富士への樹海攻略編⑮~バフォメット撤退戦~
俺が立ち止まり、一点を見つめているのに気付いた他のメンバーも正面にいるバフォメットを発見してしまう。
佐々木さんの部下の1人が、バフォメットを見て怯えながら言葉を出す。
「羊の化け物だ……」
「知っているんですか?」
「昔、親友が戦車でこの森へ入った瞬間にやつが現れて、戦車ごと破壊されて殺された……」
俺はバフォメットから目を離さずに話を聞いた。
佐々木さんの部下の親友は戦車でこの森へ入ろうとしたら、戦車ごとバフォメットにやられてしまったと言っている。
その後、誰かが何かの作業を始めているような音を出し始めた。
バフォメットから目が離せない俺は、それを止めるように伝えなければならない。
「みなさん、今すぐに帰還してください!」
俺の声を聞いた佐々木さんがすぐに反応をしてくれた。
「全員、今すぐに帰還だ!」
「あいつだけは許せない!!」
先ほど怯えていた佐々木さんの部下は、佐々木さんの命令を聞かずに作業をしていたようだ。
「言うことを聞け! 帰還しろ!」
「嫌です! あいつは親友の仇なんだ! このまま帰りたくありません!」
その人はそう言って、佐々木さんが再度帰るように命令しても、帰ろうとしない。
「課長! 帰還石が使えません!」
「どういうことだ!?」
「わかりません、使おうとしても帰還できません!」
佐々木さんのもう1人の部下は帰還しようとしても、帰還できないらしい。
その言葉に佐々木さんが焦っていようだ。
俺は帰還石が使えない理由をバフォメットから目を離さずに考察する。
(ボスのフィールドに入ったからだ……それを今、説明している時間はない!)
バフォメットがいつ動き出すかわからない状況で、悠長に話している時間はない。
俺は4人へもう1度指示を出す。
「帰還石が使えないなら、すぐに離れるように走ってください!」
「お前はどうするんだよ!?」
俺の言葉に真央さんが心配そうに聞いてくる。
すぐにでも4人へ逃げてほしいため、俺は真央さんへ思ってもいない言葉をかけた。
「俺は時間を稼いで、みんなが離脱したのを確認したら逃げます」
「本当だな!?」
「あいつが動く前にはやく!!」
バフォメットが今にも動きだしそうな雰囲気でこちらを見据えている。
(来る!)
俺がそう感じた瞬間、バフォメットが両手で鎌を振り上げて雄叫びを上げた。
遠くにいるはずのバフォメットの雄叫びを聞いて、本能的に俺の体がすくんでしまいそうになる。
作業をしていた佐々木さんの部下は、俺の前に出て叫び声を上げながらなにかをしようとしていた。
「うわあああああああ!」
佐々木さんの部下はロケットランチャーを持っており、バフォメットへ向かって発射した。
ロケット弾は雄叫びを上げているバフォメットに命中して、爆炎と共に土煙が立ち上る。
「やってやったぞ……」
佐々木さんの部下がそう言って、その場に崩れ落ちた。
俺は土煙を注視する。
すると、土煙を断ち切るようにバフォメットがこちらへ走り始めていた。
バフォメットを確認した俺は、すぐに杖を構えて魔法を唱える。
「ファイヤーアロー!」
前に戦った時には、頭を攻撃して一撃で倒せたため、俺は頭を狙って魔法を唱える。
俺の杖から放たれた9本の火の矢がバフォメットの頭に命中した。
しかし、バフォメットのスピードが落ちることはなく、こちらへ向かって走っている。
(やっぱり、火力が足りない……)
俺が魔法を唱える時、すぐそばにいた佐々木さんの部下は走ってくるバフォメットを見て悲鳴を上げていた。
そして、後ろには佐々木さんや真央さんがまだここから離れずにいる。
「俺が時間を稼ぎます! 早く逃げてください!」
俺は全員に聞こえるように叫び、バフォメットを迎え撃つために前へ走る。
(昨日から何回もバフォメットとどのように戦うのか考えていたが、答えは出ていない)
それでも俺は4人を逃がすために戦いを挑む。
バフォメットと激突する前に、一目後ろを見たら全員が走って逃げてくれていた。
(これで後はこいつと戦い続けるだけだ!)
