仲間の決意⑫~静岡県Uー16競技大会決勝~(佐藤一也父親視点)
今日は静岡県で一番大きな競技大会と言っても過言ではない大会が行われている。
私のような区役所の職員も手伝いに呼び出され、大会の運営に協力をしていた。
U-16の部門は次世代の実力者が発掘されやすい大会のため、注目度も高い。
(3万人入る観客席がほぼ満員だ……)
観客の中には競技に出ている保護者も含まれていると思うが、それでも観客が多いと感じる。
俺は午後になり、大会運営の手伝いが一段落してようやく競技を見る余裕ができた。
今は座るための席を探しており、なかなか空席が見つからない。
席を探しながら午前中に聞いたことを振り返る。
朝一に有名な選手がなぜか救護室へ運ばれており、競技開始時間が少し遅れてしまう。
また、第4試合目では予想外のPTが勝ち残ったと話されていた。
(一也は出ているのか?)
あのニュース以来、あまり息子と話ができていない。
一也は俺が起きるよりもはるかに早く家を出るため、話をするとしても夕食の時くらいだ。
最近では、この大会の準備や区役所の仕事に追われて帰るのが遅くなってしまったため話をする時間がなかった。
(まあ、俺が原因だな……)
感傷に浸ってしまい、気分を切り替えるように頭を軽く振った。
そんな時、席に目を向けると見覚えのある後姿を発見してしまう。
(なぜ妻が……まさか!?)
俺はすぐにその人の前へ行き、顔を確認したら間違いなく妻だった。
妻は突然俺が現れて、驚いている。
「来ていたのか!?」
「ええ、あなたこそ……」
「俺は仕事で運営の手伝いに来ていたんだ」
「そうなの?」
ちょうど、妻の横が空いていたのでそこへ座り、妻にだけ聞こえるような声で話す。
「……一也は出ているのか?」
妻は俺の言葉に静かにうなずく。
俺は恐る恐る、いないでくれと願いながら妻に聞く。
「死人は?」
「まだいないわ……」
妻は俺の質問に否定してくれたので、胸を撫で下ろす。
妻も一也が誰かを殺したりしないか心配をしているようだ。
(俺の息子は、バフォメットなんて化け物を倒すくらいに強いから、本気を出したら死人が出てしまうだろう……)
そんな事態になっていないことを確認し、息子がきちんと自重してくれていて安心した。
俺が妻と話し終わると、俺の反対側にいた妻の隣の人が妻に話しかけている。
「その方は佐藤さんのご主人?」
「ええ、そうなんです」
妻がその人を俺に紹介してくれて、第1中学校のPTA会長だと言っていた。
その人の息子さんは別の地区にいるPTメンバーと一緒に出場しており、決勝にも進出したようだ。
他にも、PTメンバーの中には騎士学校に特待生で入った人などがいることを話してきている。
俺はそんな話を聞きながら、どうしてもこう思ってしまう。
(そんな人と一也が戦ったらどうなるんだろう……)
妻の様子を見たら、なぜか居心地が悪そうにしていた。
横にいるPTA会長は流暢に話をしてきて、妻はそれに相槌を打っている。
(なにか困ることでもあるのだろうか?)
