全国大会編⑤~陰陽師の実力~
朝のHRが終わってから放課後まで明の周りには人が集まり、質問攻めにあっていた。
その光景を自分の席から眺めていて、聞かれている内容が耳に入ってくる。
「どこかで見たことがあると思ったら、京都で佐藤くんと一緒に馬に乗っていたよね!?」
「本当に京都から佐藤くんを追いかけてきたの!?」
「佐藤くんとどういう関係!?」
明というより、俺関連のことを中心に聞かれているような気がする。
明はそれらの質問へにこやかに言葉を交わしながら答えていた。
さっきまで隣にいたレべ天は、放課後になった瞬間逃げるように部室へ走って向かった。
クラスメイトで明と話をしていない集団が、昨日の会見について話をしている。
ただ、すべて他人事で自分には関係ないように感じているようだった。
(海路が使えない影響は日常生活に直結すると思うんだけど……)
自分でお金を払って生活をしていないからそこまで考えられないのだろう。
弓道場へ向かうために荷物を持とうとしたら、誰かが俺へ近づいてきた。
「一也さん、部活へ向かわれるんですか?」
「ん?」
明が手に荷物を持って俺の机のそばまで来ており、後ろにはクラスメイトが緊張した面持ちで立っている。
リュックを担いでから明に目を向けた。
「そうだけど、どうした?」
「一緒に行ってもいいですか?」
「俺の部活は弓道部だけど、他のは見ないの?」
「あなたがいない部活には興味がありません。それに夏美もいるんですよね」
俺と明の会話を聞いているのか、明の背後から黄色い歓声が上がる。
しかし、知っている仲だからといって入部条件を緩めるつもりはない。
「入部試験があるけど大丈夫?」
「平気です」
「じゃあ、行こうか」
廊下へ出ると、明のことが気になっている他のクラスや学年から人が来ていた。
ただ、なぜか俺を避けるように空間が開き、俺の後ろを歩く明に誰も話しかけようとしない。
弓道場へ向けて歩いていたら、俺の進行方向とは反対側からも誰かが人を割りながら歩いてきていた。
「この騒ぎはなに!? あんたまた何かしたの!?」
花蓮さんが向かい側から怒涛の勢いで歩いてきており、押し付けるように明を俺の前に立たせる。
明を見た花蓮さんは目を見開いて、その場で止まってしまった。
「え!? 転校生って明のことだったの?」
「花蓮さん、お久しぶりです」
「久しぶり! 来るなら来るって言ってよ」
花蓮さんが嬉しそうに明の手をにぎって笑いかけていた。
2人が話を始めたので、明へ声をかけてこの場を去る。
「明、話が終わったら弓道場で待っているから」
「わかりました」
隠密を活用して、人に気付かれることなく弓道場まで着いた。
弓道場には夏美ちゃんが着替え終っており、弓の手入れを行なっている。
「また気配を消しながら来たでしょ」
「ちょっとあってね」
「それって転校生のこと?」
「夏美ちゃんも知ってるの?」
「クラス中の噂になっているよ。一也くんのことが大好きな美少女が来たって!」
射場を歩きながら話をしていたら、手を止めた夏美ちゃんが低いトーンで声を放っていた。
その反応を見て、まだ夏美ちゃんは転校生が明であることが分かっていないようだった。
「……名前まで聞いた?」
「聞いてないけど……よかったね好きになってくれる子がいて!」
なぜか夏美ちゃんの言葉にトゲがあり、今にも矢を引かれそうな雰囲気が漂う。
足早に部室へ入って、夏美ちゃんの視界から逃げる。
(明のこと教えてあげればよかったな)
京都で一緒に戦ったので、夏美ちゃんと明が知り合いだと思う。
明のことを教えてあげようと部室を出たら、弓道場の扉が開く音が聞こえる。
この音が鳴るのはここへ来たことのない人が無理やり扉を開く時だけだ。
音を放った人を確認しようとしたら、入り口から声が響いてきた。
「夏美ちゃんか一也くんいる!?」
「はい! 先輩どうかしましたか……ええ!!??」
花蓮さんが弓道場へ入ってくるので、夏美ちゃんが立ち上がって出迎えている。
ただ、その様子がおかしく、手を口に当てたまま入口の方を見て固まっていた。
動かない夏美ちゃんに声をかけようとしたら、控えめに手を振りながら明が入ってくる。
「なっちゃん、袴姿素敵だよ」
「転校生ってあっちゃんなの!?」
「うん。驚いた?」
「驚いたよ!! 本物だよね!!」
夏美ちゃんが明に駈け寄って、抱きしめていた。
花蓮さんの後ろを見たらまだ多数の生徒がおり、明と夏美ちゃんが抱き合っているのを見ている。
見世物じゃないので追い返そうと歩き出した時、その生徒の隙間をあけるように田中先生が入ってきた。
「今日はなんなの!? 全員入部希望者!?」
入部希望と聞いた瞬間に、入り口にいた生徒が入り口から数歩後ろへ離れる。
