富士への樹海攻略編⑪~生徒会室にて~

 谷屋さんは俺を職員室の近くにある生徒会室に案内してくれた。

 先に生徒会室に入っていた谷屋さんは、外から見えないようにすべての窓のカーテンを閉めている。


 谷屋さんの行動の意味が分からず、俺は入ってすぐのところで動けずにいた。

 すべてを閉め終えた谷屋さんはパイプ椅子に座り、俺をじっと見ている。


「好きなところに座って」

「わかりました……」


 俺は谷屋さんの言葉で我に返り、適当に谷屋さんの近くにあったパイプ椅子へ座った。

 俺が座り、谷屋さんの方を向く前に谷屋さんは話を始める。


「佐藤くん、お姉ちゃんに会ったって本当?」

「絵蓮さんのことですよね? 会いましたよ」


 俺が絵蓮さんのことを伝えたら、谷屋さんの眉が少し吊り上がる。

 俺はなにかしてしまったのかと思って、谷屋さんへ聞こうと口を開く前に、谷屋さんが俺へ聞いてくる。


「お姉ちゃんのPTに誘われたみたいだけど、どうして断ったの?」

「絵蓮さんを超えてから俺のPTに誘うためですよ」

「佐藤くんはお姉ちゃんを超えるの?」

「ええ、絶対に超えます」


 俺が絵蓮さんと約束をしたことなので、谷屋さんにも宣言するように言い切る。

 俺の言葉を聞いて谷屋さんは考えこんでしまい、口を開かなくなってしまった。

 そのうち、チャイムが鳴り、時計を見るともうすぐ昼休みが終わってしまう時間になる。


「谷屋さん……」

「花蓮……」

「え?」

「お姉ちゃんが名前で、私が名字っておかしくない?」

「おかしいですか?」

「おかしいから、私も名前で呼んで」


 時間を特に気にすることなく、谷屋さんは話を続けている。

 それも先ほどの話の内容とは関係のない話だ。

 

(谷屋さんは名前を呼ぶまで話をする気はなさそうだ)


 谷屋さんの真剣な表情を見て、俺は観念して谷屋さんのことをこれから名前で呼ぶことにした。


「わかりました、花蓮さん。これでいいですか?」


 花蓮さんは俺の言葉を聞いて、少しだけ気恥しそうにしながら笑顔を俺に向ける。


「ええ、よろしくね。一也くん」

「はい」


 花蓮さんの笑顔を向けられて、俺までなんだか恥ずかしくなってきた。

 花蓮さんは話を終わらせずに、まだ俺になにかを話そうとしている。


「それと、一也くん。私はPTに誘ってもらえないのかな?」

「えーっと、それは真央さんと話をしないと決められないですね……」


 俺のPTは俺だけのものではないので、メンバーについては真央さんと相談しないといけない。

 花蓮さんはそれが不満なのか、ほおを軽く膨らませてから抗議してくる。


「一也くんが今決めて」

「今ですか!?」

「今よ」


 俺はなぜか押し切ろうとする花蓮さんをかわすために、何か思いつくように頭をひねる。

 俺は一瞬のひらめきで、この場をなんとかする言葉が頭から絞り出てきた。


「花蓮さんはまだ冒険者にもなっていないので、PTどころの話じゃないですよ」

「じゃあ、冒険者になったら入れてくれるの?」

「考えておきます」

「……」


 花蓮さんが不服な様子で俺を見ている。

 そのうち、午後の授業の始まりを報せるチャイムが鳴ってしまう。


「花蓮さん、チャイムが鳴っちゃいましたけど……」

「そんなことはいいの」


 花蓮さんの表情が元に戻り、最初の真剣な表情になってしまう。

 急に花蓮さんが立ち上がって、俺の目を見つめてくる。


 先ほどまでの和やかな雰囲気がなくなり、空気が張りつめてきた。

 そして、花蓮さんは俺へ忠告をしてくる。


「一也くん、今学校がどんなことになっているのか知っている?」

「いや、ちょっとわからないです……」


 あまり学校に来ていないため、学校についてのことはわからない。

 花蓮さんはあまり言いたくないのか、うつむいてしまう。

 それでも言わなければいけないのか、訴えるような目で俺を見た。


「学校中の生徒が一也くんのことを怖がっているの……」

「怖がっているんですか!? どうして!?」

「一也があんなことするからじゃない!!」


 花蓮さんは複雑そうな表情になりながら、俺を見つめている。

 花蓮さんの言葉をそのまま受け入れると、俺は本当に学校中の生徒を怖がらせているらしい。


(いつ俺が怖がらせたんだろう?)


