拳士中学校編⑤~弓道部入部~

 自己紹介が終わってから椅子へ座りなおす。

 俺の前で座っている清水さんの顔を見ていたら見てある人を思い出した。

 俺が思い出した人と苗字も同じなので、もしかしたらと思いながら聞いてみる。


「静岡県のギルドで働いている清水晴美さんって知っていますか?」


 俺の言葉を聞いて、目の前の清水さんは少し照れながら口を開いた。


「姉です……」

「ああ、なるほど」


 2人の笑顔がそっくりなため、すぐに連想することができた。

 俺の中で清水さんが2人もいるので、混乱しないように1つ提案させてもらうことにする。


「申し訳ないですが、夏美さんと呼ばせてもらってもいいですか?」

「え!?」


 俺からの提案が予想外だったのか、夏美さんは声を裏返して慌ててしまった。


「すみません、会ったばかりなのにいきなりでしたよね……」

「そ、そんなことないですよ……」


 夏美さんは恥ずかしそうにうつむきながら俺を見ている。

 俺も同学年の異性を名前で呼んだ経験がないため、自分の言った言葉が信じられなかった。


(自分の中で何かが変わっている……)


 この世界に来てから女性を名前で呼ぶことが多くなったため、自然に名前で呼ばせてもらおうとしていた自分に驚く。

 2人で何も言わずに向い合せて座ったまま数分が経った時、夏美さんが顔をまっ赤に染めながら俺を見てきた。


「同じ部活で同じ学年だし、敬語も止めにしません?」


 夏美さんはそう言いつつも、俺と同じようにこういう経験がないのか言い終わった後も俺から目を離して緊張しているようだった。

 俺は夏美さんへ向けて火照ってきている顔で笑顔を作る。


「……これからよろしく」

「……こちらこそ」


 暑くなってしまい汗をかいたため、テーブルのお茶を飲もうとしたら少しぬるくなって飲みやすくなっていた。

 俺がお茶を飲み終わった時、かすかに外から人が歩いて床がきしむような音がする。

 扉を気にした途端、扉の外から声が聞こえてきた。


「夏美ちゃん、この中にいるの?」


 聞いたことがあるような声と同時に扉が開けられ、田中先生が俺を見て固まってしまう。

 何かを言われる前に立ち上がって、記入が終わった入部届を田中先生へ差し出す。


「丁度良かったです。これお願いします」

「……え?」


 田中先生は俺から受け取った入部届を見てから、眉間にしわを寄せて俺へ顔を向ける。


「あなた本気で弓道をやるの?」


 田中先生が怪訝な表情をしながら俺へ質問をしてくるので、俺は正直にやりたいことだけを言うことにした。


「弓道はよくわからないですけど、弓を練習したいのは本気です」

「…………」


 田中先生はしばらく俺の目を見つめた後、大きくため息をつく。

 立っていた田中先生が空いている椅子に座って、天を仰ぎながら疲れたような顔をしている。


「他にも部活があるでしょ。どうして私が顧問のこの部活を選ぶかな……」

「入部してもいいですか?」

「んー……」


 田中先生は足と腕を組んで俺をにらむように見ながら考え始めた。

 見られたままなにもしない時間に耐えられず、テーブルに用意されたお菓子を食べようと手を伸ばす。

 田中先生が俺の腕をつかんで俺を見ていた。


「入部テストをすることにします」

「わかりました。何をすればいいんですか?」

「あなたのやる気を見せてくれない?」


 田中先生は俺の腕を離し、部室から出るようにと俺へ指示をしてきた。

 俺は田中先生の後を追うように夏美さんが矢を撃っていた場所へ向かいながら、先ほどつかまれていた時に読み取ってしまった田中先生のスキルを思い出す。


体力回復力向上Lv6


弓熟練度Lv10

(Lv5)┗鷹の目Lv10


銃熟練度Lv5

(Lv5)┗精密射撃Lv5


(田中先生は冒険者でもやっていたのだろうか?)


 俺が読み取った田中先生のスキルレベルの総数は佐々木さんよりも上だ。


(弓熟練度がLv10ということは、弓を扱うことについては一般人の限界まで上がっている)


 俺は前を歩く田中先生がどのような人物なのか考えながら歩く。

 すると、矢を撃つ場所の真ん中で田中先生が止まった。

 田中先生は振り返って、後ろを歩いていた俺を見る。


「ここであなたのやる気を見せてもらうことはできる?」

「なんでもいいんですか?」

「私にやる気が伝わればなんでもいいわよ」


 俺を試すように田中先生は軽く笑いながら俺へ言葉を向ける。


(今の俺にできることは限られているな……)


 自分の使ってはいけない拳を見てから、俺は荷物から盾を2枚取り出した。

 盾を持ったまま側道を歩いて、矢の的の所まで歩き始める。

 

 田中先生と夏美さんは俺のことを止めようとはせず、俺が何をするのか注意深く見ているようだった。

 俺は的の前に立って、30mほど遠くにいる田中先生へ聞こえるように声を出す。


「田中先生! 今の俺にできるのは矢を防ぐくらいです!」


 田中先生を正面に見据えて、盾を2枚構える。

 田中先生は夏美さんへ顔を向けて何かを言っているようだった。

 夏美さんが田中先生から離れてから、田中先生が側道を通って俺へ近づいてくる。


「佐藤くん、今のは本気で言っているの?」

「俺はまだ弓を撃てないので、ここでできることと言えば的になるくらいですよ!」

「弓をなめてない? 刺さるところが悪ければ死ぬわよ?」


 田中先生が教室では見せないような雰囲気を身にまとい、脅すような声で俺へ忠告をしてくる。

 しかし、俺は本気を見せるように言われたので、絶対にここは引かない。


「なめていません。これが俺の本気です!」

「……そう。わかったわ」


 田中先生は踵を返して、矢を撃つ場所へ向かっていった。

 夏美さんは弓や胸当てなどの道具を持ってきており、田中先生へ渡している。


 胸当てを着けて、弓と矢を持った田中先生が俺の正面に立つ。

 田中先生は左手で弓を頭上にかかげるように上げて、弓を体の正面に持ってくるように下げながら右手で弓を引いた。


 俺から見ても最初に見た夏美さんよりも自然で流れるような動作で田中先生は弓を引いている。

 俺は弓を弾くために盾を構えて、矢が放たれるのを待つ。


 静寂の中、田中先生の弓から矢が放たれた。

 俺は動くことなく、矢が真横にあった的に当たる。


 矢が当たった瞬間に夏美さんが驚くような声を上げて、両手で口を覆っていた。

 矢を撃ち終わった先生が大きな声で俺へ叱るように声をかけてくる。


「矢を弾くなんてできないじゃない! こっちに戻ってきなさい!」


 俺は体から数センチ離れたところに刺さった矢を手で抜いて、地面へ落した。

 再び盾を構えて、怒っている田中先生へ顔を向ける。


「俺に当たらない矢なんて弾く必要がありません! 今度はここを狙ってください!!」


 俺は盾で自分の胸を叩きながら、田中先生へ自分の胸を狙うように言い放つ。

 田中先生は何も言うことなく、そばにいた夏美さんへ矢を受け取るために右手を差し出していた。


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