田中先生が明と抱き合う夏美ちゃんを見つけて、嬉しそうに微笑んでいた。
「昨日の電話で教えてくれればよかったのに!」
「なっちゃんを驚かせようと思って、ごめんね」
「ううん、こんなサプライズなら歓迎だよ!!」
夏美ちゃんが声を弾ませながら明と話をしている。
2人の会話を聞いていたら心が和んでしまった。
このまま2人の世界に入ってもらっていてもいいが、入り口にいる花蓮さんたちを追い払わなくてはならない。
田中先生へ近づいて、明が入部希望であることを伝えることにした。
「田中先生、あの子は入部希望者みたいです」
「本気!? 安倍さんへ矢を放たないといけないの!?」
「本人はそう言っていますけど……」
田中先生は俺へ疑いの目を向けており、夏美ちゃんも驚愕しながら俺へ顔を向けていた。
コホンと咳払いをした明がはっきりとここにいる全員に聞こえるように話を始める。
「私は弓道部に入部がしたいです。飛んでくる矢を防げばいいんですよね?」
明が自信満々に言っており、俺以外の人は明から目を離せないようだった。
かろうじて顧問である田中先生が明に笑顔を引きつらせながら声をかける。
「えっと……安倍さん、向こうで準備をしてきてもらってもいいかな?」
「矢を防ぐなら制服のままで十分です。お願いします」
明はどうすればいいのか分かっているかのように、的場へ向かって歩き始めた。
田中先生は俺と夏美ちゃんを見て、どちらに引かせるのか迷っているようだった。
その迷いを断ち切るように的場に立った明がこちらを向く。
「私も一也さんと同じように田中先生の試験を受けたいです」
田中先生はそれを聞いて、苦笑いをしながら準備を始める。
夏美ちゃんがせめて盾でもと、部室に置いてあった鉄の盾を持っていこうと的場へ向かっていた。
「あっちゃん、この盾使っていいよ」
「大丈夫。私に考えがあるから、盾もいらないよ」
「でも……」
「なっちゃん、私を信じて」
「……わかった。あっちゃん頑張ってね!」
「ありがとう」
やり取りだけを聞いていたらすごく心が温まるが、やろうとしていることは矢を防ぐことだ。
俺も何も装備を持っていない明がどのように矢を防ぐのか気になる。
花蓮さんも興味があるのか、いつの間にか射場に置いてあった椅子に座っていた。
その横に座って、明のことを聞いてみる。
「なんであの2人あんなに仲が良いんですかね」
「ほとんど毎日、メッセージのやり取りをしているみたいよ」
2人の関係を羨ましく思い、このような友人関係を築くための方法のヒントをもらいたい。
花蓮さんは2人の間にあったことを知っているようなので、身を乗り出して聞いてしまう。
「京都で何があったんですか?」
「色々よ……誰かさんは私へほとんど連絡をよこさないわね」
「気付いた時にはしていますよ」
花蓮さんがため息をつきながら腕を組んでしまった。
(毎日連絡をすれば仲良くなれるものなのだろうか)
訓練を行なった4人とは、俺の気が向いた時には連絡を取り合っている。
ただ、花蓮さんの言い方だともう少し頻繁に行わなければいけないらしい。
4人との仲について考えていたら、準備を終えた田中先生が戻ってきた。
「安倍さん! 最後にもう1度聞きます。そのままでいいんですね!?」
「はい! お願いします」
明は田中先生へ向かってお辞儀をしてから、なんの構えもしない。
自然体で的場へ立つ姿になぜか見入ってしまった。
田中先生が弓を引き、矢を放とうとしている。
その時に、明は自分の胸に指をあてながらはっきりと田中先生に向かって口を開く。
「田中先生、私をあえて外さなくても大丈夫です。ここを狙ってください」
花蓮さんや夏美ちゃんが息を飲んでしまい、一気に緊張感が高まった。
明が素手で何をするのか拳士として興味が出て、俺には止める気がまったくない。
田中先生から放たれた矢は確実に明の胸に突き刺さるはずだった。
しかし、その矢は明の胸に届く前に止まってしまう。
矢を放った田中先生を始めとして、見ていた全員が目を疑った。
明は右手で飛んできた矢をつかんでいる。
偶然ではなく、その後も数回放たれた矢をすべてつかんでいた。
田中先生がかろうじてかすれる声で合格を宣言すると、笑顔で明がこちらへ戻ってくる。
矢を矢立箱に返しながら、胸を張りながら俺の前に立つ。
「一也さん、これが陰陽師の実力です。あなたの横に立てますか?」
「はは……」
負けてはいられないと思い、俺も何も持たず的場へ歩き出した。
夏美ちゃんから矢を放たれても、俺はなかなか矢をつかむことができない。
無意識に素手でパリィを行なってしまい、つかむ難しさを感じる。
(陰陽師ってやばいな……)
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