拳士中学校編⑥~弓道部顧問・田中編~
私のクラスには問題児が1人いる。
入学ガイダンスで複数のスキルを披露し、それからほとんど学校にこなくなった。
そして、学校に来たと思えば、持ってきた棒で1年生をほとんど叩きのめすなど、異常な身体能力を持っている。
職員の間でもこれから佐藤くんをどのように指導していくのか方針が固まっていなかった。
特に校長は何度も他の地区の校長や県教育委員会、ギルドなどにも連絡を取ってくれており、佐藤くんの能力を伸ばすための方法を探ってくれている。
ある日、佐藤くんがふらっと午前中だけ学校にきたことがあった。
その時に見せられた紙により、彼が私の想像を超える生徒であることを予感させる。
○
討伐記録
コカトリス 35羽
○
これが書かれたギルド印の押された紙を渡されて、内容に目を疑ってしまう。
それからすぐにギルドで働いている知り合いにこの紙が本物かどうか確認の電話を行う。
電話の相手は清水晴美ちゃんで、私へ弓を教えてくれた師匠のお孫さん。
小さい時から付き合いがあり、妹の夏美ちゃんは私が顧問となっている弓道部にも入部してくれた。
電話に出てくれた晴美ちゃんが佐藤くんの話を聞いて、晴美ちゃんはギルドから出てから会話を始める。
「やっぱり、
「やっぱりって、ギルドでも目立っているの?」
「……今は佐藤くんの話で持ちきりです」
晴美ちゃんはコカトリスの討伐が終わった後、佐藤くんが流血事件を起こしたことなどを教えてくれた。
それも、自らの腕を思い切りナイフで切ったと言っている。
(頭がおかしい……)
また、私が持っている討伐記録は佐藤くんが【1日】で行なった狩りの成果だと伝えられた。
私は晴美ちゃんへお礼を言ってから電話を切り、持っていた討伐記録を眺める。
(これを1日?)
私が冒険者をしていた時にはコカトリス1羽でも苦戦をしたのに、1度の狩りで35羽も倒してきたという。
この討伐記録をあまり人の目に触れないように校長へ相談をすることにした。
校長は私から受け取った紙を見てから、うつむきながら目を固くつぶる。
しばらく考えた後、校長が重い口を開く。
「これは私が責任を持って預かります。それでよろしいですか?」
「よろしくお願いします」
校長は佐藤くんが自分の想像を超える能力を持っていることを目の当たりにして、悩んだ末に結論を出してくれたようだ。
私は校長室を退出して、職員室の自分の机に戻る。
何度も見た、小学校から送られてきた佐藤くんの成績や行動の記録などに目を通し始めた。
書類を手に取りながら、佐藤くんについて考えてしまう。
(教員生活2年目でこんな生徒を担当することになるなんて思わなかった……)
小学校からの資料では特に気になるような点はなく、いたって普通の男子生徒であるとしか読み取ることができない。。
私は資料を机の中へしまい、午前中で帰っていった問題児について考え始めた。
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私は心の中で、【この後、治療をしなければならない】と考えながら佐藤くんへ向けて矢を放った。
私の放った矢は確実に佐藤くんの胸に突き刺さるはず【だった】。
弓道場に金属が叩かれたような音が響き、私の矢が盾で弾かれている。
(偶然? それとも……)
私は夏美へ立てかけてある残りの矢すべてを持ってくるように指示をする。
しかし、夏美は弾かれた矢を見たまま動かないので、自分で矢立箱を持ってきた。
足元に置いた箱から矢を取り出して、佐藤くんに向かって声をかける。
「まだ認めないわよ!」
「望むところです!」
私は一心不乱に佐藤くんへ向けて矢を放ち始めた。
佐藤くんは自分の体に向かってくる矢を的確に盾で防いている。
(なんで!? 嘘でしょ!?)
私は硬めの弓を使っているため、矢の速度は決して遅くはないはず。
私の矢はいくら打っても佐藤くんに当たることはなく、彼の周囲に落ちている矢が増え続けていた。
その光景をみながら、弓で冒険者を続けるという夢を諦めた時のことが蘇る。
銃が生まれる前までは、弓がモンスターを狩る有効的な手段の一つだった。
(この銃が主力となった現代で、私が弓の可能性を知ってもらう)
学生時代に私が抱いていたこの考えが他の人へ浸透することは一切なかった。
私と親交があった人たちも、私の意見を無視して弓を止めるように言ってきたこともあった。
弓は慣れるまでが難しく、誰も弓を練習してくれる人はいない。
私が弓を構えている間に、同級生は引き金を引くだけでモンスターを倒してしまう。
苦労して冒険者大学校に入った結果、私は弓で戦う事に対して心が折れてしまった。
それから冒険者になることを諦めて、学校の先生になって1人でも多くの冒険者を育てたいという新たな夢を抱いた。
そして、教師になった今もまた、弓が弱い武器だと認識させられている。
(悔しくてたまらない!)
