拳士式ブートキャンプ編③~谷屋花蓮戦(太田真央視点)~

 私にはよく分からないが、花蓮ちゃんは一也へ攻撃を行った後、3月の一也のことをまねしていたと言っていた。


(大会での戦いを見た後に、このように一也と対峙できる花蓮ちゃんの度胸がすごいと思う)


 私は対峙する2人の様子を見ながら、先ほど花蓮ちゃんから話された電話の内容を思い出す。

 電話越しに花蓮ちゃんは泣くように私へ思いを伝えてきた。


 PTとして大会に出たのに、決勝で一也が行った一連の動作に見惚れてしまったらしい。

 それが悔しくて、自分が一也を相手にどこまでできるのかキャンプの前にどうにか試したいと言っていた。


(おそらく、花蓮ちゃんと一也には圧倒的な差があるはず……)


 私は2人の勝負を見守り、邪魔が入らないように周りを警戒している。

 しばらく2人は動かず、私が息を飲んだ瞬間に一也がその場から消えるように走り出していた。


(あいつ……あんなに速く走れるようになっていたのか!?)


 一也は10mほどあった距離を一瞬で疾走し、メイスで花蓮ちゃんへ攻撃をしようとしている。

 あんなことを目の前でされたら、戸惑うどころか自分の目を疑ってしまうだろう。


(こうして遠くから見ている私も今目の前で起こっていることが信じられない)


 花蓮ちゃんが少し遅れて剣を一也に振るい始めた。

 しかし、一也のメイスに剣ごと弾かれている。

 一也はその隙を見逃さずに、花蓮ちゃんに向かってメイスを振るっていた。


 間一髪、花蓮ちゃんは一也の攻撃を盾で受ける。

 ただ、その衝撃で盾が砕けて、花蓮ちゃんも地面を滑るように吹き飛んでいた。


 私は自分の目がきちんと見えているか不安になりはじめる。


 なんと、一也は吹き飛ばされた花蓮ちゃんに追い付いて、メイスを叩き付けようとしている。

 その一撃で花蓮ちゃんの持っていた剣が弾かれた。

 剣を弾かれた花蓮ちゃんは衝撃で地面へ倒れる。


 一也はそこで終わらずに、メイスを構えて倒れた花蓮ちゃんへ追撃しようとしていた。


 私は花蓮ちゃんの気持ちを尊重して、できるだけ声をかけないようにしている。

 ただ、今から行われることを予想して、思わず声が出てしまった。


「一也! 止めろ!!」


 私の声はむなしく修練場に響き、一也は花蓮ちゃんに向かってメイスを振り上げる。

 メイスが振りあがると花蓮ちゃんの体が宙を舞った。


 花蓮ちゃんを受け止めるために私が走り出してもとても間に合いそうにない。


(このまま地面に叩き付けられたらまずい!)


 私がそう思った時、すでに一也が花蓮ちゃんを受け止めようとしていた。

 地面に着く寸前に花蓮ちゃんを一也が受け止めて、笑顔で話しかけている。


「花蓮さん強くなりましたね」


(私には花蓮ちゃんが可哀そうなくらい一方的に打ちのめされたようにしか見えなかったが、一也には何か分かったのか?)


