海底神殿攻略編⑧~拳へのこだわり~

「俺は1時間半後に帰還します。みんなはすぐに帰還をしてこれから言うことを実行してください」


 俺の言葉を聞いて、佐々木さんはうなずく。

 しかし、理由の分からない真央さんと花蓮さんが口をはさもうとしてきた。


「佐藤くんの話を黙って聞いてくれ!!」


 佐々木さんが2人へ怒鳴りながら言葉を投げつけた。

 時間の余裕がないため、俺は最低限の情報を2人へ伝える。


「桜島から出現したモンスターが街を襲おうとしています。今はなんとか防衛をしてくれていますが、長くは持ちません」


 佐々木さんは黙って俺の言葉を待っていた。

 ただ、それを聞いた時の2人の様子がおかしい。


 すぐに真央さんが詳しい状況を教えてくれと俺へ詰め寄ってくる。

 俺も襲われていると聞いているだけなので、何もわからないと伝えたら真央さんが悔しそうに涙を流し出す。

 真央さんを見た花蓮さんが重い口を開いた。


「今、お姉ちゃんが桜島で演習をしているの……」

「絵蓮さんが!?」


 真央さんはその場にうずくまり、先輩と呟き続ける。

 俺は真央さんの顔を上げて目を見つめた。


「俺は今から全力で絵蓮さんを助けに行くための準備をします! 手伝ってくれますか!?」

「先輩を助けて……くれるのか?」

「この拳にかけて」


 俺の言葉を聞いて、真央さんは涙をぬぐってから立ち上がる。

 すぐに目に力を取り戻した真央さんが俺を見る。


「なにをすればいいんだ?」

「2人は帰還してから、第1地区の杉山さんの武器屋へ行って俺の注文した物を取ってきてください」

「それだけでいいのか?」


 真央さんが少し不安そうに荷物を取ってくるだけでいいのかと言ってきた。

 俺は真央さんの目を見返して、手を握る。


「俺にはそれが必要なんです」

「わかった!」


 真央さんはと花蓮さんがうなずいてくれて、今度は佐々木さんへ指示を出す。


「佐々木さんは、ギルド長へ桜島と連絡を取るように言ってください」

「どんな連絡だ?」

「今から桜島の状況を打開する戦力を送る。この一言が桜島で戦っている人たちに伝わればいいです」

「必ず行おう」


 佐々木さんは力強くうなずく。


(これで、最低限やってほしいことは3人へ伝えた)


 俺は最後の確認を行い、やらなければならないことを1つ1つ思い浮かべる。


(危ない、忘れるところだった……)


 俺は3人へ最後にと言いながら、言葉を続ける。


「俺には思いつかないので、俺の正体がばれないような対策を考えておいてください」


 3人は驚くような顔をした後、ほぼ同時にうなずいて返事をしてくれた。


「ああ」

「わかったわ」

「任せろ」


 俺は帰還する3人へ、俺の帰還をする時間を伝えてから見送る。


 スマホで時間の設定を行う。

 スマホを手に取ろうとしたところ、自分の足元に槍が落ちていることに気が付いた。

 俺は全力で海底洞窟の入り口へ戻り、その前へ槍を突き刺す。


(ここへ刺しておけば誰にも取られないだろう)


 俺は森を疾走して、レッドベアを探し始める。


「レッドベアどころか、グリズリーもいない!」


 慌てていたため、思わず考えていたことが口に出てしまう。

 確実にモンスターと会うために伊豆高原フィールドへ向かうことにした。

 フィールドへ向かっている途中にワイルドボアが現れたので、蹴り飛ばす。


 森を駆け抜けながら、ようやく手にした拳への思いをはせる。


(ゲーム内で拳を武器として使い始めてからは誰もPTを組んでくれなかった)


 それからは、1人でひたすら拳を鍛えるべくモンスターを殴り続ける日々が続く。

 当時は誰も拳をメイン武器として使用していなかったため、なんの情報もなく手探りでスキルを上げた。


 伊豆高原フィールドに着き、ウォーウルフがこちらへ走っている。

 俺は全身の力を右手の拳に託して、跳びかかってくるウォーウルフの頭へ拳を振り下ろす。


 ウォーウルフの骨が砕ける感触が俺の拳に伝わり、ウォーウルフは地面へ打ち付けられた。


(拳は武器として使えない。拳なんて使っても意味がない。この言葉を何万回言われたのかわからない)


 俺は自分の倒したウォーウルフから目を離して、後ろから這い出てきているマンドラゴラへ拳をぶつける。

 マンドラゴラへ数発の拳を打ち付けると、絶叫してくれた。


 増え続けるマンドラゴラと戦っている最中に、自分の拳が武器へと昇華していく感覚が湧き上がってくる。

 拳による攻撃力が増加して、一撃でマンドラゴラを倒した。


 ある程度フィールドでモンスターを倒したため、再度森へ向かうとレッドベアが現れる。

 レッドベアを見た瞬間、俺はレッドベアの頭めがけて拳を振り上げながら跳ぶ。


 それをさえぎるようにレッドベアの左右からグリズリーが現れるため、足で振り払うように蹴る。


 レッドベアの前で地面に落ちてしまい、レッドベアが俺に向かって両手を振り下ろす。

 俺は振り下ろされたレッドベアの腕を受け止める。


 俺が止まってしまったため、周りにいたグリズリーに足や腕を噛まれ、レッドベアは俺の肩に噛みついてきた。

 それぞれのモンスターが俺の体を食いちぎろうとしてくる。


「この程度で俺を止められると思うな!!」


 受け止めていたレッドベアの両腕を振り払い、拳を握りしめる。

 レッドベアの顎へ両拳をはさむように打ち込む。

 レッドベアの顎が砕け、俺から口を離す。


(俺は拳士だ! 自分の体すべてを使ってモンスターを倒し続ける!)


