第2章 ~拳士式ブートキャンプ~
第2章導入編
「母さん、一也はもう出かけたのか?」
「ええ、今朝も早くに家を出ましたよ」
息子の一也は最近やけに早く家を出ている。
日が昇る前に出たこともあり、その時はあまりにも早いため注意した。
俺は目の前にあるコーヒーを飲みながら息子のことを考え始める。
4月の頭から学校にほとんど行かず、ギルドで冒険者として活動しているらしい。
詳しい活動内容を本人から直接聞いたことはない。
県庁からの役人が来て息子のことを聞いてきたこともあった。
(あれからすぐ、一也は朝早くにでかけるようになったな……)
もう、4月も終わるというのに、俺の息子が何をやっているのか見当もつかない。
息子のことを悩みながら新聞に手を伸ばして、テレビから流れてくるニュースが耳に入ってくる。
(ん?)
俺は新聞を取ろうとした手を止めて、ニュースを見るために顔を向けた。
(全国版のニュースのはずなのに、静岡県のことがニュースで放送されている)
俺はめったに県内のニュースが全国版で放送されないため、思わずテレビに見入ってしまう。
テレビでは女性のアナウンサーがニュースを読み上げていた。
隣にいる元冒険者という男性コメンテーターは興味深そうにうなずいている。
「本日の正午に静岡県冒険者ギルドより、重大な報告がおこなわれるようです」
「重大な報告ですか……おそらくグリーンドラゴンのことでしょうね」
「グリーンドラゴンですか?」
「はい。数週間前にほとんど傷のないグリーンドラゴンが静岡県の冒険者ギルドからオークションに出品されて、私たちの業界で騒ぎになりました」
「なるほど、このことについての説明が行われるということでしょうか?」
「おそらく、そういうことだと思います」
女性アナウンサーが男性コメンテーターの言葉にうなずいて、このニュースが終了した。
グリーンドラゴンについては、うちの区役所の素材収集課にもなにか知っていることはないかと、問い合わせがあったと聞いている。
俺もオークションが終わった時の素材が写っている画面を見て、あんなに綺麗なグリーンドラゴンの本体を見るのは初めてだった。
(静岡県の冒険者ギルドがグリーンドラゴンを損傷させないで倒せる武器を開発したのか?)
しかし、それだったら開発した会社が会見を行うと思われる。
俺は少し疑問を持ちながらも、今日の正午に行われる冒険者ギルドからの報告が気になった。
時間を確認したら、もう家を出なければいけない時間になっていたので家を出ることにする。
「行ってきます」
「いってらっしゃい」
妻に見送られ、いつものように区役所へ歩いて出勤する。
一也が小学生の時は、途中まで一緒に道を歩いたこともあった。
(今の一也は突然、変わってしまった)
変わったタイミングとしては、おそらくVRゲームを買った時くらいからだと思う。
それまで毎日のように催促していたゲームを一也は1度も使ったことが無い。
(その代わりに俺が楽しんでしまっているんだよな……)
世界中にある厳選されたダンジョンを、高価な防具と強力な銃を使って体験できることが楽しくてたまらない。
ただ、そのせいで現実でもダンジョンへ向かっていった人がいるようで、死亡事故も起きているようだった。
そのため、ゲームを始める前に現実ではダンジョンへ向かわないようにという注意喚起が行われ始めた。
(現実でダンジョンへ向かうのは余程自信のあるやつか、愚か者だけだ)
俺は4月当初に息子を連れて伊豆高原フィールドへ行った。
その時に、俺は銃で簡単に倒せると思っていたウォーウルフにさえ恐怖してしまった。
そのウォーウルフを息子は防具を着けずに、剣1本で倒した。
おまけに、マンドラゴラやグリズリーなどのモンスターも倒してしまい、私は息子が鬼神かなにかに体を乗っ取られたのではないかと考えてしまう。
(そんな馬鹿なことは起こらない)
俺はありえない考えだと、頭を振って否定する。
そんなことを考えているうちに、職場である区役所に着く。
職員専用の入り口から入り、区役所内の総務課にある自分の机へ向かった。
「おはようございます」
総務課への入り口であいさつを行い、自分の椅子へ座る。
荷物を整理している時に、横に座っている同僚が話しかけてきた。
「佐藤さん、今日の正午にギルドの発表でなにがあるのか知っています?」
「朝のニュースで話していたこと以外はわからないな」
「そうですよね。本当にグリーンドラゴンはどうやって倒されたんでしょうね」
「知りたいですよね」
同僚は軽く笑いながら、自分の机に戻った。
俺も机に向かい、仕事の準備を始める。
すぐに始業の合図を報せるチャイムが鳴り始めた。
仕事中も、いたるところで今日の冒険者ギルドの報告の予想が行われていた。
海外の有名企業がひそかに兵器の実験を行っていたなどの話から、たまたま死んでいたグリーンドラゴンを拾っただけというさまざま意見が交わされている。
区役所では俺を含めて冒険者を志したことがある人間がほとんどのため、この手の話題で盛り上がってしまう。
(前に騒がれたのは、一也が毎日スライムの核を10キロも持ってきたことだったな……)
3月に大量のスライムの核を持ってくる少年の話があり、少年がどこからそんなに拾ってくるのか区役所中で噂になった。
(スライムの核を大量に持ってくる一也を見たときは血の気が引いたな……)
俺はこの騒がしさはあの時の比ではないと思いながら、正午の昼休みまで仕事を行った。
昼休みになり、区役所内にある食堂へ行くとテレビの周辺に人が集まっていた。
みんながギルドの報告の内容を気にしているようだ。
俺も気になっているため、サンドイッチなどの立ちながら食べられるものを購入し、テレビへ近づく。
テレビの周辺には冒険者ギルドの報告を今か今かと待ちわびている人が大勢いた。
正午になり、報告会の映像がテレビに映されると、その場の全員が黙ってテレビに視線が釘付けになる。
テレビの画面では、白い髭をたくわえた初老の男性と、以前一也のことを聞きに来た県庁の役人が映っていた。
机に置いてある札には、初老の男性が静岡県冒険者ギルドのギルド長と明記されている。
ギルド長の横に座った県庁の役人の席札には、県庁の素材収集課の監査課長と書かれていた。
2人は一礼してから着席し、ギルド長が話を始めた。
「今回、報告させていただくことは3点あります。1つ目はグリーンドラゴンのこと、2つ目と3つ目は後で説明いたします」
そう言いながら、ギルド長は深呼吸をしてから話し始める。
「グリーンドラゴンは、ある冒険者の手によって討伐されました」
その瞬間、画面内でカメラによるフラッシュが大量にたかれる。
ギルド長はその光景を気にすることなく、話を続けた。
「また、グリーンドラゴンの討伐に銃などの兵器は使われておりません」
これを聞いた瞬間、食堂でテレビを見ていた全員がどよめき、会見場も騒ぎ始めていた。
ならどうやって倒したの?