 花蓮ちゃんは一也に受け止められた体勢のまま、一也をにらんでいた。


「すぐに降ろしなさい」


 それを聞き、一也はすぐに花蓮ちゃんを降ろした。

 花蓮ちゃんは悔しそうに一也を見た後に、私のところへ歩いてくる。


「太田さん、無理を言ってすみませんでした」

「いいよ……それより、体は大丈夫か?」


 花蓮ちゃんはあんな風に攻撃を受けて無事なわけがない。

 それを確認するために声をかけても、花蓮ちゃんは安心してくださいと言いながら私を見る。


「ヒールが使えるようになったので、少しくらいの怪我なら自分で治せます」

「うそ……」

「本当ですよ。太田さんもメイスを振るったらできると思います」


 私には花蓮ちゃんが一也と同じ道に入りかけていると感じてしまい、負けていられない思いを抱く。

 一也がメイスを持っているので、渡すように声をかける。


「一也、それ貸してくれよ」

「んー……時間切れですね」


 一也がそう言いながら周りを見ているので、私は一也の視線を追う。

 そこには、少しずつだが人が増え始めていた。

 花蓮ちゃんも人が増えているのを確認して、一也のメイスを奪って走り出している。


「これ返してくるね」

「お願いします。真央さん、車へ行きましょう」


 俺はやりきれない気持ちを抑えて、一也に言われるがまま車へ戻ることにした。


 人が増え始めていたのは、やはり一也が原因だった。

 私は先に車に戻り、その光景を見守っている。


 修練場を出る時に、一也は握手を求められている。

 私は、珍しく一也が困惑している様子を眺めた。


 すぐに花蓮ちゃんが受付から戻ってきて、一也へ急ぐようにと服を引いている。

 一也は集まっている人たちへ謝りながら、車に向かってきた。

 一也と花蓮ちゃんが車の後部座席に乗り込み、私へ発進するように言ってくる。


「真央さん、すぐに出してください」

「はいよ」


 私は一也に言われて、目的地も無いまま車を発進させた。

 どこに向かうか聞くために、後ろにいる2人へ声をかける。


「それで、どこへ行くんだ?」


 私の言葉に一也が反応して、スマホで電話をかけ始まる。


「佐々木さんにキャンプのことを聞くので、少し適当に走ってください」

「適当って……」


 最初に言っていたキャンプ用品のありそうなホームセンターへ向かうことにした。

 一也の電話に佐々木さんはすぐに出てくれていたようで、一也が会話を始める。

 一也は私にも電話の内容が聞こえるようにしてくれた。


「こんにちは、佐々木さん」

「ちょっと待ってくれ」


 佐々木さんは電話が一也からだとわかり、移動しているようだった。

 外に出たのか、扉をしまる音が聞こえてから佐々木さんが話を始める。


「佐藤くん、いったいどうしたんだ?」

「すみません、明日に準備するものを教えてほしいんですが……」


 佐々木さんはこんな直前にと言いながら、一也へ説明を始める。


「保護者へ書類を渡したはずだが……確認をしたのか?」

「していません」


 一也の言葉に、佐々木さんは大きなため息をつく。


「少し待っていなさい」


 佐々木さんが一也へ待つように伝えている。

 私もそんな書類を確認した覚えがないので、運転をしながら自分のところへそんな案内が来ていたのか考えてしまう。


(そういえば、なんか県庁から封筒が来ていた気がする……)


 あの封筒はその詳細が記載されていた紙が入っていたのかと、今思い出してしまう。

 私の家には市や県からよく研修会の案内などくるため、そういうものだと思って積んでしまった。


(たいしたことないと思って、玄関に置きっぱなしで放置したな)


 私は何も言わずに、知らないふりをして運転を続ける。

 バックミラーを見たら、一也が私を疑惑の目で見てきていた。


 佐々木さんは待たせたと言いながら、一也へ伝え始める。


「テント2張と寝袋4人分とその他のキャンプ用品はこちらで用意をした。なので、着替えなど普段使うものを準備してほしい」

「わかりました。ありがとうございます」

「後、明日は7時にギルド集合してほしい」

「はい。よろしくお願いします」


 一也は電話を切り、私へ声をかけてくる。


「真央さん、書類の確認したんですか?」


 その言葉に、花蓮ちゃんも驚いたように私を見てきた。

 バックミラーを見なくても、私は2人に見られているのがわかる。


「ごめん……」

「いいですよ。その代わり、俺の家に向かってください」

「帰るのか?」


 一也は首を振って、笑顔で私へ言葉をかける。


「俺のメイスを貸すので、真央さんにはスライムを叩いてもらいます」

「マジか……」

「メイスを使いたいんですよね?」


 一也が笑いながら言ってくるので、今日はとことん付き合うことにした。


「ああ、やってやるよ」


 一也の家に着くと、一也は1度家に入り、大きな箱と何かの袋を持って出てきた。

 車に乗り込み、その袋を花蓮ちゃんに渡している。


「なにこれ?」

「さっき盾を壊しちゃったので、キャンプの時はこれを使ってください」


 花蓮ちゃんは一也から受け取った袋から、盾を取り出している。


「これはなんの……もしかしてこの前の大会で使っていたミスリルの盾!?」

「そうですよ」


 花蓮ちゃんは両手で盾を持って、感動するように盾を眺めている。

 私もあの時に使っていた盾を見たいので、後ろを向いて花蓮ちゃんの持っている盾を見た。


(これがあの攻撃をした盾なのか……)


