拳士式ブートキャンプ編②~キャンプ前日~

「お前、急に言いすぎ」

「すみません……」


 昨日の夜に真央さんへ伝えた時間に、真央さんは俺の家の前まで車で来てくれた。

 俺は不機嫌そうに車から降りた真央さんから苦情を言われている。


 今日のことは昨日電話をする直前まで準備を忘れていた俺が悪いので、真央さんの言葉を聞く前から反省していた。

 俺の様子を見て、真央さんは俺の頭を指で小突いてから背を向ける。


「まあ、いいや。乗れよ」

「よろしくお願いします」


 真央さんが車に乗るようにうながしてくれたので、助手席へ乗り込んだ。

 先に車へ乗っていた真央さんは、俺が乗ると同時に口を開く。


「それで、どこへ行くんだ?」

「キャンプ用品の置いてあるお店へ行きましょう」

「どこだよ……」


 真央さんはハンドルに持たれるように体を前へかがめてしまった。

 俺はスマホを取り出して、キャンプ用品の売っているお店を探し始める。

 俺の様子を見ながら、真央さんが顔をこちらへ向けた。


「ところでさ、花蓮ちゃんには連絡したのか?」

「なんで花蓮さんへ連絡するんですか?」


 俺はスマホから目を離して、頭をハンドルにあずけている真央さんの目を見る。

 真央さんはそのまま、俺に気だるそうに聞いてきた。


「花蓮ちゃんが何を準備しているのか、お前わかるの?」

「分からないです」

「ちょっと連絡してみな」

「そうですね」


 俺は持っていたスマホで花蓮さんへ電話をかける。

 真央さんは身を起こして、あくびをしながら座席の背もたれを後ろに倒して休んでしまう。


 数コール後、花蓮さんが電話に出てくれた。

 電話を出た花蓮さんが少し息を乱しているような呼吸をしている。


「花蓮さん、おはようございます。今は電話大丈夫ですか?」

「おはよう。平気よ、どうしたの?」


 花蓮さんは息を整えるように飲み物を飲んでいるようだった。

 俺は時間を取らせないように、すぐに用件を伝える。


「花蓮さんは、明日から行うキャンプの準備ってしましたか?」

「準備? 着替えとかだけじゃないの?」

「そうなんですか?」


 俺は花蓮さんから着替え等の日用品しか用意していないことを聞いて、少し戸惑ってしまった。


 真央さんが俺の様子を見て、身を起こして俺を見始める。

 花蓮さんにその準備を誰から聞いたのか確かめる必要がある。


「その準備するものって、誰に聞きました?」

「佐々木さんだけど」

「教えていただきありがとうございます。それじゃあ……」

「待って」


 俺はお礼を言って電話を切ろうとしたら、花蓮さんから待つように言われた。

 言われた通りに電話を切らず、花蓮さんの言葉を待っている。

 花蓮さんは乱れた息が整い、俺へうかがうような声をかけてきた。


「一也くん、今から少し時間ある?」

「今ですか? なにかありました?」

「キャンプの前に、1度私と勝負してほしいんだけど……」

「ちょっと待ってください」


 俺は花蓮さんから魅惑的な提案をされたため、真央さんへ行ってもいいか聞いてみることにした。

 急に俺が真央さんを見たため、真央さんは戸惑いながら聞いてくる。


「な、なんだよ……」

「買い物へ行く前に、少し寄り道をしてもいいですか?」

「寄り道?」


 真央さんは寄り道という言葉に引っ掛かりを覚えたようだった。

 花蓮さんとの会話を真央さんへ伝える。


「花蓮さんが俺と勝負をしたいらしいです」

「……花蓮ちゃん、正気か」

「本当にそう言っていますけど……」

「それ、貸してみ」


 真央さんはそれと言いながら、俺のスマホを渡すように言ってきた。

 断る理由がないので、俺は真央さんへスマホを差し出す。


 スマホを受け取った真央さんは、花蓮さんとの会話を始める。

 真央さんは少し驚きつつも、途中から納得をしたように会話中にうなずくことが多くなった。


 それから、俺に代わることなく会話が終了し、真央さんからスマホを受け取る。

 俺へスマホを渡した真央さんがすぐに車を発進させた。


 俺は行き先が気になったため真央さんへ聞いてみる。


「これからどこへ行くんですか?」

「修練場。今は人がいないから安心しろって伝えるように言われたけど、なにかあったのか?」


 花蓮さんは俺が修練場で握手を求めてきた人にもまれたことを知っていたようだった。

 そのことを真央さんへ伝えたら、笑いながら運転を始める。

 俺は笑い事じゃないと真央さんへ不満を伝えたら、少し笑いながら真央さんが口を開く。


「……あれだけ派手に勝てばそうなるさ」

「派手でした?」


 真央さんはあの時のことを思い出したのから、少し身震いをしてから話を始める。


「私さ、初めて先輩の戦っている姿を見た時に、すごく綺麗な戦いをする人だなって思ったんだよ」

「綺麗に戦うんですか?」

「そう。魅了されるっていうのか、剣を振っている姿に引き込まれた」

「そんなにすごいんですね」


 真央さんは絵蓮さんの戦っている時の姿を思い出しているようだった。


(そんなに言うんなら、絵蓮さんと戦いたいな……)