 拳を振り下ろして、俺を噛んでいたグリズリーの首の骨を拳で粉砕する。

 次に、後ろから現れるグリズリーを足を蹴り上げて、転倒させてから拳を思いっきり頭へ打ち抜く。

 グリズリーの頭から血しぶきが上がり、俺の服を赤く染める。


 俺は確実に強くなっている自分の拳を使って、グリズリーを倒し続けた。


 森の奥から地鳴りと共に鳴き音が聞こえ、顔を向けると俺が先ほど蹴ったワイルドボアが群れを成して森を出てこようとしている。


(俺の拳を砕いてみろ!)


 俺はワイルドボアの体で1番硬い、岩を砕くという頭へ拳をぶつける。

 俺の手は弾かれることなく、ワイルドボアの頭へめり込んだ。



-------------------------------------------



 スマホのアラームが鳴る頃には、レッドベアを中心にグリズリーやワイルドボアの山がいくつかできてしまう。

 最後にレッドベアの頭を踏み潰して、戦闘を終了させた。

 これからのことを考えて、海底神殿の入り口に刺してある槍のそばにスマホを置きに戻る。


(すぐに帰ろう)


 俺は帰還石を取り出して、力を込めて帰還する。


 帰還をしたら、目の前に清水さんが立っていた。

 清水さんは真っ赤に染まっている俺を見て固まってしまうが、なんとか動き出して俺を案内してくれる。


「佐藤くん、こっち!」

「お願いします」


 清水さんがギルドの中に向けて走り出すので、俺はそれを追う。

 清水さんから案内されたのは、使った形跡があまり無い預り所の倉庫だった。


 そこには、佐々木さんと花蓮さん、真央さん、杉山さんの4人が待っていた。


「杉山さん?」

「すぐに服を脱げ!」


 杉山さんは俺の赤く染まった服を奪うように脱がせて、佐々木さんたちへ指示をしながら俺へ用意してくれていた服を着させる。

 そばに置いてあった防具を俺へ着けようとしているので、いらないと言わなければならない。


「防具はちょっと……」


 俺の言葉に、周りにいた全員から同じように俺の体を隠すために必要だから着けろと言われた。

 全員から力強く言われたので、俺は渋々防具を着けることを了承する。


 杉山さんの用意してくれたという、比較的動きやすそうな黒い防具を全身に着けた。

 顔を覆うような兜もつけようとしてきたので、それだけは勘弁してくれと抵抗する。


 兜を着けないと言ったところ、真央さんが怒ったように俺へ言葉をかける。


「ならどうやって顔を隠すんだよ!」

「考えましょう」


 顔を隠す方法について悩んでいる時に、清水さんが急にそばに置いてあった赤い布を手に取る。


「これをぐるぐる巻きにしませんか?」

「はるちゃん、すぐにこいつへ巻いてやろう!」


 俺の顔は真央さんと清水さんによって、赤い布でかろうじて視野と呼吸の確保ができるくらいに巻かれた。


(今の自分の姿を見たくない……)


 しかし、おそらく誰が見ても俺のことが一目でわからなくなったと思う。

 複雑そうに俺の体を見ながら、杉山さんが小さな袋に入ったものを俺へ渡してくる。


「これが欲しがっていたものなんだろう?」


 杉山さんの持っていた袋には、俺の注文していたバフォメットの鎌を溶かしたアダマンタイトで作られたフィストガードが入っていた。


「ありがとうございます!」


 俺はすぐにフィストガードを手に着けて、桜島へ向かう準備が完了した。

 その時に佐々木さんが電話をしており、急ぐように俺へ言葉をかける。


「佐藤くん、ギルド長が鹿児島へ向けて連絡を行なった!」

「わかりました」

「どうやって行くんだ?」

「秘密です」


 俺は心の中でレべ天へ行きたい場所を伝える。


 次の瞬間、俺の体が光に包まれた。


「それじゃあ、行ってきます」


 俺は右手を上げて、その場にいた5人へ合図を送る。

 5人はそれぞれの言葉で俺を見送ってくれた。


 いきなり視界が変わったと思ったら、俺は海のはるか上に飛ばされている。

 眼下には薄いピンク色に染まった島がそびえ立っていた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


ご覧いただきありがとうございました。

現在カクヨムコン9に以下の作品で参戦しております。

ぜひ、応援よろしくお願いします。


【最強の無能力者】追放された隠し職業「レベル0」はシステム外のチート機能で破滅世界を無双する

https://kakuyomu.jp/works/16817330666662865599

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る