富士への樹海攻略編⑫~あの日の真実~
しばらく呆然と立っていた杉山さんは、俺を店のさらに奥へくるように伝えてくる。
店の一番奥は杉山さんの作業スペースとなっていて、道具が棚へきれいに並べられていた。
俺が作業スペースを眺めていたら、杉山さんは急いで机へ向かってパソコンの操作を始める。
「杉山さん、どうしたんですか?」
「ちょっと待っていろ」
パソコンから目を離さない杉山さんが、俺を見ることなく答えてきた。
(それなら、ここを見ていよう)
作業スペースにはほとんどゴミが落ちておらず、俺の考えていた作業場とはちょっと違っていた。
俺はこういうスペースは道具や材料があふれているものかと思っていたので、杉山さんがきちんと片付けていることに驚いている。
感心しながら見回している最中に、杉山さんが俺へパソコンの画面を見るように言ってくる。
「どうしたんですか?」
「これを見ろ」
俺は杉山さんの横にある椅子へ座り、言われた通りにパソコンの画面を見る。
そこにはグリーンドラゴンのオークションページが表示されていた。
「これは……」
「公共オークションサイトだ。登録していれば誰でも見られる」
「これが例のオークションなんですね」
「それよりもここをよく見ろ!」
杉山さんの太い指が示した場所には、討伐者名と書かれている部分がある。
しかし、欄があるのに、グリーンドラゴンの討伐者名の部分には何も書かれていない。
「なにも書かれていませんね」
「だから、他の人へ絶対に言うんじゃないぞ」
パソコンの画面から目を離して、杉山さんを見ると俺を心配するような表情をしている。
俺は、今朝に真央さんと話した内容が頭をよぎり、杉山さんへ質問をした。
「ばれたらまずいですか?」
「かなりまずいな」
「それは、グリーンドラゴンだからですか?」
「それもあるが……」
杉山さんは机の横に置いてあった杖を持って、布でふき始める。
杉山さんは杖を見ながら、俺へ声を震わせて声を出す。
「こいつで、本当にグリーンドラゴンを倒してくれたのか……?」
「ええ、苦戦しましたが倒しました」
「……ありがとう」
「どうしたんですか!?」
俺は杉山さんが泣きながら杖をふいていることに気付き、思わず声が大きくなる。
俺が杉山さんへ声をかけても、杉山さんの手は止まらない。
「俺は20年間こいつを手入れしながら、思っていたことがあるんだ」
「何を考えていたんですか?」
「この武器に意味はあるのかってことだ」
「意味ですか?」
「ああ……」
杖を磨き終わり、杉山さんはボロボロになった滑り止めの布をほどき始めた。
新しい布を用意して、丁寧に巻いてくれている。
杖に新しい布が巻かれて、俺へ渡してくれた。
「この店で銃以外の武器を買うのは、子供用のためか、剣術とかの競技をしているやつだけだ」
「そうなんですか……」
「ああ、だからこんな杖を欲しがる奴なんて今まで1人たりともいなかった」
「……」
「この杖でグリーンドラゴンを倒してくれてありがとう……」
この杖を購入する時に、杉山さんから魔法を使うやつでこんな重い物を持つ奴はいないと聞いていた。
それに、先ほどの杉山さんの言葉から、モンスター相手に武器を使う人はいないと言う。
今日受けた授業でのこともあり、俺の中には1つの疑問が浮かんでいた。
その質問を杉山さんへ聞いてみたいと思った。
「杉山さん、銃以外の武器でモンスターと戦うことはそんなに珍しいんですか?」
「珍しいな、もしかしたらいないかもしれん」
「いないんですか!?」
俺はその言葉が信じられず、杉山さんの顔を凝視する。
杉山さんはパソコンへ目を移し、適当なページを表示させた。
「このページを見ろ」
俺もパソコンの画面を見たら、グリズリーのオークションのページだった。
しかし、俺の倒したグリズリーとは違い、全体的に穴が開いており、毛皮も黒く焼けていた。
「これは……?」
「昨日倒されたグリズリーだ」
「なんでこんなになっているんですか?」
「重火器で倒されていて、他にも銃で攻撃することでいたるところが損傷したってところだろう」
こんなものがほとんどと杉山さんは付け加えて言いながら、他のページも表示していた。
俺は信じられず、杉山さんからマウスを奪い、別のページを見始める。