 俺にはそんなことをした覚えがない。

 それがわからないため、花蓮さんに聞いてしまう。


「俺、なにをしてしまいました?」

「え……」


 花蓮さんは言うべき言葉が見つからないのか、絶句している。

 本当にわからないため、思わず立ち上がって花蓮さんへ近寄ってしまった。


「俺にそんな覚えはないです!」


 俺が急にきたのが怖かったのか、花蓮さんは驚いて、その場に座り込んでしまう。

 花蓮さんへ手を差し伸べようとした時に、小さい声で花蓮さんがつぶやいた。


「武術大会の日……覚えてない?」

「覚えていますけど、みんな喜んでなかったですか?」

「はあ!?」


 花蓮さんは俺の手を振り払い、勢いよく立ち上がる。

 今度は花蓮さんをよけようとした俺がしりもちをついてしまう。

 俺を上から見ている花蓮さんがすごい剣幕でどなってきた。


「あれのどこが喜んでいるのよ!!」

「すごい歓声上がっていませんでしたか?」

「あれはどう聞いても、全部怒りの声だったでしょ」

「うそ……」

「本当よ!」


 そう言って花蓮さんはパイプ椅子に座り、腕を組んで俺を凝視している。

 花蓮さんの言葉が信じられない俺は、床に座ったまま花蓮さんを見た。

 俺が話をする前に、花蓮さんははっきりと俺に言葉を伝えてくる。


「1年生はいきなり全員が叩きのめされて、その後私を含めた2、3年生を病院送りにしたんだから、君のことを知らない人が見たら怖いでしょ」

「たしかに……」


 目の前にいきなり知らない人が現れて、一方的に攻撃されたら怖いと思う。

 俺はその事実を認識して、花蓮さんにすがる思いで言葉を出す。


「俺、どうすればいいですか?」


 俺の言葉に花蓮さんは少し悩んだ後、俺を見つめて言ってきた。


「私は知らない」

「そんな……」


 花蓮さんならなんとかしてくれると思ったのに、予想外の答えに戸惑う。

 俺が混乱している様子が面白いのか、花蓮さんは少し笑っているように見えた。

 ちょっと気に入らないので、花蓮さんへ抗議をする。


「面白いですか?」

「ええ、とっても」


 花蓮さんは口を押さえながら笑っている。

 その場で俺がうなだれてしまい、今度は花蓮さんがこちらへ近寄ってきている。


「一也くんは本当にあれで盛り上がると思ったの?」

「思いました……」

「なら、今度から何かをする前には私に相談して」

「え?」

「私は生徒会長だから、協力できると思うよ」


 花蓮さんがそう言いながら、俺へ手を差し伸べてくれた。

 俺は目の前にある手を取り、立ち上がってからお礼を言う。


「それでは、これからよろしくお願いします」

「任せなさい」


 花蓮さんの胸を張って言う姿が面白くて、俺は思わず笑ってしまう。

 それよりも気になることがあるので、カーテンを戻している花蓮さんへ声をかける。


「花蓮さん、授業に遅れているのは大丈夫なんですか?」

「大丈夫、友達に1年生の問題児と話してくるから遅れるって、先生へ伝えてもらうように頼んでおいたから」

「問題児って……」

「本当のことでしょ?」


 カーテンを仕舞い終わった花蓮さんは輝くような笑顔を見せながらそう言い切った。

 俺はその笑顔に見とれてしまい、反論する気が起きない。


 花蓮さんはもうここからでるようなので、俺も荷物を持って一緒に生徒会室を出た。

 俺は鍵を閉めている花蓮さんに一言お礼を言ってから帰ることにした。


「花蓮さん、今日はありがとうございました」

「いいの。私も話したいと思っていたから」


 鍵を閉め終わった花蓮さんは教室へ行こうとするので、俺はここで別れることになる。


「それじゃあ、花蓮さん、また会いましょう」

「一也くんは教室にいかないの?」

「午後は武器屋さんへ行って、武器のメンテナンスをしてもらうので、俺はこれから帰ります」

「本当に自由に過ごしているのね……」