そんな中、決勝が始まる合図が行われた。
まずは決勝に勝ち残ったPTの紹介され始める。
最初に出てきたのはPTA会長の息子がいるチームのようなので、妻の横にいる人が声援を送っていた。
アナウンスがPTの説明を行い、騎士学校や魔法学校に通っている選手がほとんどだという。
PTリーダーは銀色の防具を着けており、周りの選手と風格が違っているように見えた。
(あの銀色の防具を着けている選手は強そうだな……)
この大会のPTは1チーム10人まで登録できる。
今紹介されているPTには5人の杖を持った選手がいた。
(杖を持っている全員が魔法を使えるのか……)
俺はいくら練習しても魔法を覚えることができなかったので、それができる選手を見ると素直にすごいと思う。
その後に紹介された2つのPTも、剣士中学校から専門学校へ進学した選手がほとんどだという。
3つのPTが紹介されてから、PTA会長は少し不機嫌そうに妻へ話しかけていた。
「次はあの卑怯なPTが紹介されるわよ」
その言葉に俺は疑問を持ち、卑怯と言っていた理由を聞いてみた。
「どうして卑怯なんですか?」
俺の言葉を聞いた妻の表情が少し曇り、PTA会長は勢いよく話し始める。
「最後のPTは、1人が完全に守って、他がちまちま攻撃するような勝つための手段を選ばないようなPTなんですよ!」
「それのどこがいけないんですか?」
その戦法でこの乱戦を勝ち残ったのだから十分にすごいと思う。
PTA会長が何かを言っている時に、アナウンスが重なり、俺の耳には届かない。
アナウンスでは最後のPTを紹介していた。
俺はアナウンスの言葉さえ耳に入らなくなり、競技場へ入場してくるPTを見て息を飲んだ。
そこには2人で入場してくるPTがおり、その1人が一也だった。
横には少女が剣を持っていて、盾を2枚持った一也と2人で競技場を歩いている。
(2人だけのPTだと!? それになんで盾を2枚持っているんだ!?)
10人まで同じPTで参加できるのに、2人でしか出場しないとかありえないことだ。
俺は慌てて妻の顔を見て、視線に気付いてくれた妻は静かに首を振る。
(俺の息子は自重していたんじゃないのか!?)
妻の横では、PTA会長が一也を見ながら憎たらしそうな口調で話していた。
「あの子はこの前、中学校で問題を起こした生徒なんですよ!」
「問題ですか?」
俺は一也が問題を起こしたなど聞いていなかったため、思わず聞き返してしまう。
妻があきらめたように天を仰ぎ始める。
「この前、校内の競技大会で上級生を含めた全員を棒で叩きのめしたんです!」
「棒で……?」
「ええ、そこで私の息子を含めて何人も病院送りにしたんですよ! なのに、学校は問題ないと言っている始末です!」
「そんなことが……」
それを聞いて、横の妻が居心地を悪そうにしていた理由がわかった。
俺は一也が学校で暴れまわった光景を想像してしまい、競技場へいる一也へ祈るように願い始める。
(頼むから誰も殺さないでくれ!)
俺が祈り始めると試合開始5分前というアナウンスが行われた。
各PTは競技場の隅の方へ移動し始めているのに、一也は逆に中央へ向かっている。
それを見て、PTA会長はまたも激しく話を始めた。
「また相討ちを狙っているのね!」
「また……ですか?」
「ええ、予選の時も中央で待って、他のPTを相討ちさせたんですよ!」
それから話を聞き、一也の横にいる少女が上空へ跳ぶというパフォーマンスもしたようだ。
俺は一也が無意味にそのようなことをするとは思えず、相討ちではないと考え始めた。
(それなら、一也は一斉に中央へ来た他の選手を弾き飛ばしたことになる……しかし、それはさすがに……)
観客席にいる俺には一也の動向を見守ることしかできない。
電光掲示板を見ると、もうすぐ試合が開始してしまう。
会場では、10秒前からのカウントダウンのコールが始まった。
そのコールが0になった瞬間、競技場の中央から咆哮のような叫び声が聞こえてくる。
カウントダウンのコールを打ち消すように咆哮が行われて、会場中がその声が聞こえた中心を見てしまう。
そこには一也がいて、ゆっくりと歩き出していた。
会場内から一切の歓声や声援が聞こえなくなり、一也が歩く姿を眺めていると思われる。