そんな俺を杉山さんは複雑そうな顔で見ていた。
俺はしばらくの間検索を行い、ようやく損傷の少ないモンスターのページにたどり着いた。
しかし、それは俺をさらに絶望させる。
それはオークションが終了したページから発見したもので、討伐者名を見たら俺の名前だった。
「杉山さん、どうして銃以外の武器が使われないんですか?」
「銃が扱いやすく、簡単にモンスターを倒せるからだ」
「他の武器だって、鍛えればそれくらいできますよ!」
「お前が言うからそうなんだろう。だが、どうしてそう言い切れる?」
杉山さんの質問に俺は口が止まってしまう。
俺はスキルの習得に関する知識を持っているため、どんな種類の武器を使えばどのようなスキルが取得できるかわかる。
ただ、他の人はほとんどわからないのだろう。
この前、本屋に行ったときに、剣士中学校で使用するスキル書が売ってあり驚いた。
しかし、他のスキルに関するものが一切売っていなかった。
俺が考えて黙ってしまい、杉山さんはパソコンを切って、俺へ向く。
「長い時間をかけて習得したファイヤーアローを1回行うよりも、機関銃を撃った方が簡単にモンスターを倒せるんだ」
「そういうことですか……」
「まあ、その分損傷が激しくなって価格が下がってしまうがな」
現実を知った俺は力のない声になってしまう。
杉山さんはまだ俺に伝えたいことがあるのか、言葉を続ける。
「だから、グリーンドラゴンを倒したことは誰にも言うなよ」
「どうしてですか?」
俺はうなだれたまま杉山さんの言葉に反応した。
杉山さんの表情は見えないけれど、おそらく俺のことを考えてくれているのだろう。
「目立ちすぎる」
「そういう理由ですか?」
「ああ、今までグリーンドラゴンが討伐されたことはあっても、兵器でめちゃくちゃにされたものがほとんどだ」
「兵器で倒したら、こんな完全な形で残る物はないってことですか?」
「そうだ、だから目立ってしまう。討伐者名を隠したのはいい判断だな」
「なるほど……」
杉山さんの言葉にうなずき、俺は杖を袋へしまった。
(今日は衝撃的なことが多すぎる)
杉山さんへ杖の整備をしてもらったお礼を言ってから、家に戻ることにした。
店を出る時に杉山さんから体調の心配をされてしまう。
今の俺は弱っているように見えるらしい。
帰宅する時にはもう夕方になっており、家に入るとすぐに母親が玄関に来る。
なんだろうと思って靴を脱ぎながら母親を見上げたら、すぐに母親が口を開く。
「話があるからリビングに来なさい」
「今日は疲れているから、明日じゃだめ?」
「だめ。今来なさい」
「……わかったよ」
俺は重い体を引きずるようにリビングへ向かう。
リビングのテーブルには両親が並んで座っており、俺は向かい合うように座った。
俺が座るのを確認した父親がすぐに口を開く。
「一也、お前はいったいなにをしているんだ!」
「ごめん、どういうことかな?」
「父さんの勤めている区役所に県庁から監査員が来たんだ」
「それで、なにかあったの?」
父親は俺へ怒るように言葉を投げかけてくる。
ちょっと予想外の内容だったので、思わず聞き返してしまった。
俺の言葉に父親は眉間にしわを寄せて、さらに大きな声を出してくる。
「なにかじゃない!! お前、危ないクエストをしているそうじゃないか!!」
「身に覚えがないけど……」
次に、父親が声を出しすぎて息を切らしているのを見た母親が話し始めた。
「今朝のお金はそのクエストでもらったお金でしょう? 本当のことを話してくれる?」
「ちょっと待ってて」
俺が素直に話をしても、両親は信じてくれそうにない。
俺は両親へ待つように伝えて、リュックの中から書類を探す。
(しまった。コカトリスの紙は先生へ渡してしまった)
使わないと思っていた紙だったため、今はもう手元にない。
しかたがないので、区役所でもらったオークションの紙と、杖の入っている袋を持って両親のところへ戻る。
杖と紙をテーブルの上に置いて、両親へ話をする。
「この前の伊豆で狩ったオークションの詳細と、俺が今使っている武器だよ」
俺が言う前に父親は紙を手に取って見ていた。
母親は父親が見ている紙を覗き込むように見ている。
「こんな金額になるのか……」
「銃を使わなくなると高くなるらしいよ」