誰が?
このようなざわめきが途切れることなく聞こえ続けるが、ギルド長の横に座っていた県庁の役人が大きな声で制止させた。
「静粛に!!」
その言葉で、会見場やテレビを見ている俺たちのまわりからも声が止まる。
県庁の役人はそのままはっきりとした口調で話し始める。
「これからみなさんに、私が監査で同行した狩りの様子を見ていただきます。これはグリーンドラゴンを討伐した方の映像で、今回報告させていただく残りの2点にも関係があります」
県庁の役人はそう言って、準備してあった大型モニターの操作を始める。
おそらく会見を見ている全員がそのモニターを見ているはずだ。
映像が流れ始めると、モザイクのかかった人物が現れる。
県庁の役人は補足するように説明を始めた。
「これは、富士への樹海と呼ばれるダンジョンへ行った時の様子です。個人情報保護のため、個人が特定できないようにモザイク処理を行わせていただきました」
モザイクがかかっている人物は、ダンジョンを迷うことなく進んでいる。
画面が1度止まり、県庁の役人が一言こう言った。
「みなさん、これから画面内で起こることは私の目の前で行われたことです。声を隠すために、無音なことをご了承ください」
その言葉に映像を見ていた全員が固唾を飲んで画面を見守る。
映像は再開され、モザイクのかかった人物の頭上から何か太い物が降ってきた。
それを振り払うと、火の矢がモザイクのかかった人物から放たれる。
その光景をみて、こんな威力の魔法見たことが無いという声が聞こえてきた。
その後、モザイクの人物は前へ進んでいき、今度は雷のような稲妻を絶えることなく放出し始める。
その光景に、加工映像という言葉が頭をよぎるが、地面に沈んでいく蛇を見るかぎり本物なのだと思う。
稲妻の放出が終わり映像を止められると、会見場にいた記者から質問が飛び交う。
その様子を見た県庁の役人はもう1度制止させて、映像には続きがあることを説明する。
それから流された映像にはおそらく見ていた全員が自分の目を疑ったと思う。
映像ではすぐに羊の化け物が現れて、ロケット弾らしきものを受けても無傷で突っ込んできている。
羊の化け物に対してモザイクの人物は臆することなく戦いに行った。
映像ではここから羊の化け物に対して逃げている映像が流れる。
ここで県庁の役人は、この人物が私たちを逃がすために時間を稼ぎに行ったと説明していた。
その後、映像ではもう1人モザイクのかかった人物が現れて、羊の化け物と戦っている人物を助けようと走り始めたと言っている。
それからの映像は正直、なにかのアクション映画のようだった。
モザイクの人物から放たれる火の矢や稲妻。
そして、最後は瞬間移動など、本当に行われていたことなのか怪しい。
しかし、その後の映像に目が釘付けになる。
富士山が映っているのだ。
それも、森を抜けて富士山を麓から見上げる映像が映されていた。
これまで人類がたどり着けなかった富士山へ足を踏み入れている映像が流れる。
その映像に先ほどまで騒いでいた者や疑っていた者、全員黙って映像を見ていた。
映像を終了させ、県庁の役人は席へ戻る。
映像が終わるのを待っていたように、ギルド長が話を始めた。
羊の化け物の名前はバフォメットと呼ばれるらしい。
その初めての討伐を映像で残すことができたようだ。
もちろん、画面内で行われていたことはすべて本当にできると断言していた。
ギルド長は自分の部屋を瞬間移動するその人物を見たことも言っている。
最後に、ギルド長は富士山へたどり着くことができたことを話し始めた。
「映像はここで終わってしまったが、バフォメットを倒した人物は富士山への登頂を試みた」
またも、会場がざわめき、ギルド長は気にすることなく話を続ける。
「富士山にはドラゴンが大量に生息している。その事実が今日、最後の報告になります」
それでは質問をどうぞと司会が言い、テレビに映っている記者が全員手を挙げていた。
ギルド長はその人物が特定できるような質問に一切答えず、映像はモザイク加工以外はそのままだと再度説明している。
俺は映像を見ながら感じていたことがあり、どうしても胸の高鳴りを抑えられない。
(動画に映されていた人物は一也じゃないんだろうか……)
モザイクで隠されていたが、長い棒のようなものが見えて、以前一也に見せられた棒を連想してしまった。
俺はこのことを一也に話すべきか悩み始める。
テレビでは報告会が終了し、同時に俺の昼休みが終わるチャイムが鳴り始めた。
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