拳士中学校編⑦~弓の上達~
俺が弓の練習を始めてから2週間ほど経った。
5月の中旬になり、学校にも慣れ始めてきたような気がする。
以前から弓を作ったことがないという杉山さんへ、武器屋さんなんだから弓くらい作ってくれと頼み続けていた。
その結果、弓の製作について研究を行なってくれており、なんとかショートボウと呼ばれる短弓が出来上がった。
それを使用して、目立たないようにひそかに練習を行なっている。
素材はバフォメットの鎌でフィストガードを作った時に余ったアダマンタイトが使われた。
弦も工夫してくれて、アダマンタイトの弓に合う強度の弦が張ってある。
学校では田中先生から借りている和弓と呼ばれる2mほどある弓を使っている。
ほとんど夏美さんから打ち方や姿勢などを教わり、田中先生はたまに来て俺と夏美さんの様子を眺めていた。
弓道には8つの動作があり、それぞれ意味があると夏美さんは言っている。
矢を撃つ前に、足を開いて正しい姿勢を作ることを【足踏み】と呼ぶらしい。
夏美さんからそのような動作を8種類説明されたが、最後に説明された【残心】にいたっては意味が解らなかった。
後、矢は【撃つ】ではなく、【放つ】が正しい言い方らしい。
なんで矢を放ったまま姿勢を維持しなければならないのかと何度質問したのかわからない。
夏美さんが、残心こそ弓道で一番大切とまで言っていたので、弓道場では残心を意識して行なっている。
今も矢を撃つ場所である
俺の動作は夏美さんによって細かなところまで見張られていた。
「胴造りはきちんと腰に右手を置いて!」
同級生なのに俺は夏美さんから指導をされてばかりである。
今日も矢を1本放つのに何度も注意をされていた。
矢を放つことに集中をすると、この場所が学校の隅にあってよかったと思える。
学校からの喧騒は聞こえず、自分のことに集中することができた。
部員も俺と夏美さん以外こないらしく、ほとんど2人でこの大きな弓道場を使っている。
数回矢を放ち、俺が側道と呼んでいた矢取り道を通って的へ向かい矢を回収した。
持っていた矢を矢立箱と呼ばれる箱の中に返してから部室へ向かう。
夏美さんは俺の前に見本として何回か放ってくれていたので、休憩をとることにした。
部室では夏美さんがお茶を入れて、お菓子を用意してくれている。
椅子に座ってお茶を飲んでいる時、夏美さんが興味深そうに会話を始めた。
「そういえば、最近他校の生徒がよく来ているって聞いたけど、一也くんは何か知ってる?」
「んー、多分?」
俺はお菓子を食べながら、学校へ通い始めた日のことを思い出す。
俺が拡散させたPTメンバー募集についての案内があらゆるところに波及しているらしい。
拡散をお願いをした夜、なぜか清水さんから電話がかかってきて驚いた。
話を聞いたら、俺が弓道部に入ったこととPTメンバーを募集していることを知っているようだった。
最後に、もう少し担任の田中先生に優しくしてあげてと言われたため、俺が何かしたのかと考えてしまう。
さらに寝る前には、花蓮さんから【いつか殺す】とメッセージが送られてきた。
何かの間違いかと思って、【何かと間違えましたか?】と送り返したら、【絶対殺す】とメッセージを通して殺意が伝わってきた。
身に覚えがないのに殺されてはたまったものではないため、それから学校では花蓮さんに会わないように気を付けている。
(弓道場は夏美さんと田中先生しか来ないから安全だ)
俺がお茶とお菓子を楽しんでいたら、疲れている様子の田中先生が部室へ入ってきた。
「佐藤くん、いるわね……」
田中先生は脱力するように椅子に座り、夏美さんが用意したお茶をゆっくりと飲み始める。
小柄な先生がいつもよりも小さく見えたため、俺のお菓子も先生の前に置いてあげた。
「……ありがとう」
お茶とお菓子を口にした先生は、落ち着いてから話を始める。
「佐藤くん、荷物を持って……これから校長室へ行くわよ」
「わかりました」
夏美さんへ今日はありがとうと伝えてから、田中先生の後を追うように弓道場を後にした。
校長室へ向かっている時に、田中先生からうつろな目を向けられる。
「佐藤くん、最近は学校楽しい?」
「楽しいですよ」
「……好き勝手やっているもんね」
田中先生の言うとおり、俺は自分に必要ないと思われる授業を受けていない。
特に、銃を主に練習をする総合の時間や専門コースを決めるための基礎授業には、事前に担当の先生へ参加しない意思を伝えてある。
最初は怪訝な表情を浮かべていた先生たちの前で、Lvがばれないヒールで自分の腕切って治療するなどのことを繰り返し披露したらそれからは何も言われなくなった。
自由になった授業の時間を、気兼ねなく自分の鍛錬をする時間にしている。
しかし、いまだに
耳や目などの部分的な能力の強化はできるようになったが、それを全身で行おうとするとできなくなる。
理由が分からないまま現在にいたっており、そのうっぷんを晴らすように矢を放っていた。
弓で矢を放つ感覚が新鮮で楽しく、たまに杉山さんが作ってくれた弓でひそかに練習もしている。
校長室へ着き、ノックをしてから入室したら、校長ともう1人男性が座っていた。
俺と田中先生が座る前に校長からその男性を紹介され、第2地区にある剣士中学校の校長先生だと言っている。
