全国大会編③~レべ天の苦悩~

 レべ天がそろそろ放課後になると言うので、学校にいる身代わりと交代した。

 いつもならホームルームが終わった瞬間に厩舎へ走るレべ天が、椅子に座ったまま動かない。


「照屋さん、部活は行かないの?」

「え!? えっと……」


 クラスメイトに話かけられているレべ天の視線が俺へ来たような気がする。

 その女子生徒もレべ天の見た方向を見て、表情が固まった。


「じゃあ、私は先に行くね!」

「うん……」


 レべ天はクラスでも人気のようで、何人にも心配されるような声をかけられていた。

 荷物をまとめ終った俺は、弓道場へ行くために椅子から立ち上がる。


「あ……」


 俺が教室を出ようとした時、泣きそうなレべ天が小さく声を出して俺を見ていた。

 俺と目が合うと、レべ天は下を向いてうつむいてしまう。


 言いたいことがあることは心から伝わってきているので、いい加減その顔を止めてほしい。

 レべ天へ近づいて、金色に輝く髪を見下ろす。


「こい」

「え!?」


 レべ天の手を強引に引き始め、普段は解放されていない屋上まで連れていく。

 人が使わないため屋上へ出るための扉には鍵がかかっている。

 扉を蹴破って開け放ち、レべ天を放り投げるように屋上へ出す。


「きゃ!?」


 地面に倒れ込んだレべ天が怯えるように俺を見る。

 そんな表情をするレべ天に我慢できず、訴えるように声を張る。


「言いたいことがあるなら言えよ!!」

「でも……」

「俺はお前みたいに心がほとんど読めないから、詳しく言われないと分からない! 今すぐ悩んでいることを言え!」


 それを聞いたレべ天が泣き始めてしまった。

 俺はまだ何も言わないこいつに頭に来て、持っていたタオルで顔を強引に拭く。


 レべ天がタオルを顔からはがすように、俺の手を押して抵抗してきた。

 俺が止めようとしないので、レべ天は光を放ちながら俺を数m飛ばす。


「あなたは泣いている人にそんなことするんですか!?」

 

