第3章導入編②~谷屋絵蓮奮闘~

 私は騎士大学校の演習で桜島に来ていた。


 桜島は、猪のモンスターであるワイルドボアやグリズリーなどが現れる比較的安全なフィールドだ。

 ここで40名程の人数がモンスターとの戦闘訓練などを行なっている。


 演習中に突然地震のようなものが起こったと思ったら、すぐに桜島の火口からワイバーンが湧くように現れ始めた。


 演習中に私はこの隊のリーダーを担っていたため、1人でも多くのメンバーを逃がすために上空から近づいてくるワイバーンを迎え撃つ。


(1匹1匹が大きくて強い……)


 ワイバーンは資料で見たことがあり、体長が2~3mほどの飛竜と呼ばれるモンスター。


 それが突如火口から噴き出すように現れたため、私は上空から私へ空を滑走するように降りてくるワイバーンを剣で攻撃を行なった。

 ワイバーンへ私の剣が当たっても、硬い鱗に覆われた体を切ることができない。


 ワイバーンの突進で私の体が弾かれたが、ここで倒れては仲間を逃がすことができない。

 私はワイバーンを倒すことを諦めて、ワイバーンの攻撃から仲間を守るようにワイバーンへ立ち向かう。


 金髪の目立つ1人の仲間が帰還石を忘れたとわめいていたので、私の帰還石を渡してしまった。

 全員を逃がし終わった時には、もう私は周りをワイバーンに囲まれて逃げることができなくなっていた。


 私を囲うワイバーンは私をいたぶるように、私へかみついてきている。

 私は持っていた盾でなんとかワイバーンの攻撃を防いでおり、この剣や盾が使えなくなったらワイバーンに殺されるのだろう。


(死ぬ前に……1度は恋をしたかったな……)


 小さな時から剣を振り続けて、剣の腕前だけだったら私は常に一番だった。

 そのせいで周りからは、自分たちとは違うと一線を引かれ続けている。


(私へ好意を寄せてくれる人もいた)


 私のことを好きと言ってくれる人に理由を聞くと、必ずと言っていいほど剣を振っている姿に惚れたなど同じようなことばかりを口にしていた。


(私は人に好きになってもらうために剣を振っているわけじゃない!)


 どこまで自分が強くなれるのか追求し続けたい。

 自分が強力なモンスターを倒せるようになる成長を感じたい。


(それももう、ここで終わりか……)


 自分の強さへの道が断たれようとしている無念で目に涙が浮かび始めていた。


 私の周りを囲むワイバーンが距離を詰め始めてきている。


 おそらく、私が剣を振れなくなってきているのが分かっているのだろう。

 今はもう、目の前の攻撃を盾で防ぐくらいしか私にできることが無い。


 背後から引っかかれ、左右からくる攻撃に対応できなくなってきている。

 盾を持った腕も動かなくなりつつある。

 

 正面にいるワイバーンの頭突きを受けて、地面へ突き飛ばされた。


「っ!?」


 地面へ倒れ込んた私をワイバーンが囲い、覗き込まれている。

 私は自分の死を悟り、慕っていてくれていた後輩へ心の中で謝罪を行う。


(ごめん、真央。私はここで終わりみたい)


 真央だけは私を普通の先輩のように接してくれていた。

 クラスメイトのほとんどを目の前でモンスターに殺されてしまい、心が死んでしまった真央が立ち直るまでそばにいた。


 最近ではようやく家の外にも出られるようになり、電話では車も買ったと嬉しそうに話してくれた。


(今は小さい子に取られちゃったけど……それでよかったな……)


 私は死ぬ前に真央のことを託した少年の顔を思い出す。

 彼は私に対して、必ず超えると言い放ってきた。


(あんな風に自分へ挑戦しようとする彼がまぶしく見えた)


 おそらく彼が同学年だったら、私は彼のことを意識したのかもしれない。

 しかし、彼は妹よりも年下で私とは7歳の差がある。

 真央はそんな彼の行動に振り回されっぱなしということも言っていた。


 真央が小さい子に振り回されていることを考えたらこの状況でも笑ってしまう。


(佐藤くん。真央のことは頼んだよ……)


 私は剣や盾から手を離し、胸にしまってあった解体用のナイフを引き抜く。

 

(モンスターにいたぶられて死ぬくらいなら、私は自ら死を選ぶ!)