第2地区の校長先生は、体格は細身で年齢も50を過ぎたあたりのような印象を受けた。
俺と田中先生が2人の校長と向かい合うように豪華な木の椅子へ座ると、第2地区の校長が俺を呼んだ理由を説明を始める。
資料等を用意されていたので目を通していたら、要は俺と戦いたいという趣旨の話だった。
中学生でU-16の大会で優勝をした俺と、第2地区の中学生を交流させたいのだという。
ただ、その交流にはなぜか第2地区の中学生に加えて、先生も参加すると書いてある。
理由を聞いたら、戦力差を埋めるためだとかよくわからないこと言われてごまかされた。
また、第1地区からの参加はPTメンバーである花蓮さんは含まれずに俺だけで、第2地区からは希望者全員が参加するらしい。
使用する武器も制限なしで行われ、全員が戦闘不能になるまで行うと記載してある。
一通り話を聞いた後に、田中先生が立ち上がって机を叩きながら第2地区の校長へ口を開く。
「こんな内容認められるわけないでしょう!?」
田中先生を見たら、顔を赤くして怒るように第2地区の校長を睨みつけている。
2人の校長は苦笑いをしたまま、田中先生の言葉に対して何も言わない。
田中先生が2人を睨んだまま動かないため、俺は口をはさむことにした。
「俺からの条件も追加できますか?」
「これに行く気なの!?」
「ちょっと戦うだけですよね? まったく問題ないです」
「この前の競技大会とはまったく違うのよ!?」
俺は田中先生をなだめるように座らせて、第2地区の校長へ先ほどと同じことを聞いた。
第2地区の校長は俺からの提案が予想外だったのか、顔から汗をかき始める。
「どんなことを追加するのかな?」
「ペンと紙ありますか?」
口で説明するのが面倒なので、うちの校長からペンと紙を借りて内容を書き始めた。
俺の手元にある紙を大人3人が息を飲んで見守っている。
少し緊張しながら、自分の希望を記入していく。
○
1.交流戦で負った傷や被害についてはすべて責任を問わない
2.参加する者の途中棄権は認めない
(万が一棄権した場合は1人当たり100万円を相手の校長へ支払う)
3.交流の様子はすべて非公開とする
(見学者も他言してはならない、スマホ等の持ち込みは不可)
4.参加する者、見学者は以上の内容を了承するという承諾書を校長へ提出すること
5.提出された承諾書は校長が責任を持って管理する
○
書き終わった紙を第2地区の校長へ渡して、すぐに椅子から立ち上がる。
「それが俺からの条件です。それでも交流をしたいというのなら俺は一向にかまいません」
失礼しますと言いながら校長室を出て、校舎を出るために下駄箱へ向かう。
「佐藤くん、待ちなさい!」
俺は声が聞こえてきたので立ち止まり、後ろを見たら田中先生が追いかけてきている。
田中先生は走って俺へ追い付き、いきなり両肩をつかまれて目を見つめられた。
「あなた、本気なの!?」
田中先生が不安そうに俺を見ており、息を乱しながら聞いてきていた。
俺は相手が何を持ってこようとも自分のできる限りの力で戦うので、自信を持って田中先生へ答える。
「本気です」
「おそらく相手は銃を使ってくるわよ……」
銃と言いながら田中先生は下を向いて表情が暗くなっている。
俺にはなにがそんなに田中先生を落ち込ませるのか理由が分からない。
「相手が何を使おうとも俺は盾で戦いますよ」
「相手が何人かもわからない……それにおそらく射撃のプロがいるのよ……」
「それなら、なおさら戦いたいですね」
田中先生は俺の言葉を聞いて、両肩から手を離す。
「……もう、好きにしなさい」
そう言ってから田中先生はふらふらとよろめきながら歩き始める。
(俺にはわからないけど、何かを心配してくれいるんだな……)
俺は弓道場に借りている弓を出しっぱなしなことを思い出したので、弓道場へ戻ることにした。
弓道場の入り口は開けるコツがあり、横ではなく上へスライドするような感じで滑らせるとスムーズに開く。
弓道場へ入ると、夏美さんがいつものように片付けの掃除をしていた。
俺が入ってきたことが分かり、夏美さんは掃除の手を止めて俺を見る。
「あれ? 一也くん、帰ったんじゃなかったの?」
「弓をしまい忘れたから戻ってきたよ」
しかし、弓を立てかけるところには俺が使っていた弓がない。
夏美さんを見たら、謝りながらこちらへ来ていた。
「ごめん、片付けちゃった」
「俺こそごめん。片付けてくれてありがとう」
掃除を手伝うために荷物を置いていたら、夏美さんが俺をずっと見ていたようだった。
いつもとは違い、視線が気になってしまった。
「なにかあった?」
夏美さんは持っていた雑巾を握り締めながら俺へ口を開いてくる。
「……一也くんって、ここ以外のどこで弓を練習しているの?」
「どういうこと?」
密かに弓の練習をしているのがばれるはずはないと思いながら夏美さんに聞き返す。
すると、夏美さんはなにか確信があるのか、俺へ詰め寄ってきた。
「毎日すごいスピードで上達をしているのに気付かないわけないでしょ!」
俺はどう答えればいいのか迷いながら、夏美さんへ伝える言葉を選び始める。
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