拳士式ブートキャンプ編⑥~レッドベア戦~

 俺は佐々木さんに真央さんを託して、ダガーを両手に持ちレッドベアへ挑む。

 後ろから、真央さんが俺の名前を泣くようにわめきながら呼ぶ声が聞こえてきた。


(まだレッドベアまで少し距離があるな)


 俺はダガーを左手で2本持って、右手で拳を作り、親指を上に出して真央さんへ笑顔を向けた。


(倒せるという確証はまったくない。ただ、ここで俺がこいつを倒さないと真央さんは一生戦えなくなる!)

 

 両手にダガーを持って、全速力でレッドベアへ向かって走る。

 俺が近づいていくとすぐに数体のグリズリーがレッドベアを守るように立ちふさがった。


「邪魔だ!」


 立ちふさがってきた2体のグリズリーへ飛びかかり、それぞれにダガーで急所突きを行う。

 ダガーの一撃でグリズリーを倒して、レッドベアへ目を向ける。


 レッドベアは仲間のグリズリーごと俺へ大きくて鋭い爪のある手を振るってきていた。

 俺は自分が刺したグリズリーを踏み台にして、レッドベアの攻撃を避けるために上空へ跳ぶ。


 下を確認すると、レッドベアとグリズリーは俺が落ちてくるのを待っていた。

 俺は上を向いているレッドベアを見て、好機ととらえる。


 レッドベアの後ろへ行くためにテレポートを行い、背後から奇襲を行う。

 俺はレッドベアの背後から急所突きでダガーを突き刺し、魔力を込める。


「ライトニングボルト!」


 レッドベアが体の中から雷で焼かれる痛みでうめく。

 俺がもう1度攻撃を行う前に、まわりのグリズリーが俺へ噛みつこうとしていた。

 ダガーを力任せに引き抜いて、レッドベアから離れる。


(グリズリーが邪魔すぎる!)


 レッドベアがうずくまったまま動かないので、周りのグリズリーから処理する。


(おかしい……まったく減らない……)


 グリズリーを倒し続けても、一向に数が減ったような気がしない。

 またグリズリーを蹴り飛ばして上空へ上がり、一瞬下を見て倒れているグリズリーを見ても20体以上は倒している。


(やっぱり、レッドベアを倒さないとだめか)


 ゲームでもボスの周りにいるモンスターは倒しても自動で湧いてくる。

 現実ではありえないだろうと思っていたことが自分の目の前で起きていた。


 レッドベアがまだうずくまっているので、とどめを刺すためにこのまま落ちる。

 すぐに周りにいるグリズリーへダガーを向けた。


「ファイヤーアロー!」


 両手から15本ずつの火の矢がグリズリーに向かって飛び、レッドベアのまわりから一時的に生きているグリズリーが消えた。

 俺はダガーを振り上げて、レッドベアをめがけてダガーを突き立てる体勢をとる。


 邪魔をされることなく、レッドベアへダガーを突き立てて、とどめの魔法を唱えた。


「ライトニングボルト!」


 レッドベアからダガーを引き抜くと、周りにいたグリズリーが森の中へ逃げてしまう。


 周囲を警戒しながら、後退していく。

 しばらく時間が経っても周りからグリズリーがこない。


(もう終わったか)


 俺は森に背中を向けて、遠くにいる3人へ手を振る。


(あー、しんど……)


 その場に座り込んで、森へ顔を向けた。

 森は静寂を取り戻して、先ほどの戦闘がなかったかのように思える。

 しかし、俺の目の前には大量のグリズリーとレッドベアが倒れていた。


(これも置いていくのかな……)


 俺が倒したモンスターを見て考え事をしていたら、いきなりなにかに襲われて俺は地面に倒れ、さらに上へ乗られた。


 なにかと思って俺に乗ってきたものへ目を向けたら、真央さんが泣きながら俺の上に乗っていた。

 真央さんは俺の服に涙を落としながら震える声を出してきた。


「死ぬかと思った……」

「死にませんよ。俺は真央さんの英雄なんでしょ?」

「な!? えっ!?」


 俺の言葉を聞いた真央さんは、顔をまっ赤にして後ろから来ている佐々木さんを赤い目でにらむ。

 佐々木さんも近くまで来ており、俺の言葉が聞こえたようだった。


「ごめん、太田さん。口が滑った」

「……ゆるさない」


 真央さんが俺の上に乗ったまま佐々木さんを見ている。

 そろそろどいてもらおうかと言葉をかけようとした時、真央さんが自分から俺の上を離れてくれた。

 俺は立ち上がり、真央さんへ話しかける。


「俺は死にませんよ。これからもずっと」


 真央さんは一瞬言葉を失い、涙を拭きながら俺を見た。


「一番近くで見ていてやるよ」

「ちゃんと付いてきてくださいね」


 真央さんの泣き顔がようやく笑顔になってくれた。

 俺は安心して、目の前のモンスターについて佐々木さんへ相談する。


「佐々木さん、これどうします? 置いておくわけにはいかないですよね」

「さすがにこの量はな……」


 佐々木さんは電話をかけて、話を始める。

 

 花蓮さんが少し離れて俺を呼ぶので、花蓮さんへ近づく。


「佐々木さんは何をしているの?」

「たぶん、これを引き取りに来る人を手配していると思います」

「そんなことできるんだ」

「こんな量、持って帰れないですからね」


 花蓮さんと話をしている時に、落ち着いた真央さんがこちらへやってくる。


「どうしたんだ?」

「この量がすごいって話をしていました」

「まあ、すごいからな……」


 落ち着いて、倒れているグリズリーを数えたら32体倒れていた。

 電話をしている佐々木さんが数え終わった俺を見るので、指で32と教える。

 佐々木さんは頭を抱えながら、電話を再開した。


 俺は佐々木さんの電話が終わるまでやることがないので、2人に武器の手入れをしようと提案する。

 持ってきた荷物の中から杉山さんのところで買った武器の手入れセットを取り出した。


 3人で武器を磨いている時に、佐々木さんがこちらへ向かってくる。


「電話終わりましたか?」

「ああ、終わった。今すぐにこの場を離れよう」

「どういうことですか?」


 佐々木さんはここを離れようと提案をしてきて、すぐにその理由を説明してくれた。


「招待した有名な冒険者が赤いグリズリーを討伐して、グリズリーも大量に倒したからすぐに来てくれと頼んだんだ」

「招待した冒険者って……」

「嘘だが、誰が証言する?」


 俺は周りを見て、ここには自分たち以外がいないことを思い出した。


(佐々木さんはすべて架空の人物になすりつけようとしているのか)


 俺は武器をしまって、リヤカーを引くために戻る。

 他の2人も察したのか、森へ入る準備を行っていた。

 リヤカーを引く前に、佐々木さんへ気になったことを聞く。


「ちなみに、こいつらの素材はどうなりますか?」

「きみが良ければ、寄付になるな」

「大丈夫です。それでお願いします」

「ありがとう。寄付をしてくれるほど上手く隠せるからな」


 聞いてはいけないことを佐々木さんが言ったような気がしたので、聞こえないふりをしてリヤカーを引き始める。


 森を進んでいる時に、少しだけ開けた場所が見える。

 そこが見えた佐々木さんは少し大きな声を出す。


「みんな! 今日はここでキャンプをしよう」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


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