富士への樹海攻略編⑬~意外なPTメンバー~
翌日の早朝、出かけようとしている俺へ、母親が心配そうに銀行の通帳を渡してくれた。
「一也。これ、作っておいたから」
「ありがとう……」
昨日のことが頭をよぎり、母親を直視できそうにない。
そんな俺へ母親は不安を隠すように元気を出して声をかけてくれる。
「気を付けていってらっしゃい」
「うん……でも、ちょっと忘れ物をした」
母親の言葉を受けて、俺は少しでも心配させたくないと思い、部屋に置いてあったものを取りに戻る。
取りに戻ったものは、真央さんへプレゼントをしたナイフと一緒に買った時のもの。
(これを使う時がこないといいな)
俺は今のリュックサックを置いて、それが入っているリュックを背負い、再び玄関へ向かう。
母親はまだ待っていてくれて、俺が出るのを見守っている。
靴を履き、玄関を開ける時に母親へ今できる精一杯の笑顔を向けた。
「じゃあ、行ってきます」
「いってらっしゃい。遅くなるときは連絡してね」
「わかった」
俺は家から出て、急ぐように走って駅へ向かう。
いつものように電車に乗ってギルドに着き、バスの受付へ向かおうとした時、受付で何か話している声が聞こえてきた。
声がする方向へ顔を向けたら、清水さんがスーツを着た人と何かを話している。
俺はその横の受付で富士への樹海行のバスの予約を始めた。
周りを見ても真央さんがまだきていないので、真央さんの分も予約をしておく。
予約が終わり、ついでに銀行口座の登録も行う。
すべての手続きが終わっても、真央さんの姿は見えない。
(少し早めにきちゃったな……)
ギルドの壁にある時計を見て、自分が真央さんと相談した時間よりも早く着いてしまっていたことに気付く。
休憩フロアで休んでいる俺へ、近づいてくる影がある。
真央さんかと思い顔を向けると、そこには先ほど清水さんと話していたスーツを着た短髪の男性がいた。
「おはよう、佐藤一也くん」
「おはようございます。あなたは?」
スーツを着ている不審な男性がいきなり声をかけてきたので、俺は思わず立ち上がる。
その男性は俺の行動をみて、失礼したと言いながら胸ポケットから何かを取り出す。
「私は佐々木優という。一応、県庁で働いている」
スーツを着た人から、自己紹介と共に名刺をいただいた。
名刺には、【静岡県素材収集部 監査課長 佐々木 優】と書かれている。
俺は首をかしげながら、佐々木さんへ質問をした。
「すみませんが、なんのご用でしょうか?」
「単刀直入に聞いて申し訳ない。今日、私たちと一緒に狩りへ行ってほしい」
「私たち……ですか?」
俺が視線をずらして見回しても、佐々木さんの周りには誰もいない。
佐々木さんは俺の視線に気付き、補足するように説明をしてくれる。
「佐藤くんが了承してくれたら狩りへ行く準備をするから、他の人はまだ来ていないんだ」
佐々木さんは冷静に俺の疑問に答えてくれる。
しかし、俺にはまだわからないことがあった。
「どうして俺と狩りへ行くんですか?」
俺の言葉に佐々木さんは腕を組んで考えるようなしぐさをしている。
その佐々木さんの後ろから、真央さんがギルドへ入ってくるのが見えた。
真央さんは休憩スペースにいた俺に気付いて近づいてくる。
歩いている最中に、俺と佐々木さんのことを確認したようだ。
真央さんは俺の近くまで来て、佐々木さんの顔を確かめるように見てから俺へ声をかけた。
「おはよう、一也。この人は?」
「真央さん、おはようございます。この方が一緒に狩りへ行きたいみたいです」
「どういうこと?」
俺が真央さんと話を始めて、佐々木さんはようやく真央さんのことに気付いたようだった。
佐々木さんは真央さんを眺め始める。
「な、なんだよ」
「いや、なんでもない。ちょうど良い、少し部屋で話をしよう」
佐々木さんはそう言った後に受付へ行き、清水さんと話をしている。
俺は真央さんを見ながら、佐々木さんのことについて聞いた。
「真央さん、どうします?」
「話は聞いてみよう……私はあの人を見たことがある」
「どこでですか?」
「あの時、ギルド長と話していた人だと思う」
真央さんの言うあの時は、グリーンドラゴンのことをギルド長へ伝えてからのことだろう。
俺はそれを悟り、佐々木さんの話を聞くことにする。
「なら、話くらい聞きましょうか」
「そうだな」
真央さんが俺の意見に同意してくれたため、2人で佐々木さんの後を追う。
佐々木さんは受付でまた清水さんと話していた。
その時に、清水さんの後ろからギルド長が現れる。
清水さんはギルド長へ少し苦情を言っていた。
「ギルド長、来るのが遅いですよ」
「すまん、清水。もう全員来ているみたいだな」
ギルド長は俺や真央さん、佐々木さんの3人を見ながら言っていた。
その後、4人でギルド長の部屋へ入り、ギルド長が佐々木さんの紹介をしてくれる。
佐々木さんは元Rank3の冒険者で、現在は県庁に勤めているそうだ。
今回、俺と真央さんの狩りに同行したいのは、狩りの様子を見学するのが目的と言っている。
その言葉を聞いた真央さんは少し不機嫌そうな顔をして、ギルド長へ話しかけた。
「何が目的なんだよ」
「いつもと同じように狩りをしている2人の様子を見たいだけだ」
ギルド長の横にいる佐々木さんは同意するようにうなずいている。
俺は横にいる真央さんの肩を軽くたたいて、相談をした。
「どうしますか?」
「お前が決めろ。リーダーなんだから」
「わかりました」
俺は真央さんにどうするのか決めることを託されたため、自分の意見を2人へ伝える。
「どうぞ、付いてきてください。ただ、1つだけ約束してほしいです」
ギルド長と佐々木さんが顔を見合わせ、佐々木さんが口を開く。
「それはなにかな?」
「できるだけ俺の指示に従ってください」
佐々木さんは俺の約束が意外だったのか、一瞬目を丸くしてから返事をする。
「わかった。それは約束しよう」
「よろしくお願いします」
俺は佐々木さんへ手を差し出し、佐々木さんと握手を交わす。
その後、ギルド長の部屋から出て、富士への樹海へ向かう準備を行うために佐々木さんは県庁へ帰っていった。
真央さんもバスへ荷物を積み込むと言うので、俺は1人休憩スペースで休んでいる。
(もしかしたら、今日、あの森で俺はバフォメットと戦うかもしれないんだ)
俺はそんなことを思いながら、バスが出発する時間を待っていた。
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