 俺が絵蓮さんとの戦いに思いをはせていても、気にせず真央さんは言葉を続ける。


「一也の決勝を見ていたら、その強さに憧れたんだ」

「憧れたんですか?」


 俺は大会の決勝では、盾を振るという動作しかしていない。


(それのどこに憧れる要素があるんだ?)


 俺が首をかしげているときに信号で止まり、真央さんが俺を見てきた。

 真央さんの目が少し赤くなっているような気がする。

 その目を見返すと、真央さんは照れたように運転を再開した。


 そのまま真央さんは何も言うことなく、修練場の駐車場に着いてしまう。

 目的地に着いても真央さんはハンドルを離そうとしない。

 俺は真央さんの言葉を待つように車を出ずに待っていた。


「お前は、人があそこまで強くなれるって思わせてくれる存在なんだよ」

「そんな大げさな……」

「大げさじゃないさ」


 真央さんはハンドルから手を離して、俺を潤んだ目で見てきていた。


(何事だ……)


 俺は人からこんな目で見られたことが1度もなかった。

 対応に戸惑い、動くことができず真央さんの言動から目を離せない。

 真央さんは俺の手を取り、見つめてくる。


「だから、私はPTメンバーとしてお前に付いていくために、今回のキャンプで必ず強くなるって覚悟を決められたんだ」

「……」


 俺は真央さんのまっすぐな言葉に何も言うことができなかった。

 こんな風に人から慕われるのが初めての経験で自分にはどうすればいいのか分からない。


 真央さんは俺の様子を気にすることなく、車を出るように俺へ言葉をかける。


「行こう、花蓮ちゃんが待ってる」

「はい……」


 俺は言われるままに車を降りて、真央さんと一緒に修練場の入り口へ向かう。

 

 修練場には、花蓮さんだけが剣と盾を持って待っている。

 俺と真央さんを見つけた花蓮さんは、その場から動くことなく待っていた。


 花蓮さんの近くにはメイスのようなものが置いてあった。

 俺は真央さんに少し待っていてもらうために声をかけようとしたところ、真央さんが先に話しかけてくる。


「一也、全力でやってあげてほしい」

「いいんですか?」


 真央さんは迷いなく俺へそう言ってきた。

 俺が真央さんの言葉にうなずくと、真剣にやってと更に言葉を続けられる。


(勝負か……)


 前回の時には、花蓮さんを挑発するように戦いを始めてしまった。

 今回の花蓮さんは俺と戦うとわかっていて、さらに俺への武器まで用意している。


(それでも戦いたいと言うのなら、今できるすべての力で戦おう)


 俺は花蓮さんの近くに置いてあるメイスを手に取り、花蓮さんと向き合った。

 俺が近づいて、花蓮さんは自然に剣と盾を構えてから俺へ言葉をかけてくる。


「一也くん、急にごめんね。キャンプの前に1度本気で戦ってみたくなったの」

「いつでもいいですよ」


 俺が言った瞬間、花蓮さんが前よりも速く俺へ攻撃をしかけてくる。

 花蓮さんが振るった剣を避けながらスキル鑑定を行い、俺は花蓮さんの努力を知ることとなった。


【バッシュ熟練度Lv10 身体能力向上Lv3  攻撃速度向上Lv5】


 俺は花蓮さんのバッシュを避けて、メイスを思い切り叩き付けようとする。

 しかし、花蓮さんは自分の攻撃が避けられたとわかった瞬間、素早く距離を取っていた。


(見間違えじゃない。花蓮さんは数種類の向上スキルを使っている……)


 前の花蓮さんと比べて、行動の切り替えが速すぎる。

 俺は思わず驚いてしまい、それを見た花蓮さんが笑みを浮かべた。


「あなたに素手で負けた時から、3月にあなたがメイスばかり使っていたのをまねしたの。どうかしら?」

「すごく素敵です」


 俺は花蓮さんの思いを受け取り、メイスを握りなおして全力でバフ魔法を行う。

 花蓮さんは俺の変化を察知したのか、顔から笑みが消えて俺を注視している。


 しばらくの静寂の後、俺は花蓮さんに向かって走り出す。

 すぐに花蓮さんへ近づき、両手で握ったメイスを振り上げる。


 花蓮さんも俺のメイスの軌道を読んで剣を振るおうとしていた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


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