俺は今日杉山さんに教えてもらったことをそのまま両親へ伝える。
それを聞いた父親が紙から目を離して、次はテーブルの杖を持つ。
「これ重いな……メイスか?」
「違うよ、これはミスリルの杖」
「は?」
父親も他の人と同じように、これが鈍器だと言ってきた。
ただ、ミスリルだったのが予想外だったようで、父親は杖を静かにテーブルに置いた。
「ごめん一也、もう1度教えてくれるか? これはなにでできている?」
「純ミスリル製だよ」
「い、いくらした?」
「1千万だよ」
俺が金額を言った瞬間に、両親の杖を見る目が変わる。
杖を食い入るように見つめる両親へ、俺は再度言葉をかけた。
「話はそれだけ? もう休みたいんだけど……」
両親は杖を見るのをやめて、ゆっくりと俺へ顔を向けている。
何も言ってこないので、俺は我慢できずに席を立つ。
杖だけを持って部屋へ戻ろうとする俺へ、最後に母親から待つように言われた。
「なに?」
「無理だけはしないでね」
「……うん」
すがるような目をする母親を直視することができず、俺は返事だけをして部屋へ戻る。
(母親のあの目を見るのは2回目だ……)
前回のことを思い出すのが嫌なので、荷物を部屋の隅に置いて、ベッドへ寝転がった。
真央さんへ明日も富士の樹海へ行こうと伝えるために連絡をしようとスマホを確認したら、先に真央さんから連絡が来ていた。
真央さんは両親と話している時に連絡をしてくれており、俺はすぐに折り返し連絡を行う。
すると、すぐに真央さんが電話に出てくれた。
「真央さん、こんばんは」
「ああ、こんばんは。今は大丈夫か?」
「大丈夫ですよ。さっきは出られなくてすみませんでした」
「いいよ。急にかけたのは私だし……」
真央さんはそれから黙ってしまったので、俺から会話を始める。
「真央さん、明日なんですけど、また樹海へ行きませんか?」
「いいけど……」
なぜか真央さんの様子がおかしい。
それを聞くために俺は再度真央さんへ声をかける。
「真央さん、どうかしたんですか?」
「……」
真央さんはさらに黙ってしまい、電話越しに悩んでいるのが伝わってくる。
俺がもう1度声をかけようとした時、真央さんは少し声をひそめながら話をしてきた。
「お前、グリーンドラゴンのことを誰かに話したか?」
「どうしてですか?」
真央さんの息を飲みこむ音が聞こえてくる。
なにかを決心をしたのか、電話越しにはっきりと真央さんの言葉が聞こえてきた。
「今日、はるちゃんから言われたんだけど、ギルドでもあのことを知っているのは数人しかいないらしい」
「そうなんですか?」
「ああ、だから今日ははるちゃんが私を遊びに誘ってくれて、このことを教えてもらったんだ」
「なるほど……」
今日の朝、清水さんは真央さんとデートをすると言っていたので、その時にグリーンドラゴンのことを話していたようだった。
真央さんは俺の様子をうかがうような声を出してきた。
「明日も、グリーンドラゴンと戦うのか?」
「いいえ、明日はグリーンドラゴンに遭遇したら逃げようと思います」
「そうか……なら樹海へ行ってやってもいいぞ」
「ありがとうございます」
それから真央さんと明日の時間について話をして、電話を切った。
俺はベッドに寝転びながら樹海で出会ったモンスターを思い出す。
(ポイズンスネイク、バルーンフラワー、メルルシープ。そして、グリーンドラゴン)
この4種類のモンスターが出現するダンジョンを俺は攻略したことがある。
それと同じダンジョンだとするなら、明日はダンジョンのボスへ挑んでみたい。
(バフォメット……やつがいるはずだ……)
黒山羊の頭部とカラスの翼を持つ悪魔、バフォメット。
ヴァーサスオンラインでは、黒い鎌のような武器で攻撃をしてくる非常に厄介なモンスターだった。
バフォメットと戦う前にグリーンドラゴンと戦っては、万全の状態で挑めそうにない。
なので、明日はグリーンドラゴンと会ったらすぐに逃げようと思っている。
(今の能力で戦えるのかな……)
俺は今の自分がどの程度バフォメットと戦えるのか試したい。
期待と不安を胸にしながら、俺は眠りについた。
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