一也は、ゆっくりと銀色の防具を着けた選手がいるPTの場所へ向かい始めていた。
そのPTでは慌てたように、杖を持った選手5人が前に出てきて、杖を一也へ向かって構える。
すぐに、火の矢を放つ魔法であるファイヤーアローが一也へ向かって放たれた。
大量の火の矢が放たれる光景に会場から歓声が聞こえ始めるが、すぐに息を飲むことになる。
なんと、一也はファイヤーアローを虫でも振り払うかのように軽く盾を振って打ち消す。
それから何度もファイヤーアローが一也を襲っても、まったく意味がない。
一也が前進するほど杖を持った選手が距離を保つために後退している。
そのうち一也のことが怖くなったのか、魔法を使っている選手が背中を向けて逃げ出してしまう。
5人目の選手が逃げ出しそうなときに、銀色の防具をつけた選手が一也へ向かって走り始めた。
それを見て一也も走り始める。
銀色の防具を着けた選手が剣を振り上げた時、一也はさらに加速してその選手の懐へもぐりこんだ。
それからすぐに、金属が思い切り打ちつけられたような音が競技場に鳴り響き、銀色の防具を着けた選手が宙に浮いている。
その選手を追撃するように一也は跳躍する。
俺は振り上げられた盾を見て、宙に浮いた選手が死んでしまうと感じた。
焦るように席を立って、一也に向かって思い切り声を出す。
「だめだ! 殺すな!」
俺の願いは届かず、一也は両手に持っていた盾を振り下ろしてしまう。
一也の攻撃を受けた選手は、ものすごい勢いで地面に打ち付けられて弾んだ後に、ぐったりして動かなくなる。
(だめだった……)
俺は倒れた選手を見て、願いが届かなかったことを悔やむように座った。
それと同時に、PTA会長がうろたえるように競技場へ向かって声を出している。
「私の息子を殺さないで!!」
その声が競技場に木霊しても、一也は残りの敵を倒すために足を止めない。
PTA会長がその場で慌てているので、妻が落ち着かせるようになだめていた。
競技場では一也が近寄った選手が諦めたように武器を捨ててその場に自ら倒れている。
その後、残っていたすべての選手が競技場から逃げ出し、一也と少女だけがその場に立っていた。
なにが起こっているのか分からずに判断が遅れたのか、数秒経ってから一也のPTが優勝したとコールされる。
そこには、歓声が一切なく、会場中がその一部始終を見ていた。
一也は少女へ盾を1枚渡して、倒れている銀色の防具を着けた選手を肩でかついだ。
それから歩き出して、救護と書かれた服を着た人たちへかついだ選手を渡している。
すぐに、思い出されたようにアナウンスが聞こえ始めた。
「優勝PTの保護者様が会場へいらっしゃったら、会場1階の運営所までお願いします」
俺は覚悟を決めてその場から立つ。
その時、妻の横から信じられないものを見るような目を向けられる。
「あ、あなたがあの子の親なの!?」
「ええ、息子ならこのくらいの大会に勝つのは当たり前です」
俺は一也との約束通り、全力で笑顔を作ってPTA会長へ言葉を放った。
それを聞いた妻も立ち上がって、俺の後に付いてきてくれる。
歩きながら妻へ話しかけた。
「一也優勝したな……」
「ええ……あの銀色の子はどうなったのかしら……」
競技場1階の運営所に行くと、俺たちよりも少し年上に見える一組の夫婦らしき人がいる。
話を聞いたら、一也とPTを組んでくれていた少女の親だという。
軽くあいさつを交わした後、一也のことを聞かれる。
俺は言うことができる自分の知っている範囲のことで話をした。
話の途中で冒険者ギルドのギルド長が現れて、GWに行われる合宿に2人を参加させてほしいと言われる。
また、2人は優勝したことで、夏に行われる全国大会への出場権も与えられた。
俺は思わず、思っていたことをギルド長へ聞いてしまう。
「出場は2人だけですか?」
ギルド長は腕を組んで、困ったように答えてくれた。
「佐藤くんが認めない限りそうなると思います……」
それからすぐ、閉会式を行うために競技場へ案内されて、一也が優勝カップを受け取るのを見守った。
俺はこれから一也がどうなっていくのだろうと思いながら、優勝カップを持った一也へ向かって全力で拍手を送った。
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