私が新たに矢を取ろうとした時、矢立箱の中が空になっていることに気が付いた。
箱一杯にあった矢をすべて放ってしまっていたようだった。
佐藤くんの足元には、すべての矢が落ちている。
私は力が抜けてしまい、その場に座り込んでしまう。
「終わりなら矢を片付けた方がいいですよね?」
佐藤くんが的場から戻ってきて、私を見下すように聞いてきていた。
私がうなだれてしまっているので、夏美が慌てて矢立箱を持って矢を取りに行こうとしている。
「夏美さん、手伝うよ」
「えっと……よろしく?」
夏美は不安そうに私を見てから、佐藤くんへ返事をしている。
矢を拾ってくれている2人を私はずっと眺めていた。
的場から戻ってきた佐藤くんへ自由に弓を使うように許可をしてあげた。
そんなに弓が使えるのが嬉しいのか、佐藤くんは目を輝かせながら喜んでいる。
後のことは夏美に任せて、私は職員室へ帰ることを伝えた。
夏美は1年生とは思えないほどしっかりとしている。
この弓道場の鍵も1本預けているため、施錠までしっかりとやってくれるはずだ。
私は力が入らない足を引きずるように職員室へ戻った。
職員室へ入るとなぜか部屋の中がざわついている。
(なにかあったのかな?)
私は他の先生が慌てたような顔を横目で見ながら席へ行こうとしたところ、私に気付いた教頭に呼び止められた。
「田中先生! 早くこっちへ来てください!」
「はい……」
部活動を見学している佐藤くんが何かをやらかしたのかと思いながら教頭へ近づいたら、他の教員からスマホを見せられる。
そこには衝撃的な内容が書かれた写真が写されていた。
【緊急募集!!】
この文字が学校の黒板のようなところへ白いチョークで大きな字で書かれている。
しかも、最後には佐藤一也と名前まで書かれていた。
私は思わず手で口を覆ってしまい、写真を信じることができない。
「嘘……これは……」
「帰りのHR終了後に、佐藤くんが教室の黒板へ書いていたそうです」
教頭が深刻そうな顔で私へ伝えてくる。
私はすぐに教室へ行って、文字を消さなければならない。
「すぐに消してきます」
「すでに鈴木先生が消してくれました」
教頭の言葉を聞いて、私の近くにいた体育の鈴木先生へお礼を言う。
鈴木先生は私の顔を見ながら複雑そうな顔をしている。
「発見してすぐに消したのですが、このようにすでにSNSで拡散されてしまっているようです」
教頭先生がスマホに映された画面を見ながら頭を抱えてしまっている。
ふと、私が職員室へ入ってから一向に鳴り止まない電話が気になってしまった。
私は最悪の考えが頭に浮かび、悩んでいる教頭へ恐る恐る聞いてみた。
「もしかして、この電話は……」
教頭はゆっくりと頷いてから私の顔を見る。
「谷屋花蓮と勝負をさせろといった、SNSの内容を確認してきている電話……だと思います」
教頭とその周りにいる先生が絶望するような顔で、鳴り止まない電話へ視線を送っていた。
そんな時、職員室のドアを思い切り開けて、息を切らせながら入室してくる生徒がくる。
「先生!! 誰かグラウンドへ来てください!!」
鈴木先生が対応をしたら、すぐに周辺の先生と共にグラウンドへ向かっていく。
ただ事ではないと思い、私も急いでグラウンドへ向かうと何かを囲むように人の壁ができていた。
私が人を押し退けるように進んでいる時、中心から声が聞こえてくる。
「次は誰かしら!? ぶっとばしてやるからかかってきなさい!!」
人の壁を越えて見えた光景は、次々と襲い掛かってくる生徒を容赦なく剣で人を叩きのめしている生徒会長がいた。
谷屋さんが倒している生徒の中には私が見たことが無い、他校の生徒もいるように見える。
鈴木先生を始めとして、他の先生もこの騒動を止めようとしているが、まったく終わる気配がない。
この騒ぎが収まったのは、谷屋さんへ挑戦する生徒がいなくなってからだった。
日はすでに沈み、暗くなったグラウンドには救急車が列になって来ている。
そんな中、谷屋さんは剣を振り上げて、まだ残っている生徒や私たちへ告げるように大きな声を出す。
「私は逃げない! 勝負したいやつは前に出てきなさい!!」
周囲を確認して誰もこないのがわかると、谷屋さんは剣をしまって帰ろうとしている。
彼女が校門から出ようとしている時、背後から襲いかかろうとする生徒がいた。
(あれはPTA会長の息子さん!)
声を上げながら谷屋さんに襲いかかろうとしていたその生徒は、谷屋さんの振り向きざまに足を蹴り上げられて転んでしまった。
谷屋さんは頭の防具を容赦なく踏みつけて、その生徒へ谷屋さんが普段は絶対に言わないような暴言を浴びせている。
それ以降、谷屋さんへ挑戦する生徒はこの学校から現れることはなかった。
谷屋さんに倒された生徒を救急車で送り出し、事態を収拾できたときにはすでに夜になっていた。
帰宅ができるようになってから、私はスマホで晴美ちゃんへ連絡をする。
すぐに晴美ちゃんが電話に出てくれたので、簡単に用件を伝えた。
「もしもし、晴美ちゃん? 晩御飯代を出してあげるから、私の愚痴を聞いてくれない?」
「……いいですよ。どこへ行けばいいですか?」
「ギルドに迎えに行くわ」
「ありがとうございます」
私は唯一心の許せることができる晴美ちゃんへ愚痴を聞いてもらうことが多い。
(今日はたくさん話ができてしまいそうだ)
そう思いながら、ギルドへ向かうために学校に止めてあった車を発進させた。
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