 今にもワイバーンが牙で私の体を噛みつこうとしていた。

 私は両手でナイフを自分へ向けて持ち、首を掻き切る準備をする。


 目を閉じて、自分の首に向かって両手を振り下ろす。


「っ!!」


 しかし、自分がいくら力を込めても腕が動かない。


 疲労で痛みの感覚がなく、ワイバーンに手を噛まれたのか、どれだけ動かそうとしても自分の体が言うことを聞いてくれない。


 自由に死ぬことさえ許されない悔しさが胸にこみ上げてくる。


「動いてよ!」

「絶対に動かしません」


 叫ぶような私の言葉に、私以外の声が突然聞こえてきた。


(周りには誰もいないはず!?)


 私はすぐに目を開けて、声の聞こえた方向を見る。


 そこには、黒い防具で覆った人が私のナイフを止めるように血を流しながら手で握り締めていた。

 しかし、なぜか頭には赤い布を巻いている。


「誰!?」


 私はこんな人を見たことが無いため、その人に向けて声をかける。


 自然とナイフから私の手が離れたため、その人はナイフをワイバーンへ投げつけた。

 私の言葉にこたえることなく、その人は私を守るようにワイバーンと立ち向かう。


「あなたを助けに来ました。今までよく頑張りましたね」


 私へ背中を向けながら、その人は私を助けに来たと言っている。


 こんな状況でどうやってここまできたのか。

 あなたはいったいだれなのか。

 どうして助けてくれるのか。


 聞きたいことがたくさんあり、私は言葉に詰まってしまう。

 今までは人を助けた経験はあっても、このように助けられようとする経験がない。

 私が何も言わないのを気にしないように、その人が動き出す。


「旋風脚!」


 その人は足でワイバーンを振り払うように蹴り、周囲にいた数匹のワイバーンの首がはねられる。


(一蹴りでワイバーンを倒すの!?)


 私はその人の行動に目を奪われた。

 よく見たら、その人は武器らしいものを何も持っていない。


 最初の攻撃を行なった後、素手でワイバーンを殴り始めていた。

 私の近くにも胸に穴が開いたワイバーンが倒れてくる。


 私の周囲からワイバーンが離れていく。

 私は目の前で起こっていることが信じられず、呆然と黒い防具を着けた人を見つめてしまう。


 すると、消えるように私の視界からいなくなり、いきなり私の目の前に現れた。


「動けますか?」


 そう言われて、立ち上がろうとしても私の体はもう動いてくれない。

 首を横に振ると、その人が急に私の肩と足へ腕を回してきて、胸に抱きかかえられてから持ち上げられた。


「えっ!?」

「少し揺れますが、我慢してくれますか?」


 布の間から私を心配するように見ている目がわずかに見える。

 私はいきなり抱きかかえられた驚きよりも、その人の瞳を覗いてしまう。


「はい……」


 胸のときめきを抑えながら、私はかろうじてその人に対して返事をすることができた。

 その人は私の返事を聞いてから立ち上がり、ワイバーンへ向けて走り出す。


「どけ!」


 その人は目の前を遮るように現れたワイバーンを足場にして高く飛び上がる。

 地面には薄い桜色のワイバーンが敷き詰めるように立っていた。


 私たちはそのままワイバーンのじゅうたんに向けて落ち始めてしまう。


 下ではワイバーンが口を開けて私たちが落ちるのを待っている。

 その人はワイバーンを気にすることなく、ワイバーンを蹴散らしながら地面へ向けて足を振り下ろしていた。


「アースネイル!」


 地面へ足を打ち付けたら、周囲の土が釘のように盛り上がり、ワイバーンたちを突き刺していた。

 足を打ちつけた衝撃が私まで伝わる。


(こんな魔法見たことがない……)


 これまで魔法大学校の人とも合同演習を行なったことがあり、そこでもこんな魔法は使われていない。

 その時に魔法は火の矢を飛ばし、痺れる程度の雷を行える程度だと認識していた。

 しかし、この人は平然と足で地面を踏みつけるだけでワイバーンを倒せる魔法を使う。


(この人はなんなの!?)