 俺の言葉に鍵を閉め終えた花蓮さんはあきれながら俺と向き合う。

 花蓮さんは腰に手を当ててため息をした後、諦めたように俺を見送ってくれた。


「それじゃあ、またね」

「はい。さようなら」


 花蓮さんが軽く手を振ってくれたので、俺もそれに応えるように手を振ってから花蓮さんと別れた。

 帰る前に田中先生へ連絡しなければいけないと思い、職員室に行く。

 俺は田中先生の席を確認してから職員室へ入室して、田中先生の机のところまで近づこうとした。

 田中先生は俺の姿を見るとすぐに立ち上がり、廊下へ出るように腕を引っ張ってくる。


「すぐに出なさい」

「わかりました」


 田中先生は俺がおとなしく廊下へ行くことを了承すると、腕を離してくれた。

 廊下に出た瞬間に田中先生が小声で怒ってくる。


「今までなにやっていたの!」

「少し話をしていました」

「話? 誰と?」

「谷屋花蓮さんです」

「谷屋さん?」


 田中先生は花蓮さんの名前を聞いて、俺を疑うような目で見てきた。

 俺を見ていた田中先生は諦めたようにうっすら笑いかけてくる。


「それで、あなたはどうしてここへ来たの?」

「今日はもう帰ります」

「帰るの?」


 田中先生も花蓮さんと同じような質問をしてくるので、俺は先ほどと同じことを田中先生へ伝える。

 それを聞いた田中先生はうつむいてしまった。

 そして、諦めるように俺の目を見てくる。


「もういいわ、帰りなさい」

「ありがとうございます。さようなら」

「ええ、また来るときは電話してね」

「はい」


 田中先生はそう言って、職員室へ戻ってしまう。

 俺は帰るために下駄箱へ向かうことにした。

 俺が職員室から下駄箱へ向かっている時、後ろから声が聞こえてくる。


「ちょっと待ちなさい」


 俺は立ち止まって、後ろを見ると田中先生が何かを両手で持って小走りで追いかけてきている。

 田中先生がこちらへ来るのを待っていたら、俺に追い付いた田中先生は両手で持っているものを俺へ渡してきた。

 田中先生から渡されたものは、教科書の束だった。


「先生これは?」

「あなたの分の教科書よ。本当はガイダンスの時に渡す予定だったけど、あなたはいなかったから」


 田中先生は軽く息が上がっているので、急いでこれを取りに行ってくれたのだろう。

 俺は一言先生へお礼を伝えなくてはならない。


「俺のためにありがとうございます」

「いいのよ。それじゃあ、気を付けてね」


 俺は再度田中先生へ頭を下げてから、下駄箱へ歩き出す。

 俺の後ろからは、なんであんなことをという声が聞こえたような気がした。

 下駄箱に着き、教科書をリュックサックへ入れてから、靴を履きかえて武器屋へ向かう。


 武器屋へ入る時、またギルド証が必要だと思っていたので用意をしていたが、今回はすぐに通るように言われる。

 武器屋の中に入ったら杉山さんが前と同じように怖い顔をしていた。


 俺が杉山さんへ近づくと表情が緩んで、なんだお前かと言われて奥へうながされる。

 杉山さんの後について店の奥へ進み、すぐに杖を見せるように言われた。

 俺から杖の入っている袋を受け取って、杖を見た杉山さんは恐る恐る俺を見てくる。


「お前、なにと戦ってきたんだ?」

「杉山さんって口は堅いですか?」


 ギルドでの件もあり、すぐに本当のことを言えないので杉山さんへ俺から質問をしてしまう。

 すると、杉山さんは俺へ真剣な表情の顔を近づけて低い声で答えてきた。


「俺は客のことを話したりしたことは一度もない」


 俺はその顔にひるむことなく、安心をして杉山さんへ真実を伝える。


「杉山さんを信用して言いますが、グリーンドラゴンを倒してきました」


 それを聞いた杉山さんはうそだろとつぶやきながら目が点になってしまった。

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