 赤く擦れた顔をなでながら俺をにらんでいた。

 そのままの勢いで悩んでいたことも言ってほしいので、言葉と共にタオルを投げ付ける。


「悩んでないで相談しろよ。いつまでも横でうじうじされていたらうっとうしい」

「イタっ!? そんな簡単に相談ができないから悩んでいるんですよ!!」


 泣きながら立ち上がり、レべ天もタオルを思い切り投げ返してくる。

 タオルを受け取った俺は、丸めて魔力を込めた。


「うるさい! なんでもいいからさっさと吐け!!」


 タオルに魔力付与を行い、レべ天へ向けて投げる。

 レべ天はなんとかタオルを受け取るものの、反動で後ろに倒れてしまう。


「ぐぅ……ひどくないですか?」

「お前が言わないのが悪い」


 倒れたレべ天を見下ろしながら手を差し出す。

 俺の手を震えながらレべ天が取ろうとするが、手を引っ込めてしまう。


「なんでも言え。いつも助けてもらっているから、なんとかしてやる」

「一也さん……」


 無理矢理レべ天の手をつかんで立ち上がらせた。

 また泣こうとするので、タオルを構えたらレべ天が後ろへ下がる。


「もう、タオルはいいです!」

「なら泣くなよ」

「……はい」


 レべ天をその場に座らせて、少し離れて俺も座る。

 屋上の床へ手をそえながらレべ天がぽつりぽつりと話を始めた。


「数日前に私たちの仲間の1人が失望して、自分で担当するダンジョンのモンスターを倒し始めてしまいました」

「それはできないみたいなこと言っていなかった?」

「直接はできません」

「直接?」


 レべ天の言い方が気になったので、聞き返してしまう。

 レべ天はうなずきながら、声を震わせて俺の問いに答える。


「仲間はダンジョンのボスに憑依して、ダンジョンという区画から解き放たれました」

「それって、どこのダンジョン?」

「【海底回廊】です」

「あのダンジョンは行くのが難しいからな……」


【海底回廊】はスカイロードの海版のダンジョン。

 海を漂い続けるダンジョンで、入るためには水中を駆け回らなければならない。


 ゲームでは定期的に場所が変わるだけだったので、ダンジョンを待ち構えていた。

 しかし、現実の海を漂い続けられたら、入るのはかなり困難となる。


「今は世界中の海で暴れまわってしまっています」

「仲間は憑依したまま何もしないの」

「……はい。モンスターに身を任せているようです」

「居る場所もわかんないよね」

「すみません。あのモンスターなので、予知でもしない限り断定できないと思います」

「あの【リバイアサン】だからな……」


 海に解き放たれたモンスターは海底回廊の主、【リバイアサン】。

 海の覇者として君臨し、水中では敵うモンスターがいない。

 高速で移動するため、攻撃を当てるのも苦労する。


(それが地球の海に解き放たれていたら、どこにいるのか見当もつかない)


 なんとかすると言った手前、討伐へ行きたいが、場所が分からなければどうしようもない。

 頭をひねっても案がでないので、気分転換に部活へ行くことにした。


「天音、話してくれてありがとう。今できることはないから、部活へ行って動物たちの世話をしてあげな」

「聞いていただいてありがとうございます……」


 レべ天に扉の修復をしてもらってから、部活へ向かうことにした。

 

 弓道場では遅くなって、夏美ちゃんに何があったのか聞かれる。

 海でモンスターが暴れて困っていることを伝えたら、あきれてため息をつかれた。


「一也さんも悩んでいないで、海へ行けばいいじゃないですか」

「場所がわからないんだけど……」

「私たちは未知の場所に投げ込まれましたよ。海を泳いでいればそのうち会えるんじゃないですか?」

「そんな簡単に……はっ!?」


 海そのものが出現場所というのなら、強制的に出現させればいい。

 夏美ちゃんのアドバイスを聞いて、なんで思いつかなかったのか悔やまれた。

 こうしてはいられないので、弓の片付けを始める。


「夏美ちゃん、ありがとう。なんとかなりそうだよ」

「どういたしまして、他の片付けはしておくから置いておいて」

「ごめん! ありがとう。今度お礼するから」

「またね」


 夏美ちゃんへ手を振ってから弓道場を出る。

 怪しまれない程度に走っていたら、家へ着く直前に玄関から人が出てくるのが見えた。

 俺が家に入る時に、20代後半くらいの女性がにこやかにあいさつをしてくる。


「こんにちは」

「こんにちは……」


 どこかで見たことがあるような顔をしており、なかなか思い出せない。

 疑問を残したまま家に入ると、母親が玄関からリビングに戻ろうとしている。


「ただいま」

「ああ、一也。おかえり」

「お母さん、今のは誰なの?」

「今度、隣に越してくる人みたいよ」

「へー」


 レべ天の反対側にある隣の家は、長いこと人が住んでいなかった。

 ぼろい平屋だったような記憶があり、よく引っ越すことを決めたと思う。


 荷物を部屋へ置いて、レべ天の家に向かう。

 車庫のスイッチを押して、シャッターが自動的に開く。

 そこに入っている物を見ながら、タイミングよく俺のところに来てくれた【こいつ】を眺めた。

 シャッターが開き、全貌が見えるようになった車体に手をそえる。


「たぶん、お前は海中へ沈むことになるけどごめんな」


 車庫に俺の言葉が反響する。

 第2中学校との交流戦の際に多数の生徒が棄権をして罰金が生じた。

 俺は現金の代わりに、【M60】と呼ばれる戦車を譲渡されていた。


(こいつも兵器だから、海へ落とせばリバイアサンが現れるだろう!)

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