕は着くまで寝ていますね」


 彼が体を伸ばしながらあくびをした後、数秒もしないうちに寝てしまったようだった。

 腕を組みながら座席にもたれると、もう寝息を立てている。


(モンスターと戦う前なのに、なんでこんなに緊張感が無いの!?)


 モンスターと戦うという行為は死に繋がることがとても多い。

 自然を相手にしていることなので、なにが起こっても自己責任である。

 自分が万全の警戒をしていても、桜島の時にはフィールドが牙を向けてきた。


(少なくとも私は、戦う前に寝るような神経を持つ冒険者を見たことがない)


 剣の柄が出た状態で通路側の座席にリュックを置き、気持ちよさそうに寝ている佐藤くんがいる。

 私はバスが出発してからも緊張を解くことができず、これから起こることに不安を覚え始めた。


 結局、佐藤くんはバスがフィールドに着くまでずっと寝ていた。

 私は風景を見ながらちょっとでも気持ちを落ち着かせようと努力していた。

 しかし、モンスターを相手にするのは京都以来なので、やはり気持ちのざわつきを取ることができない。


 バスが停止すると、寝ていたはずの佐藤くんが私に脇目も振らずバスを降りていこうとしている。

 着いたと声をかけようとしていた私は、突然動き出した佐藤くんに理解が追い付かない。


「時間が惜しいので出ましょう」

「え、ええ……」


 言われるがままに降りたら、ほどなくしてバスが帰ってしまった。

 呆然とバスを見ている私へ、剣を抜いた佐藤くんが近づいてくる。


「安心してください、夕方になったらまた来てくれます」

「夕方って……まだ10時前なんだけど、何時間戦うつもりなの!?」

「昼休憩以外の時間です。花蓮さんはそれくらい平気で戦えますよ」

「嘘でしょ……」


 モンスターと戦い続ける花蓮を思い出そうとすると、京都での一幕が脳裏にちらつく。

 巨大な鬼の大軍に対して一歩も引かず、剣を振るい続けた花蓮。


(花蓮に勝つためにここにきているのだから、佐藤くんの言う通り戦い続けてみよう)


 私が決意をして棍棒を片手に渓谷内へ入ろうとした時、信じられないような言葉が聞こえてきた。


「今からおにごっこを始めます」

「え?」

「10秒後にスタートするので、逃げてください」

「何を始めようとしているの!?」


 佐藤くんがいきなりカウントを始めるので、説明を求めた。

 ただ、私が何を言っても取り合ってくれず、カウントを止めない。


 ゼロになってから、佐藤くんが黒い剣を後ろに引いた。

 殺気を感じ、とっさにその場から離れようとする。

 

「捕まえた」


 その声と共に、私の腹部に激痛が走り、立っていられなくなってしまった。

 自分のお腹を見ると、血が溢れるように出ており、腸のようなものまで見える。

 痛みで声を出すことができない私を佐藤くんは軽蔑するような目を向けていた。


「反応が遅すぎます。後、なんで逃げないんですか?」


 必死でお腹を押さえて血を止めようとしても、手の間から血が溢れ続けている。

 私は何を言うこともできず、私のお腹を剣で刺した相手をにらみつけた。


「その状態でその目ができるなら大丈夫そうですね」


 死ぬ寸前の私へ、意味の分からないことをこいつは言い始めた。

 声は出ないものの、自分を剣で刺してきた相手へ何もできない悔しさで涙が出てくる。

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