富士山攻略編⑨~守護神の加護~

「はやく起きなさい!!」


 母親の声と共に眩しい光が俺の目に飛び込んできた。

 カーテンが開けられて、朝日を背にした母親が怒った顔をしている。

 

「最近はちゃんとしていると思ったら、今日はいつまで寝ているつもりなの!? 早く朝食を食べて学校へ行きなさい!」


 そう言い放ち、大きな足音をたてながら母親は出ていった。

 俺はベッドに寝たまま母親を見送り、なぜ自分は家にいるのか考えてしまう。


(……家までワープホールを使ったっけ?)


 俺は魔力が切れてなにもできないから、黒龍と戦った場所で寝たはずだった。

 それなのになぜか今は家で、母親に起こされて混乱してしまう。


 ベッドから出て、部屋を見回しても壁には金色の槍が飾られおり、机上にアダマンタイトのフィストガードが置いてあった。


(俺の部屋だ……日付は……富士山へ登ってから4日も経っている!?)


 スマホの画面を見たら4日も経っていて、さらに訳が分からなくなった。

 現状に理解が追い付いていない俺は、母親から言われたことを思い出して下へ降りていく。


 俺は自分がなぜここにいるのかわからず、リビングを眺めてしまう。

 リビングの机には朝食が並べられており、テーブルにはいつものように父親が新聞を読みながらコーヒーを飲んでいる。


「早く座って食べなさい」

「わかってるよ」


 母親は俺を見たら、急かせるようにキッチンから言ってきた。

 母親の言葉を聞いて、父親と向かい合うように椅子に座る。

 朝食を食べ始めると父親がこちらを向いてきた。


「今日は学校へ行くのか? それともギルドか?」

「えーっと……考え中」

「そうか。でも、学校へいくつもりなら早く支度をしないとな」


 父親も時計を見ながら俺へ準備をするようにうながしてくる。

 テレビを見ながらゆっくりと朝食を食べていたら、富士山が映されていた。


 富士山の山頂から黒龍の紫電と思われる雷が何度か空に向かって放出されている。


 その映像のテロップでは【4日間続く謎の現象】と大きく表示されていた。


(俺って4日間も戦っていたのか……なんで両親は3日間も消息が分からなかった俺を怒らないんだ?)


 父親や母親を見てもいつもと何も変わることなく、俺のことを怒ろうとする気配さえない。

 平然を装って朝食を食べながらテレビへ耳を向ける。


 紫電は昼夜を問わず富士山から放出されていたため、遠くからその光景を撮影しようと静岡県に人が集まっているらしい。


 それについて、テレビの中の人が解説を始めていた。

 内容を聞いていたら、静岡県ギルドの黒騎士と呼ばれている人物が富士山へ登頂していることと、今回の現象が関係しているようなことを言っている。


 その後、黒龍の静止画が映し出されて、佐々木さんが俺の撮影した動画を使用したのだと推測した。

 5日目の今日はまだ1度も紫電を確認できていないようだった。


(もう終わったからな、出るとするなら次に戦う時だよ)