先ほどのファイヤーアローのように、今の自分ではバフォメットに対して有効な攻撃を行うことができない。
それが分かっていても、俺はバフォメットへ戦いを挑む。
バフォメットに近づき、大きさを確認したら4m近くあるように見えた。
鎌も2m以上あり、バフォメットは俺へ向かって鎌を振り上げている。
俺も杖を構えて、バフォメットの攻撃をしのぐ準備をした。
バフォメットがうなり声を上げながら、鎌を振ってくる。
バフォメットの鎌に対して、俺も全力で杖を振るう。
「!」
俺は歯を食いしばってバフォメットの鎌をしのぎ、バフォメットへ攻撃しようとする。
しかし、魔法で速くなっているはずの俺よりも、バフォメットの方が速く攻撃をしてきた。
(なんて速さだ!?)
横から薙ぎ払うようにバフォメットの鎌が俺を襲おうとしている。
俺はなんとか杖を振り上げて、バフォメットの攻撃を上へ弾く。
バフォメットの攻撃を弾くごとに、俺の両腕がきしむような痛みを感じる。
それから何度かバフォメットの攻撃を持ちこたえ、俺はバフォメットと距離を取ることができた。
「ライトニングボルト!」
バフォメットに雷の束が命中し、バフォメットが少しよろけた。
その隙をついて、俺は魔法を使う距離をかせぐためにバフォメットから走って離れる。
よろけたバフォメットは体勢を立て直すとその場から跳躍し、俺の真上に飛んできた。
俺は走るのを止めて、すぐに上を見る。
バフォメットは鎌を上に構えて、振り下ろすような体勢をとっていた。
俺は攻撃が当たる直前に全力で横へ飛んで、バフォメットから離れる。
バフォメットはそのまま鎌を振り下ろして、地面へ鎌が突き刺さった。
(チャンスだ!)
俺がこのまま距離を稼いでも、すぐにバフォメットに追い詰められる。
それなら、全力で攻撃を行い、バフォメットに対してダメージを負わせた方がいい。
俺は地面へ着地したバフォメットの頭へバッシュを叩き込む。
俺の攻撃が当たったバフォメットがかすかに笑ったように見えた。
バフォメットはすぐに鎌を地面から抜いて、俺へ振るってくる。
攻撃を行った俺はバフォメットの動きを注視していたため、なんとか攻撃をよけることができた。
しかし、バフォメットの攻撃をよけても俺は動揺が隠せない。
(俺の攻撃がまったく効いていないのか……)
今できる自分の全力の攻撃が効かない。
バフォメットが立ち上がり、俺を見下しているように見える。
(これからどう戦おうかな……)
そんな時、俺の後方から弾けるような音とともに、バフォメットの右目から黒い液体が噴き出す。
「離れろ!!」
その言葉に俺はバフォメットと距離をとった。
俺が離れてすぐにバフォメットへなにかが当たり爆炎が上がる。
「一也! 無事か!?」
声のする方向を見ると、佐々木さんと真央さんが帰還せずに戻ってきていた。
「なんで帰還していないんですか!?」
俺は2人を見て、とっさに声を出してしまう。
(逃げるための時間を稼いだはずだったのに!?)
真央さんはロケットランチャーを持って、次の弾を装填しながら俺へ叫んでくる。
「お前だけ置いていけるわけがないだろう!!」
「でも……」
真央さんの横にいた佐々木さんが、ライフルのスコープから目を離さずに話し始める。
「君は1人で戦おうとしすぎだ。他人を頼ることを覚えなさい」
「っ!? ありがとうございます」
佐々木さんは俺へ諭すように言葉をかけてきた。
(今だけはこだわるのをやめよう……)
2人が戻ってきてしまったため、もうバフォメットを倒すしか生き残る方法がなくなった。
土煙がなくなり、ロケット弾が当たったはずのバフォメットはいまだ倒れていない。
俺は背中のリュックから、杉山さんのところで購入したある物を取り出す。
それを左手で握り、バフォメットへ向かって前に出る。
「俺があいつの攻撃を引き付けます。隙ができたら援護をお願いします」
ふたたびバフォメットと戦うために2人へ声をかけた。
2人は俺の言葉にうなずいてくれて、俺はバフォメットに向かって走り出す。
俺は左手にミスリルの盾を装備した。
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