 私を抱える人物が戦う様子を信じることができず、これが自分の夢ではないかと思い始めた。

 思い切り舌を噛んでみて、痛覚があるのか確認をする。


「いたっ……」

「大丈夫ですか? ヒールを行いますね」


 私が馬鹿なことをして痛がっただけなのに、その人はヒールをかけてくれると言う。

 私の体が淡い緑色の光に包まれ、自分の体に活力が戻ってくる。


(すごい……)


 支援大学校の人でもこんなヒールはできなかった。

 私はますますこの人の正体が分からなくなる。


(素手で戦えて、強力な魔法が使える。そして、支援もできる……)


 そんな人今まで聞いたことが無い。

 歴史上の人物でも、できてどれか1つの分野に特化していた。

 しかも、素手で戦うことなど、人類が生まれてからすぐの歴史でしか紹介されない。


 その人は私を抱きかかえながらワイバーンを倒し続けて、桜島と唯一陸が続いている場所に近づいていた。


 何度目か分からない上空へ跳びあがった際に、そこに戦車などが展開されているのが見える。

 しかし、そこでは数えきれないほどのワイバーンが陸地から侵略しようと、展開されている戦車に向けて火のブレスを放っていた。


 私たちがその攻防をかすかに見える程度まで近づくと、戦車へ攻撃していたワイバーンが一斉にこちらへ向かってくる。

 その光景を見て私は絶望してしまう。


(ようやくここまできたのに……)


 私を抱える人の表情を見ることができないが、おそらく焦っているに違いない。

 不安を隠しきれず、私の体が震えてしまっている。


「すみません、もう立てますか?」

「え……」


 私をここまで連れてきて見捨てるつもりなのか、その人は私に立てるかどうか聞いている。

 ワイバーンの大軍が近づいてきて、私は恐怖で必死に首を横に振った。


「なら、ここで座っていてください」


 その人は私を地面へ置いて逃げようとしている。

 私はこの人だけが頼りなので、腕をこの人の首に回して必死にしがみつく。


「助けに来てくれたんじゃないの!?」

「そうですよ。今からあれを倒します」

「え……」


 私はその人の言葉が信じられず、間抜けな返事をしてしまった。

 その人は私を地面へ置くと、本当にワイバーンに向かって立っている。


(こんな量のワイバーンをどうやって倒すの!?)


 私の不安をよそに、その人は飛んでくるワイバーンに合わせるように腕を振り上げた。

 ワイバーンとその人が当たる直前に、ワイバーンへ拳を思いっきり振り抜く。


「バーニングフィスト!」


 その人がワイバーンへ向けて放った拳から、炎の塊がワイバーンへ向かって突き進む。

 ワイバーンは炎の塊から弾かれるように焼かれながら蹴散らされる。


「あそこまで走れますか?」


 その人は私へ戦車のあった方角を示す。

 私はなんとか立ち上がって、その人と向かい合う。


「助けていただきありがとうございました」

「気にしないでください」


 私がこの言葉を使う時がくるとは思っていなかった。

 自らの慢心を感じながら、助けてくれた人へお礼を伝える。


 その人は私へ早く向こうへ行くように再度言ってくる。

 初めて助けられた人へどうしても聞きたいことが残っていた。


「あなたの名前を教えていただいてもいいですか?」


 その人は私の言葉を無視するように島へ向かって走り出す。

 しかし、すれ違いざまに私へ言葉をかけてくれた。


「名乗る名はありません。早く行ってください」


 私の背後にはまた多数のワイバーンがこちらへ向かってきていた。

 その人はそのすべてのワイバーンを倒しながら島の中央へ向かっている。


 私は戦っているその人へ頭を下げた後、防衛線まで走り出す。


 防衛線には私の仲間が数人おり、私が島から戻ったことを喜んでくれている。


 私の背後から、今までにないワイバーンのブレスにより戦車が数台巻き込まれて破壊されたと連絡をしている人がいた。


 私は未だに桜島で戦っているあの人の無事を願う。


(黒騎士様、御武運をお祈りします)


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