 私と花蓮ちゃんが盾を眺めている様子がおかしいのか、一也は少し笑いながら私へ話しかける。


「真央さん、スライムのところへ行きましょうか」

「あ、ああ……」


 盾を眺めてしまっていたため、返事が中途半端になってしまった。

 車を発進させると、花蓮ちゃんが思い出したように私へ声をかける。


「ビッグスライムの核ってどうなったんでしょうね」

「色々ありすぎて忘れてたな」


 大会の前にビッグスライムの核を区役所へ持っていったら、オークションにすると言われていたのを思い出す。

 花蓮ちゃんも忘れていたようで、忘れていましたねと言いながら私へ笑いかけてくる。

 そんな時に、一也がメイスを磨きながら声をかけてきた。


「この後にもスライムの核を渡しにいくので、その時に手続きをすればいいんじゃないですか?」

「そうするか」


 車はすぐにスライムの巣に着き、私はミスリルのメイスでひたすらスライムを殴ることになった。

 花蓮ちゃんは楽しそうに剣でスライムを叩き切っている。

 

 一也はなぜか素手でスライムを殴り始めていた。

 それについて聞いたら、確認みたいなもんですと訳の分からないことを言っている。


 今日はビッグスライムが出現することはなかった。


 2時間ほどスライムを叩いたら昼食の時間になったので、引き上げている。

 今回も一也は途中から、スライムの核をひたすら拾ってくれていたので、私と花蓮ちゃんが手伝うとすぐに終わった。


 一也は自分がスライムをほとんど倒していないと言い、今日も換金には一緒に行かないらしい。

 なので、一也を家に送り、今は花蓮ちゃんと一緒に区役所へ向かっている。


 区役所に着き、スライムの核を引き取ってもらうために車へ職員を呼んで対応してもらった。

 今日はなぜか私と花蓮ちゃんは個室へ通されて、椅子に座って待っているように言われる。


 人が来る気配がないので、花蓮ちゃんへなんでこうなったのか相談をしてみることにした。


「ここで何をするんだろうね」

「ちょっと私も初めてなのでわかりません……」


 花蓮ちゃんも不安そうな表情で言っている。


(年上として私がしっかりして、花蓮ちゃんを安心させてあげよう)


 そんな時に、区役所の素材収集課の人が個室へ入室してきた。

 私はあいさつを行い、相手の反応をうかがう。


 区役所の人は私たちの前に用紙を2枚置いて、説明を始めた。


「ビッグスライムの核ですが、1個100万で落札されました」


(100万か……)


 私とは違い、花蓮ちゃんが口を覆って驚いている。


「ひゃくって……」


 最近、悪いことだと思いながらも、自分の中でお金の価値が大暴落している。

 しかし、一也から受け取った5000万の一部を使って、自分を育ててくれた祖母に環境の良い老人ホームに入ってもらうことができた。


 そんなことを考えていたら、区役所の人は用紙へサインするように言ってきた。

 いつものように受取のサインを行い、お金を振り込みにしてもらう。

 花蓮ちゃんへ口座番号を聞いたら、自分の口座を持っていないらしい。


 どうしようかと悩んでいる時に、花蓮ちゃんが私へ相談をしてくる。


「太田さん、ちょっと金額が大きいので、一時的に預かってもらってもいいですか?」

「いいよ。口座ができたら教えてね」

「お願いします」


 私は自分の口座に振り込まれるように手続きを行い、区役所を出た。

 花蓮ちゃんを送るために車へ戻ると、花蓮ちゃんは助手席に座り神妙な面持ちで私を見る。


「太田さん、あの金額でも全然動じないんですね」

「んー、最近になってからだよ」


 私は花蓮ちゃんの言葉に相槌を打ちながら、花蓮ちゃんの家へ車を発進させようとした。

 その時に、花蓮ちゃんから相談をされる。


「太田さん、私、冒険者になりたいんですけど……できますか?」

「え!?」


 花蓮ちゃんはまっすぐな目を私に向けてきた。


(花蓮ちゃんのことはギルドにいるはるちゃんたちに任せよう……)


 私は花蓮ちゃんの希望を叶えるべく、ギルドへ向けて車を発進させた。

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