 心の中でテレビの人の質問へ答えながら、箸を進めていたら玄関が開くような音がしてきた。

 おじゃましますという声とともに廊下を歩く足音が聞こえる。


 母親も父親もここにいるため、誰が来たのか玄関へ向かう扉を注視する。

 2人は誰かが来たことについて特に気にする様子がない。

 扉が開かれたら、そこにはなぜか剣士中学校の制服を着たレべ天が部屋へ入ってきていた。


「おはようございます」


 レべ天が頭を下げてから金色で艶のある髪を揺らしながら笑顔で挨拶をすると、両親は当たり前のように挨拶を返している。

 俺は持っていた箸が止まり、当然のように俺の横に座るレべ天から目が離せない。


 母親は俺がまだ食べ終わっていないのを見ると、叱るように俺へ言葉をかけた。


「一也、あまねちゃんが来ちゃったのにまだ食べ終わってないの!?」

「あまね?」


 俺の横にあまねと呼ばれたレべ天が俺へ顔を向けながら笑顔で座っている。

 俺は箸を置いて、レべ天に事情を聞くために部屋へ戻ることにした。


「ごちそうさま。ちょっとこい」


 レべ天はなぜか意外そうな顔をしながら椅子から立ち上がる。

 レべ天の手を引いて部屋へ戻ろうとする俺を母親が呼び止めた。


「待ちなさい。今日はどうするの!?」

「こいつと相談してから決めるよ」

「学校に行くなら早くするのよ!」

「わかってるよ」


 おそらくレべ天がすべての原因だと分かり始めてきたので、部屋へ急行した。

 レべ天と一緒に部屋へ戻り、すぐにレべ天へどうなっているのか説明を求める。


「どうなっているんだ!?」

「なにがですか?」


 レべ天は首をかしげながら整った顔を困らせていた。

 そういえばレべ天は抜けているところがあるのを思い出して、簡単な質問をすることにする。


「まず!! 俺はあの場所で倒れていたはずなのに、なんで部屋で寝ていたんだ!?」

「私が移動させたからです」


 レべ天は俺が黒龍を倒したため、自由に力が使えるようになったという。

 それを使えば俺をここへ寝かせるくらい簡単にできるそうだ。


 ついでに、黒龍と戦っていた数日間、俺がいないことを不審に思われないように、富士山へ来ていた人以外の意識の操作をしたと言っている。


 俺は超常現象を軽く行うレべ天に頭を抱える。

 レべ天を見ていたら、レべ天が普通にここへ立っている理由を知りたくなった。


「そういえば、なんでお前ここにいるの?」

「私の渡した力が理由ですよ」

「それってどういう……」


 俺が理由を聞こうとした時、下から母親が学校へ行くのならすぐに家を出るように言ってくる。

 俺はレべ天に一旦下へ降りるように言って、学校へ向かう準備を急ピッチで進めた。


 盾の入ったリュックを背負い、下にいるレべ天と一緒に玄関を出る。

 俺とレべ天を見送ってくれた両親に手を振りながら歩き出し、再びレべ天へ質問を開始する。


「それで、レべ天は……」

「待ってください! 今の私には照屋てるや天音あまねという名前があります!」


 レべ天が胸を張りながら誇らしげに名前を言っていた。

 得意げに俺を見るレべ天を見ていたら少しむかついたので、ひたいへデコピンを行う。


「痛いんですけど……」

「なんでここにいるんだよ」


 レべ天の苦情を無視して、質問を続けた。

 レべ天は俺に追い付き、すねるように口をゆがめている。


「さっきも言いましたけど、私の加護を一也さんへ与えたので私はここにいるんですよ」

「加護って、桜島へ移動するだけじゃなかった?」

「あの時はそれが限界でしたけど、今はこうしてあなたのそばでサポートができます」

「……加護って返せる?」

「私がいらないんですか!?」


 レべ天が俺の前に立ち、すがるような目で見てきた。

 俺はこいつにサポートをされたら不穏なことしか起こらないと思うので、できれば加護の返却を行いたい。

 俺が黙っていると、レべ天が鞄を落として両手で俺の肩をつかんできた。


「お願いします! そばにいさせてください! あなたの魂に加護を刻んだから取るのは不可能なの!!」


 レべ天が俺の肩にしがみついて、体を揺らしながら大声でわめき始めた。

 俺は周りの注目を集めたくないので、レべ天の口を閉じさせなければならない。


「そんなに声出すなよ。周りに聞こえるだろ!」

「私たちのことが見えないようにしています! 声も遮断しているから気付かれないです!!」

「そんなことをしていたのか……」

「私は回復が得意で、一也さんの体も痛いところがないですよね!?」

「確かに……」


 俺は指を動かすだけで激痛が走るほど体を酷使していたのに、今はその面影さえない。

 こんなことができるのなら、レべ天が自分でモンスターを倒せばいいと考えてしまう。

 俺は近くの公園でレべ天を落ち着かせてから話を続けた。


「レべ天は自分でモンスターを倒さないの?」

「ふん! レべ天なんて人はいません!」


 レべ天はすねるように俺から顔をそむけている。

 詳しく話を聞くために、俺は感情を押し殺してレべ天の望むように名前を呼ぶ。


「……天音はモンスターを倒せないの?」

「他の人が管理するところではほとんど自分の力が使えないんです」

「それならお前が俺をサポートできることって無くない?」

「他の人のところでも、あなたが死にかけても回復できますよ! たぶん……」


 天音は自信が無いのか、最後は声が小さくなってしまっていた。

 スマホを見たらもう学校が始まりそうなので、とりあえず急いで向かうことにする。

 公園のベンチから立ち上がって、まだ座っている天音に声をかけた。


「一緒に学校へ行くんだろう? 走っていくぞ」

「え……はい!」


 天音は笑顔で立ち上がって、軽く走る俺の後に続く。

 俺は走りながら、魂に刻まれた加護について考える。


(これって加護というよりも呪いの類じゃないだろうか……)


 なんとか学校へ間に合ったが、天音がワープしてくれれば一瞬であることに気が付いた。

 天音はそんなことを気にすることなく俺の席の横に座っている。


 俺の横には素朴な感じの男子生徒が座っていたはずなのに、いつの間にか天音の席になっていた。

 天音は横顔を見ている俺に気が付いたのか、笑顔で俺に微笑みかける。


『これくらい余裕で変えられますよ』


 頭の中に直接天音の声が聞こえてきて、俺は両手で頭を抱えてしまった。


(やっぱりこれは呪いだ……)


 学校では天音のことが当然のことのように存在しており、誰も気にすることなく時間が過ぎていった。


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